19
「……なんで……どうして……」
崩れ落ち這い蹲り、あるいは腰を抜かして座り込み、目の前で起こった現実を拒絶するように弱弱しく頭を振る。
血が滲むほど大きく見開いた瞳は、しかしそれだけ見開かれながら、現実を映してはいなかった。
力なく広がった瞳孔は小刻みに震え、定まらない焦点が宙を彷徨う。
そこに浮かんでいるのは純然たる絶望。眼前に佇む現実を受け入れるには、彼らはあまり弱すぎた。
足掻くことを止めてしまった彼らへ、さらなる現実を突きつけるように昧弥は一歩前に出る。
「覚者同士の戦闘で業がぶつかり合った場合、総合的な能力の高い方の業が優先され、相手の業を飲み込む。
故に、私という格上の覚者に向かってくるとき、業ではなく純粋な物量による力を使用する……大きく間違ってはいない。天井を崩落させた瓦礫で圧し潰す戦術は理に適っていると言える……だが、足りない」
言葉を切り、手立てをなくして震えるだけとなった哀れな愚者の群れを見下ろす。その顔には壮絶な笑みが浮かび、元より醜悪に壊し尽くされている右面をより一層壮絶に歪ませた。
それは、僅かでも分を越えて夢見てしまった弱者を嗤う、悪魔の笑みだった。
「筋力、頑強さ、思考速度。すべて例外なく、覚者のそれは常人をはるかに超越する。貴様らのような半端者ならばこの程度で十分事足りたろうが……私を殺したいのなら校舎ごと潰すべきだったな。それだけが唯一、万が一、億が一の可能性に光明を当てることができる足掻きだったのだが……まぁいい。
――では、続きだ。まさかこれで終わりなどとは言うまい? さぁ、さっさと立て。浅ましく生にしがみつく様で私を愉しませろ!
貴様らに許されるのは、それだけだ――」
強者故の余裕か……。昧弥は彼らを叩き潰すわけでもなく、まるで覚えの悪い生徒に教えを授ける教師のように策の欠点を語り聞かせ、あまつさえ発破をかけた。
――立て、もがけ、生き汚く足掻いてみせろ!
明らかに自らが脅威となって蹂躙している相手へ投げかける言葉ではない。しかし、その言葉に謀略の匂いはなかった。
昧弥は嘘偽りなく、彼らが立ち上がり、再度己に向かってくるのを望んでいた。
しかし、その言葉に耳を傾けることなどできるはずもない。彼らはただ茫然と、目の前の現実が自分たちを飲み込むのを待つのみだった。
その様を見下げながら、昧弥はつまらなさそうに眉根に皺を寄せ、煙を吐きだした。
「……折れたか。……私に向かってきたときは、僅かなりにも見込みを感じたのだが……道化を演じるにも、相応の分というものがあるということか。
――実に下らん」
吐き捨てられた言葉は、感情という感情がすべて抜け落ちたように冷え切っていた。
その声音に同調するように、瞳からも急速に色が失われていく。それは路傍の小石に向けられるものと同じ無機質さに満ちていた。
「――興が削がれた」
ゴッと、靴底が床を叩く音がいやに重苦しく響いた。
それが合図だったかのように、ビクッと体を震わせて僅かに正気を取り戻した彼らは、視線を左右に戸惑わせる。
ようやく自分たちが死んでいない現実に気づき、なぜ無事いられているのか分からず、顔を見合わせてから視線を昧弥に向けた。
彼女が踵を返すのを追って蘇芳色の羽織がなびく。
その様は、まるで血飛沫が舞っているようで……。
壮絶な予感を孕んでいるにもかかわらず、思わず目で追ってしまう蠱惑さがあった。
「――生れ、生れ生れて、生の始めに暗く」
故に……徐にささやかれた一節に聞き入ってしまったのも、必定であった。
「――死に死に、死んで死の終に冥し」
生も死も、無為に重ねるは凡夫故か――。
嘆きにも似た調は、何憚れることなく鼓膜を突き抜け、脳髄に染み入り――、
「無明の竟を知れ。――黒縄・等喚受苦処」
無上の地獄を顕現させた。
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