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ギリギリと軋む音が聞こえてきそうなほど、道祖はせり上がってきた怒りが零れ出ないように歯を噛み締めていた。
その様を横目に、昧弥はさらに嘲笑を深める。
「吠えるな、下作が。言葉も解さない家畜に堕ちるというなら、教師などという仮面は脱いでからにするがいい。
畜生に説教を浴びせられるなど、想像しただけで反吐が出る。不愉快極まりない。まだ豚の糞を頭から被る方が幾分かマシというものだ」
「ぐっ、ぐぅぅ……すぅ……はぁ」
額に浮かんだ青筋が弾け切れなかったのは、昧弥の言い分に多少なりとも正当性を見出したからだった。
道祖は大きく深呼吸を二度繰り返し、暴れそうになる感情をなんとか鎮めた。
「ふぅ~……いいだろう。お前の言い分を聞こう」
「言い分を聞こう? 随分な物言いじゃないか。物の訪ね方も知らんのか?」
「ぐっ、ぎぃ……ああ、クソッ! 分かった、分かったよ! 私が悪かった!!
決めつけで動いていた、認めるッ! だが今は、とにかく状況を把握したい。だから何があったか教えてくれ!」
「教えてくれ?」
「教えてくださいッ!!!」
はぁーはぁーと、切れ切れに息を吐きだしながら、道祖は先ほどまでの怒りとは別の理由で顔を赤く染め上げた。
その様を存分に楽しみ、クツクツと喉を鳴らして笑いながら、昧弥はようやく体を返して正面から道祖を見た。
「言葉と立場は正しく理解しないとな? 貴様も私も」
「ああそうだ、その通りだッ! で!? 何があった?」
道祖は戦闘態勢を解き、ガシガシと後頭部を掻き毟った。
昧弥は残り僅かとなった紙巻を燻らせ、濃い紫煙を吐きだす。
その独特な香気に顔をしかめながら、自分も煙草を持ってくれば良かったと、道祖は恨めしく視線をやった。
その視線を受け、昧弥はさらに深く煙を焚いてみせ、ニチィと粘度の高い笑み浮かべた。
「クククッ、まぁいいだろう。何、簡単な話だ。どうにも、そこらに転がっている有象無象どもは、私が何不自由なく呼吸していることが許せなかったらしい……。ケチをつけてきたのさ。
こいつらは親切にも、私が今後一生、呼吸に困らないようにと、挨拶もなしに頭を挽肉にしようとしたのだ。
当然、私が挽肉するのも自由であるべきだ。そうだろう?」
道祖は昧弥の言に微かに頷いて内容を咀嚼した。だが、これはあくまでも昧弥の言い分だ。そのまま鵜呑みにするには信憑性が薄い。
しかし、この場に反論を唱えられる者がいない以上、当事者の言葉として最優先に考えなくてはならないのも事実。
つまり、道祖が教師としての立場を認めてしまった時点で、どうとでも言い繕えることだったのだ。
分かってしまえばどうということもない話だが、自分の立場を捨てる気のない道祖は、この話を信じる以外の選択肢がなかった。
「……なるほど。お前の言い分が正しいのであれば、抵抗したのも已む無しだろう……だが! これは明らかにやりすぎだ! お前ほどの力があれば、何も殺さずとも……」
「だから誰一人として殺してはおらんだろう?」
「…………へぁ?」
ぽかんと口を開き、間抜け面を晒した道祖に、昧弥は鼻を鳴らして言葉を続けた。
「確かめてみるがいい。脈が止まっている者はいないはずだ」
その言葉を最後まで聞くことなく、道祖は一番近くにいた生徒に飛びつくと、首筋に指を当てて脈を測った。
体は異常なほど冷たくなり、指先から伝わる拍動も正常なものとは程遠いが、弱弱しくも確かに指を押し返してくる感触があった。
それを皮切りに手早く一人ひとりの脈を測っていき、五人目の脈があることを確認した時点で大きく安堵のため息を吐いた。
「あ゛ぁ~……良かったぁ……。そうか、殺してないか……そうかぁ……」
なんとも感慨のこもった声音だった。
大股を開いてヤンキー座りをした道祖は視線を地面に向けて、もう一度大きく息を吐いた。
俯いた顔から聞こえてくる声は、やや潤んでいるようにも聞こえた。
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