78 運動準備電位
シュレナは、「未来の私」の言葉を繰り返す。
「順番?」
「そう。脳からの命令が先か、体が動くのが先か」
「そりゃ、脳でしょう。普通は」
しかし、「未来の私」はかぶりを振って、
「最近の知見では、一概にそうとも言えないことが分かってきたの」
「未来の話?」
「いや、今の話。今というのは、シュレナさんがいるこの時代のことね。運動準備電位って知ってる?」
(何それ。デンイって電位かな?)
シュレナが首を横に振ると、「未来の私」はコーヒーカップを持ち上げ、ゆっくりと、
「例えば、私は今、こうやってカップを持ち上げた。これ、私の頭の中で持つという意志決定をするより早く、運動準備電位が発動して、私の腕はカップを持つ用意をしてるんだよ」
「えっ。あっ、そうか、ああ……?」
奇声のような返事をしてしまったシュレナ。新知識への驚きとともに、突然、霧が晴れるように話が見えてきたからだ。
カップをカチャリとソーサーへ戻して、「未来の私」は沈黙する。シュレナの理解が言語化されるのを待ってくれているようだ。
ある程度、思いつきが頭に整理されたところで、シュレナはそれを口にする。
「脳だって、臓器という面では同じ。血管があり、神経や膜があり。手足との間に壁があるわけじゃなくて、地続きですよね」
一旦、言葉を切るシュレナだが、「未来の私」が感心したような笑みでうなずいたので自信を深め、
「脳が手足へ、幾つもの、無数の神経信号を出す。眠っていても、手足は動くし。起きていれば、その信号に自分も気付く。信号の内容を、付け足すかもしれない。その段階が意志なのだとしたら……」
途中、シュレナはここで大きな息継ぎをして、
「むしろ、意志って補助的なものにすぎない?」
と仮説を立てる。
対して、「未来の私」は、
「補助的な、はオーバーかもね。けれど、脳や心臓を含め、体中をめぐっている信号が集まって、一定の規模に達した時、それが記憶なり意識なりに変化していくのだとすれば、信号は、意志とか自我を形作りながら、一方では手足を動かしてもいる、とは推測し得るのかもしれないね」
「同時進行……」
「そうだね」
胸が高鳴り、少し息苦しいほどだ。知的興奮というやつなのだろう。
シュレナは、温泉が湧き出るような絵を思い浮かべて、
「微弱な電気の信号が、海底の泡みたいにあふれてくる。それらの集合体が自我を形作る。と同時に、体も動かしている……」
シュレナが黙ったので、「未来の私」が補足し、
「まさに、生命とは現象にすぎない、とする説だよね」
「現象?」
「個別のひとかたまりがそこにある、というよりも、細かい無数の点や線が、動いたり、はじけたり、入れ替わったり、つながったり分裂したり、忙しい、騒がしい感じかな。踊りのような。
そして、踊りの振動や音そのものが、自我の正体だと思う」




