66 心と体がずれた時、人は涙を流す
「やっぱり。足音が聞こえたんだよ!」
シュレナは叫んだ。
路地の前方から響いてきた規則正しい金属音は、イリカの足音であったのだ。
無機質な人工の音に、
(こんなにホッとさせられるなんて!)
本日の文化祭での、クラスメイトや教師のよそよそしい笑顔より、今はロボットの動作音にシュレナは救われている。
しかも、
「なんで泣いてるの?」
シュレナは、たたずむイリカの顔へ右手を伸ばす。背丈が高く、届かなかったが。
シュレナを見つめたまま、イリカは口を開くが、声が出ない。
左目からあごへと涙を伝わらせている他は、無表情だ。
突然シュレナに出会ったので、軽くバグを起こしたのだろうか。
返事の代わりのように、手を差し伸べてきた。
首から下が、すっぽりと紺色ケープで覆われたイリカ。
その布の中から、ニュッと右腕が現れ、ゆっくりシュレナの方へ。
ウィーンというモーター音と、人工の指がカリカリと曲がる音。コマ送りのようなぎこちない動きが、街灯に浮かび上がる。
シュレナは、上げていた右手をそのまま下げて、イリカの大きな手を握る。
「シュレちゃん、大丈夫?」
イリカの一言目。ようやく、音声と口の動きとが合わさったらしい。
シュレナは、親指でイリカの指をなぞり、関節のでこぼこを確かめるように触りながら、
「イリちゃんこそ」
「私?」
イリカがキョトンとする。表情を作る機能も直ったらしい。
シュレナは、
「人工知能のプログラム部分と、ロボットのメカ部分がずれてたみたいだったから」
「そうなのかな」
「だから泣いたんじゃないの?」
「なるほどね。これは一種のエラーか」
イリカはうなずく。涙の跡は、早くも乾き始めていた。
「驚かせてごめん」
シュレナが謝ると、今度は首を振るイリカ。
気が付けば、冷静にイリカの状態を分析している自分に、苦笑いのシュレナ。
(感動の再会場面なのになー)
でも、いつもの調子が戻った気もする。
さっきまでの、帰りたくない・闇へ溶けたいといった浮ついた思いは、消し飛んでしまった。
続けて、今思いついたことをシュレナは言い足す。
「けど、人間も同じなのかもしれない。心と体がずれた時、きっと涙が出るんだよね」
「シュレちゃんは?」
イリカの静かな問いに、シュレナは、
「さっきまでは、ずれかけてたかもね。でも、イリちゃんに会えて、手も握れて」
シュレナがもう少し右手の力を入れると、イリカの手の熱を更に感じた。
「不思議だよね。イリちゃんの手を初めて握った時は、あんなに怖かったのに」
イリカは黙って聞いている。
ホッとして気が緩んだためか、ズキッと右膝の痛みがぶり返してきたので、フウと呼吸を一回挟んでから、
「今はこんなにうれしいなんて。元気が出たよ」
本当の気持ちを、シュレナははっきりと伝えた。




