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§ § §
扉が閉まるのを待たず、昧弥は足を動かし続けた。
後方から扉の閉まる音が聞こえてきたのを確認し、視線を周囲に走らせる。半径十メートル以内に自分たち以外の気配がないことを確信できたところで、振り返らずに声だけでダニアに呼びかけた。
「――ダーニャ」
「はい。人工精霊、及び電子機器での監視、盗聴、どちらも反応はありませんでした」
ダニアも同様に足を止めることなく、昧弥の後方七〇センチの距離を完璧に保ちながら淀みなく答える。その報告に微かに頷き、一瞬の黙考の後、視線を窓の外に向けつつ聞き返す。
「外部、遠隔からの詮索、攻勢は?」
「そちらも問題ございません。外で待機していたエリーに対処させました。学園長室より周囲三キロの範囲に潜伏し、こちらを伺っていた敵勢力、二人一体、三組。悟れることなく処理したと報告が上がっております」
「なるほど……」
独白めいた相槌を返し、昧弥は唐突に歩みを止めた。
前もって伝えたわけでもない無配慮な行動。しかしダニアは主人の影を踏むことなく、予見していたようにピタリと歩を合わせて止まった。
振り返った昧弥は何か探るような視線を、自分たちが出てきた扉に向けて押し黙る。その熟考を妨げることがないようダニアは窓際に寄り、軽く頭を垂れて主の次の言葉を黙して待った。
たっぷり十数秒。押し黙っていた昧弥が徐に口を開く。
「――あまりに粗雑だ。兵の配置も、襲撃された際の対応も。……何より、私と相対すというのに護衛すらつけず、たった一人とは……。
無作法が過ぎる――どう思う、ダーニャ」
学園長室の扉から視線を外し、昧弥は鋭く細めた視線を向けてダニアに問う。
「はい、ご主人様。恐れながら、かのご婦人、道祖夕里様は元より、護衛も兵も置かれていないのではないかと愚考いたします」
告げられた従者の言に、昧弥は細めていた目を僅かに見開いた。
驚きと困惑。どのような理屈で論を組めば、そのような策が生まれるのか……。
珍しく理解が及ばず、思考が迷走している様子の昧弥に、ダニアが続けて意見を述べる。
「私の所見を申せば、道祖様は覚者としてではなく、教育者としてご主人様と向き合うことを望んだものと、推察いたします」
「構えることなく私の前に立ったと?」
「はい。学園長室に監視や盗聴の類の仕掛けが施されていなかったのは、設置されていなかったのではなく、外されたのではないかと……。
合わせて申し上げますと、外の下手人は道祖様の手駒ではなく、第三勢力、もしくは道祖様の影響を無視できるだけの権限を持っていた刺客である可能性が高いと思われます」
昧弥は腕を組み、もう一度学園長室の方へ視線を向けた。
従者の意見を聞き入れるなら、あの道祖という女は自身の立場が悪くなることを承知の上で、己の信条を優先したことになる。それがどういうことか、学園長という役職に就けるだけの能力がある人物に分からないはずはないだろうに……。
昧弥は視線を外すと、懐から煙管を取りだして咥えた。
指示するまでもなく、ダニアが差しだした火に紙巻をかざし、立ち上ってきた煙を深く吸い込む。体の内にわだかまる様々な感情を追いやるように、重々しく吐きだした。
「――向いていないな」
ダニアは肯定も否定もせず、ただ黙して頭を垂れた。
その様子を横目に、もう一度大きく煙を吐いた昧弥は、嘲笑を浮かべて踵を返す。
「だが、そうと分かったなら、そういうものとして扱えば済む話。少々動かしづらくはなったが問題ない。道筋に大きな変更はなし、予定通りに動くとしよう。
さて、ダーニャ――」
ゆっくりと歩きだした昧弥の後を、なぜかダニアは追わなかった。まるで玄関口で主人を見送るように、頭を垂れたまま一切の動きを見せない。
昧弥もそれを咎めることなく歩を進め、ちょうど五歩の距離を空けたところで止まり――、
「――時間の残りは?」
飛来した不可視の砲弾を無造作に手で払い落した。
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