18
「――随分と気の利いたノックじゃないか。下作ども」
僅か五歩。
彼らの元に辿り着くのに要したのは、たったそれだけだった。
約七メートルの距離を空け、昧弥はゆったりと紫煙を燻らせて睥睨する。その目は、見世物小屋のけったいな贋物を前にしたときのように細く歪められていた。
「安心しろ。畜生以下の貴様らがこの短い間に礼儀を身につけ、お行儀のいい挨拶ができるようになるとは思っておらん。そんなことを期待するほど、私も酔狂ではないさ」
嘲り、大げさに肩を竦めてみせた昧弥は、羽織を緩やかになびかせて再び歩を進める。先程までの常識外の足運びではなく、ただ悠々(ゆうゆう)と。
歩幅を一歩ずつ確かめるような足取りは、その緩慢さ故に、臓物に直接手を突き入れるような生々しい死の感触を、彼らに恐ろしいほど鮮明に感じさせた。
「むしろ驚いたくらいだ。私が焚きつけたとはいえ、自ら地獄へ飛び込んでくるとはな……。あのイタリア人の夢想家が、地獄の門になんと書いたか知っているか? 『一切の望みを捨てよ』だ。
――つまり、神も仏も在りはしない。祈る必要はないぞ」
両者の距離はいよいよ五メートルを切った。
独り言すら聞き逃しようのない間合いに、もはや悲鳴を上げる必要はなく。
彼らの恐怖は、薬切れを起こした中毒者より分かりやすく、昧弥へと伝わっていた。
しかし、先程の砲撃を繰りだせば、距離の離れていた数秒前までよりは確実に一撃を叩き込める可能性があるだろう。
不可視の砲弾、火球、ガラクタの寄せ集め。
それらがどのような業で動いているにせよ、至近距離であの威力をくらえば人間の体などはミンチになるのは間違いない――致命的だ。
だが、彼らは動かない。
恐怖に縛り上げられた体は、容易に動くことを拒絶して、ただゆっくりと迫ってくる絶望に震えるしかなかった。
……いや。正確に言えば、昧弥にはそうとしか見ていなかった。
「なに、殺しはしない。ただ死ぬ方がマシなだけの――」
故に、避けようなどとは、端から思考に浮かびすらしていなかった。
「――ッ!?」
前触れなく昧弥を襲ったのは、地鳴りと暗闇だった。
――罠か。
瞬時に誘い込まれたことを悟り、視線を走らせるも、周囲に広がるのは一筋の光さえ通さない純粋な闇。しかも、手足を広げることもできができない窮屈さ。
――これは石壁による囲い……閉じ込められたな。
一早く自身の状況を判断し、即座に行動を起こす――、
「やれぇッ!!!」
よりも早く、昧弥の真上の天井が崩壊し、凄まじい量の瓦礫が昧弥の上に豪雨のごとき威力で降り注ぐ。
視界の利かない昧弥は為す術なく、人を圧し潰すのに十分な重圧によって瞬く間に生き埋めになった。
「――で? 次の策はなんだ?」
そして、何事もなかったように石壁を蹴り破り、外へ悠然と出てきた。
「そ、そんな……」
絶望に掠れた呟きが、誰の口ともつかず漏れでていた。
だが、それも仕方ないことだろう。
なぜなら、彼らの前で穏やさすら感じさせる仕草で肩についた埃を払い、身なりを整える昧弥には、掠り傷一つなかったのだから……。
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