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道祖の眉がピクッと跳ねる。聞き間違いなどあるはずもなく、その呟きは宣戦布告以外の何物でもなかった。
「……それがどういうことか分かって言ってるんだろうな? 学園を敵に回すということは、本土を、国を敵に回すということだぞ?」
剣呑な光を湛えて鋭く貫いてくる視線に、昧弥は高慢な態度を崩さず、それどころかより笑みを深めて答えた。
「貴様らこそ分かっていないようだな。私の言葉だぞ? 私がそうと決めて言葉にしたのだ。これは決定事項。たとえ神仏であっても覆すことは叶わん」
ゆらりと紫煙が燻る。白く煙る奥から覗く眼はどこまでも暗く、一切の希望を飲み込む闇が蠢いていた。
ゾクリと、背筋に怖気が走る。
――ハッタリではない。
道祖は確信した、否、させられた。この少女の形に無理やり押し込められた悪逆は、遠からずこの島を地獄の業火で焼き尽くす。その炎は、ともすれば本土にまで及びかねない。
――今ここでやるべきか?
掌を返し、自身の持つすべてをかけて息の根を止めようと思えば、おそらくは可能だ。自らの人工精霊、そして学園長としての権力と抱えている戦力。その一切を惜しみなく注ぎ込めば、ここですべてを終わらせることもできるだろう。
しかし、それは今まで積み上げてきたすべてが無に帰すことも意味する。
その覚悟あるのかと、道祖は歯噛みしながら自問する。
未来は所詮、未形。覗きようはあっても定めようはない。
――そう断じることができない。
ならば、この悪意を見逃すことはあってはならないはずだ。問いかけるまでもない、分かり切っている。だが――、
「……そうか。残念だ」
道祖は重々しく息を吐いた。
今ここで、この悪意を断ち切るわけにはいかなかった。
それは自身の裁量を越えている。学園を運営する立場とはいえ、所詮は雇われた身。己の一存で希少な研究対象の処分する権限はない。自分にできることは本国に報告を上げ、判断を仰ぐことぐらいだった。
歯痒さに、俯いた道祖は一層苦しげに顔を歪めた。
しかしそれは、自らの手で諸悪の根源を絶つ機会を与えられていなかったからではなく、この若者を自分が導くことはないのだと確信してしまったから……。
それがたまらなく悔しかった。
道祖夕里は教師だ。たとえ教壇から離れて久しく、学園を運営する立場となり、最早学徒たちの心に寄り添うことが叶わくとも――教師なのだ。
「なぁ、界。お前……夢はあるか?」
だからだろう……思わず口をついて出たのが、そんな子供じみた戯言だったのは。
初めて語りかけるように名前を口にして訊いたことが、こんな甘さに満ちた言葉だったことを道祖は後悔した。
そんなモノに浸れているなら、島に来るはずがない。
その傷に大小はあれど、ここに来る者のは皆、心に傷を抱えている。でなければ人工精霊は生まれようがないのだから。
――下らないことを。
道祖は頭を振って、昧弥へ訂正するために声をかけた。
「すまない、忘れて――」
「夢は……過去に添うものだ」
故に、声が返ってきたのはまさに予想外のことで、驚愕のあまり勢いよく顔を持ち上げたのも仕方ないことだった。
口を半開きに呆けている道祖から昧弥は視線を外し、ここではない、どこか遠くを眺めるように、憐れみに目を細めてゆっくりと煙管を吸った。
チリチリと葉の焦げる微かな音が鳴る。
天井に向かってたなびく煙を眺めながら、昧弥は誰に語るようでもなく、独白めいたその言葉を煙の中に遊ばせた。
「夢を語るのは、いつの時も現世にある者だ。彼らは夢を、生きる活力や未来への希望などと口にして憚らないが――夢とは、過去に描いたまだ見ぬ幻想であり、現在が見せるすでになき郷愁の憧憬だ」
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