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65 工業地帯にて

 暗い。

 日没してから街灯はついたが、数メートル先が見通せるのみ。

(出血で目がかすんでる、とか?)

「フッ、アクション映画の見過ぎか」

 わざと声に出して、シュレナは自分の考えへツッコミを入れた。心細さを紛らわせたかったから。


 一応、根拠もあった。

 最も強く打ちつけたのは右の膝だが、血は余り出ていなかったからだ。

(制服、ズボン履いててよかったな。スカートだったら、大けがしてたかも)

 ただし、決して状況は良いとは言えなかった。


 まず、右膝の痛みが引かない。

 先ほど、自転車ごと大転倒した直後は、激痛で身動きが取れなかった。

 しばらく歩道の隅にうずくまっていたら徐々に回復し、立ち上がることは出来た。

 が、脚を引きずって、のろのろと歩けるのみ。


 また、自転車も今やお荷物だ。

(重いな、これ。捨ててっちゃおうかな)

 痛みで到底乗れず、体の真横に立てて、両手で押して歩いている。この場に置いていく踏ん切りもつかない。

 何だか、車輪の回転が鈍い。転んだ時に車輪のフレームが少しゆがんだらしい。


 カチャリ。

(またかよ。ウゼー)

 舌打ちし、ずれた眼鏡を手で直すシュレナ。

 転倒の直後に眼鏡もゆがみ、顔にうまくフィットしなくなったのだ。

(割れなくてよかったけど)

 というのが本音だが。


 道に迷ってもいた。

 転んだ衝撃でスマホも壊れ、現在地なども調べようがない。

 電源が落ちてしまう直前、ロタへメールを打ってはみたが、恐らく届いてはいまい。


 更にやっかいなのが、気持ちの問題。

 今の状態を直ちに抜け出したいかといえば、そうでもないのだ。

(もう、どうだっていいや。このまま、夜の闇にふわあっと溶けちゃいたいな)

 つい、現実逃避をしてしまう。

(そのうち警察に職質されて保護されっかな)

 かといって、

(その辺の家に助けを求めるのもなあ。悪い奴かもだし)

 そもそも、

(そこまでして帰りたくもないし)

 堂々めぐり、やけっぱちであった。

 今日は疲れ果てた。色んなことが起こり過ぎた。


 夜の静寂。

 迷路のような暗い道を、どれくらい歩いただろうか。

 やがて。


 ガチャン。ギーッ。

 ウィーン、ガシャン、ウィーン、ガシャッ。

 キーン、グシャッ。


 周辺を反響する無機質な音。規則正しい。

(工場の夜勤かな?)

 ここは工業地帯でもある。何か作業が始まったのか。

 だが。

「あっ!」

 不意に、シュレナは歩く速度を上げた。温かさと、懐かしさを覚えたからだ。膝の痛みも、自転車の重みも忘れた。

 よく知っている音ではないか。

 路地前方の曲がり角を左折すると、そこにはイリカが立っていた。


 街灯に照らされた長身を、シュレナは呆然と見上げる。

 シュレナと視線が合った次の瞬間、イリカの緑色の左目からツーと一筋、涙がこぼれた。

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