20
「あ゛? ――ッ!? あ゛ぁああぁぁあ嗚呼!?!」
静寂は破られ、悲鳴は陰日向なく、校舎の隅々まで響き渡った。
それは粘ついたタール状の、闇そのものが燃え上がる縄となったような、目にするだけで身の毛のよだつ黒縄だった。
「いだい゛いだいいだいぃ!」
「やだやだやだやだ! 嫌ぁあああ!!」
いつの間にか全身を縛り上げられ、骨の髄まで焼き尽くそうとしてくる悍ましさに、彼らの体は意思を置き去りにして血と慟哭を吐きだしていた。
黒縄はまるで生きているかのように彼らの動きを封じながら、指先から顔に至るまで全身を舐めるように這いずる。
それはさながら、死体を埋め尽くすように集り、蠢く、巨大な蛆の群れのようだった。
動くこともできず、逃れる術もない。
まさしく、阿鼻叫喚の地獄がそこにあった。
「ふー……」
永遠に続く断末魔を背に、昧弥は天井に向けてゆっくりと紫煙を吐きだす。
常人ではとても正気ではいられない、鼓膜を削り取られるような凄惨な騒音の中にいながら、昧弥は緩やかな海鳴りに身を任せるようにくつろいでいた。
すでに彼女の頭には背後の有象無象のことなど影すらなく、これからどのよう立ち回ればことを上手く運べるか、次なる一手をどう繰るかに思考は費やされていた。
「うわっ!? なんだよ、これ……」
「キッショ! これ、絶対触っちゃ駄目な感じの業でしょ。キモ過ぎ、マジ無理」
「詳細が不明、退避を推奨。情弱即死亡、これネットじゃ常識」
故に、その存在たちの接近に気づきながらも、取るに足らないことだと放置していた。加えるなら、この惨状を目にしながら声をかけてくるようなもの好きはいまいと、そう考えてのことだったのだが……その見込みは外れた。
「――お前の仕業かよ。これ」
怒りを抑えつけたような、切れる寸前の糸を思わせる張り詰めた声だった。
拳を握りしめて、挑みかかるように昧弥の背を睨めつける。
その様子に、それまで逃げ腰だった同行者の二人も、仕方ないとでも言うような、呆れを含んだ微笑を浮かべ、覚悟を決めて並び立った。
その気配は、背を向けたままでもなお如実に、昧弥に敵対する意思を感じさせた。
しかし、それにわざわざ昧弥が取り合ってやる義理などない。
故に背後からかけられた幼さの抜けきらない少年の声に振り返ることはせず、深く息を吸い、残り少なくなった紙巻を焦がした。
「おい! 聞いてんのかよ!?」
少年から焦れたように声が上がる。それは不思議と周囲の悲鳴に飲まれることなく、凛とした音で辺りに響いた。その声に同調するように残り二人の声が続く。
「ちょっと! 結紀が話しかけてんじゃん! 無視するとか何様ぁ?」
「声をかけられたら返事をする。これは世の常識」
三人の声音には避難の色が聞き取れた――が、それだけだった。
三人にできることは、三者三様の渋面で表情を歪め、離れた場所から脆弱な正義感を振りかざして囀るのみ。
この悪辣な惨状を作りだしたのが、目の前の少女の形をしたナニかであると確信していながら、詰め寄って指を突きつけ、心が痛まないのかと、良心の呵責を問うこともできない。
どれだけ向こう見ずな義憤に頼って走ろうとも、本能は現状の危うさを的確に察知し、それ以上の無謀を許しはしなかった。
「くそッ! どうなってんだよ……」
「ねぇ、結紀。これっていつもの勘なんだけどさ……。コイツ、マジでヤバいよ」
どれだけ意思を込めて一歩を踏み出そうとしても、膝が笑うばかりの自分に、結紀は苛立ちを募らせて悪態をついた。
その様子を横目に、褐色の肌に黒髪を短く切り揃えた少女は鼻にしわを寄せ、止まることなく刻一刻と強烈に際立っていく本能の警鐘に肌を泡立たせた。
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