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隠そうともせず愉悦を垂れ流す昧弥に、人工精霊は露骨に顔をしかめた。
そこには、破れ、すでに用をなさなくなった革製の拘束具の残滓がへばりつき、怒りに染まった表情をさらに荒々しいものに飾っている。
わずかに残る革紐の隙間からは怒りに爛々と燃え上がる眼光が覗き、鼻にしわが寄るほど鋭く尖らせた瞳に、抑えきれない敵意を滾らせていた。
しかし昧弥はその殺気を、そよ風程度にも感じていないように鼻で笑う。
「これは思わぬ収穫だ。当然いることは分かっていたが……こうも早々に捕捉できるとは思っていなかったぞ。ふふっ。さて、私は貴様をどうするべきだ? どうすれば有意義に使える? クッ、クク、クハハッ! ――疼くじゃないか」
挑発するように笑みを深める昧弥に、人工精霊は歯を剥きだしにして威嚇する。その口蓋に並ぶのは、鋭く尖り乱雑に食い違う、大量の人ならざるモノの牙。
それは如実に人工精霊という存在の性を物語る、獣性に満ちた顔だった。
「いいぞ、それでこそだ。人工精霊とはそうでなくてはな」
しかし、野生の獣が牙を剥いて襲いかかろうとするのを眼前にしながら、昧弥は愉快でたまらないと声を弾ませる。それは言外の宣言でもあった。
――脅威足りえない、と。
その意は人工精霊にも余すことなく届く。
まるで主人を守る忠犬のように、あるいは胸の中で赤子を守る母のように、結紀の首に絡みつくように腕を回し、昧弥との間を隔てるように人工精霊は構えた。
そして、牙とは対照的な、美しい桜色の唇を戦慄かせ、ゆっくりと口を開き――、
『こいつは私の。横取りは許さないわ』
美麗と醜悪を混ぜ合わせた外見と違わない、少女の鈴を転がすような声と、バケモノのしゃがれた唸り声を混ぜ合わせたような、不思議な音を響かせた。
その不協和音に、昧弥は今度こそ、驚愕と歓喜によって目を限界まで見開いた。
「――ハッハッハッハッ! これは愉快だ、言葉まで解するか! いいぞ、実にいい! これほど笑ったのはいつぶりか分からん。道化としては合格だ!」
肩を揺らして狂ったように笑う昧弥を、人工精霊は静かに見下ろす。
視線を自分から外し、喉を反らして笑う姿は、隙だらけのように見える。
その気になれば、すぐにでもその喉笛を嚙み千切れる、そう思えてしまう。
しかし、人工精霊の瞳はそれを隙とは捉えず、眼前の敵の一挙一動を見逃さまいと油断なく見開かれていた。
「クックックッ……ふぅ。これだけでも、この絶海の孤島に足を運んできた甲斐があったというもの……褒美を取らせてもいいほどだ。だが――」
しかし、そのような警戒など、昧弥にとっては蟻が像に備えるようなものだった。
言葉を切り、無造作に伸ばされた手は、人工精霊の警戒網をたやすく掻い潜り、気づいた時には二人を繋ぐ鎖を手中に収めていた。
「――少々、思い上がっているようだな」
人工精霊は瞬時に反応し、再度昧弥の手を払いのけようと腕を振る。腕の先が消えたようにすら感じる速度で放たれた手刀は、しかし昧弥からすれば欠伸が出るほど遅い。
『ガァッ!?』
何をされたのかも分からないまま、人工精霊は雷に打たれたように体を跳ね上げた。
ガクガクと痙攣しながら、空中で体をよじる。
まるで体の内を何かが這いずって、脳に向かって肉を掻き分けてくるような感覚。
それは人工精霊にとって、初めての触られるという感覚だった。
思念体のような存在の人工精霊にとって、対象とはこちらが一方的に干渉する存在でしかない。故に触れることはあっても逆はあり得ない。
何が起こっているかすら判然としないまま、混乱の極みに叩き落された人工精霊を、昧弥は鎖を引き寄せて無理やり頭を自身の眼下に持ってくる。
壮絶な笑みで醜悪な顔を歪めながら、眼球同士を密着させるような距離で突合せる。その黒一色で染め抜かれた瞳には、人工精霊である自身にすら見渡せない、深淵が広がっていた。
――知らない。こんなものは、断じて知らない! こんな、こんな……ッ!
「未通の小娘が。私を見下ろすとは……教育が必要なようだな」
恐怖とは何か――人工精霊は生まれて初めて、知ることになった。
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