四十九日目
異世界転生早々、盗賊団〈白夜の貪狼〉を撃退した詩音が出会ったのは王族と名乗る女性。白銀色の髪と瞳を持つ美しい女性に目を奪われる。これまでこんなに綺麗な人を詩音は見たことがなかった。
流石は異世界。
「あの…………」
「あ、すみません。いえ、申し訳ございません。えっと、ハルファスさま?」
呼びかけられて正気に戻った詩音は慌てて謝り、そう呼ぶとセルは可笑しそうに微笑む。
「セルとお呼びくださいな。貴方様がいなければ私はこの身を穢されていました。命の恩人である方に様付けけを強要できません」
「えっと、ならセルさんで………………?」
「はい。ところで一つお願いがあるのですが………………………」
「なんですか?」
セルは己の首に嵌められている首輪に触れる。
「この者からこの首輪の鍵を取って外しては頂けないでしょうか? 私では外すことができませんので」
「わかりました。ちょっと待ってください」
「ありがとうございます」
申し訳なさそうに懇願するセルの頼みを聞いて詩音は頭から鍵を見つけてすぐに首輪を外してセルを自由の身にした。
「これで帰れる………………………」
首を擦りながら心底安堵するセルに詩音は尋ねる。
「この盗賊達はどうしましょうか?」
「〈白夜の貪狼〉は有名な盗賊団ですし、その頭であるこの者は高い賞金がかけられています。街へ連行すればそれなりのお金になるでしょう。盗品も盗賊団を倒した貴方のものです」
「持ち主のところに返せないんですか?」
そう尋ねる詩音にセルは荷馬車の扉を開けるとそのこは数多くの金銀財宝があった。
「これの全てを特定の誰かに返品するのは不可能ですし、法でも盗賊から盗品を盗んでも罪に問われることはありません。貴方様所有した方がよろしいかと」
「そ、そうですね………………………」
とりあえず今後生活に必要な資金が集まった、と前向きに思考を切り換えた。
「シオン様、でよろしかったですよね?」
「はい」
「街まで護衛をお願いできないでしょうか? 勿論、命を救って頂いた恩も報酬もお支払いします」
「あ、俺も街に行きたかったのでそれは全然構いません。むしろ、どこに街があるのかわからなかったので案内してくださると助かります」
詩音は盗賊団を縛ってセルと共に街へ向かう。その道中。
「それにしてもシオン様はお強いのですね。レベルがどれほどか窺っても?」
「あーえーと……………」
レベルMAXです。とは正直に言えない詩音は言葉を濁らす。
「言いにくいのでしたら仰らなくても構いませんよ。誰にだって言いたくない事情はおありでしょうから」
言葉を濁らす詩音に気遣ってそう告げるセルに若干申し訳ないと思いつつありがたかった。
「あー、そういえばセルさんは王族の方でしたよね?」
「はい。まぁ王族と申しましても名ばかりでその生活は豊かとは呼べるものではありませんが」
「え? なぜですか?」
「私が住むメガレイアの街自体が豊かな街というわけではありません。それに権力にものを言わせて重税を強いる王族のせいで圧政に苦しむ民もいる始末。私の故郷である街を悪く言うのもあれですが、酷い街です。ですが、お父様のように民のことを考える王族も少なくはありませんし、今は少しずつではありますが改善されつつはあるのです」
「それはいいことですね」
「はい。ですから私も速く戻ってお父様とお母様を安心させないといけません」
それは心配しているだろうな。
ご両親も娘さんの顔を早く見たいはずだろう。いい家族だな、と詩音は思った。
「見えてきました。あれがメガレイアです」
森を抜けて詩音は異世界で初めて訪れる街へとやってきた。
検問を抜けて街の中に入るとそこは現代社会とは違う作りの異世界の建物が視界に映る。そして獣人など人間ではない種族も街中を歩いている。
うわぁ、と異世界の風景に感動する詩音なのだが、街中を歩く殆どの者が顔を下に向けている。それにいかにもチンピラ、ヤクザのような人が堂々と歩いている姿も見受けられる。
街中を通ってしばらく進むと高級そうな建物が増えてくる。
歩く人達も高そうな服や装飾品を身に付けている人が多くなってくる。
「この辺りは貴族や王族が住む人達が多い高級地区なんです」
セルは思っていた疑問を見据えたように答える。
「もうすぐ私の屋敷が見えて――――」
「セルさん…………?」
視線を固定したまま固まるセルの視線の先にあるのは大きなお屋敷。だが、その屋敷には業者のような人達が次々と荷物を運び出している。
引っ越し? と一瞬思った詩音。だけど、セルの様子から見てあの屋敷が家なのではと疑念を抱く。
すると。
セルは手綱を手放して駆け出した。
「おっと、どーどー」
慌てて手綱を握って馬を操る詩音は馬を宥めながら動きを止まらせる。
「貴方方! ここをどこだと思っているのですか!? 何を勝手に―――」
「これはこれはセル様。よくぞ御無事で」
業者の人達に声を投げるセルの言葉を遮ってきたのは豚だった。正確には豚のように肥えた人間だった。
「ヒンズィール様………………? なぜ貴方様がここに? お父様とお母様はどちらに?」
「セル様。まずは落ち着いて聞いて下され。貴女様のご両親は貴女様が攫われたその日に盗賊団に殺されたのです」
「え?」
突然の言葉に目を丸くするセルの頭は真っ白になった。
「セル様のお気持ちはわかります。貴女様のご両親は亡くすには惜しいお方だった。それが盗賊などに命を奪われるなんてなんという悲運。私もそれを聞いた時は年甲斐もなく涙を流したものです」
詩音はそのヒンズィールという男はまるで拙い演技でもしているようにしか見えない。
「ご安心を。遺体はこちらできちんと埋葬させていただきました。ご両親のお墓もすぐにできるでしょう。ああ、それと御父上の遺産は私が全て引き継ぎましたの後の事はお任せください」
「そんなこと………………ハルファス家の次期当主は私で」
辛うじて言葉を紡いだセルにヒンズィールは一枚の羊皮紙を取り出してセルに見せる。
「この通りでございますので。お引き取りを」
「うそ………………これはお父様の文字………………………」
欄名のところにあるのは見間違えるわけがない父親の名前と筆跡。それを見たセルはその場でへたりと力が抜けるように座り込んでしまう。
卑しい笑みを浮かべるヒンズィールに流石の詩音も気付いた。これは明らかな罠だと。
ハルファス家の財産を奪う為に盗賊団を利用してセルの両親を殺害させ、次期当主であるセルをこの街から追い払った。筆跡だってそれが本当にセルの父親が書いたものとは限らない。
だけどそれを証明する証拠がない。下手に何か言えばそれこそ自分の立場を危なくするだけだ。
それでも、これはあまりにも酷過ぎる。
「あの――」
例え自分の首を絞めることになっても講義しようと口を開こうとする詩音。だが、セルが詩音の袖を掴んで止めさせると立ち上がってドレスについた砂埃を払う。
「取り乱してしまい申し訳ございません。それでは私はこれにて失礼させていただきます」
「ええ、貴女様のこれからの人生に幸があることを祈っていますよ」
殴ってやろうかと思った。だけどそれはできずにいた。セルがそれは駄目だといわんばかりに袖を握っているから。
とりあえずこの場から離れることにした二人。その間セルは言葉を発することはなかった。
詩音は人づてで情報を集めて盗賊団を憲兵に引き渡して報酬金を貰い、盗品を換金して貰った。かなりの大金が手に入ったが今は素直に喜べるわけがない。
これからどうしようか、と悩む詩音にセルは急に馬車から降りた。
「ここまで本当にありがとうございました。これからのことは自分でなんとかしていきます。今は無理ですが何時か必ず恩をお返ししますので」
痛々しいほどの取り繕った笑みを浮かべるセルに詩音は尋ねる。
「これから、どうするつもりですか?」
「………………………どうしましょうか? とりあえずは自分でできることから始めようと思います」
セルはドレスの端を抓んで優雅に一礼する。
「それでは御機嫌よう」
これからどうしようか? 何度も頭の中でそれが繰り返される。
何もかもなくなってその身一つとなったセルはおぼつかない足取りで街中を闊歩する。
帰るべき場所も、財産も、自分を愛してくれる両親もいない。何もない自分にいったい何ができるのだろうか? いや、何もできない。
王族として英才教育は受けてきたが平民の暮らしなど何一つ知らない。
なら、いっそのこと………………………。
橋の下に川を見てセルは決心する。
心残りはある。せっかく救ってくれた恩を返せないことに申し訳ないと思っている。だけど、王族として生きてきた自分に生きる力も意味などない。
セルは橋から跳び下りた。
これでいい、と自己解釈しながら瞳を閉ざすセル。
だが―――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
大声を上げながらセルに飛び込んできた詩音はセルを抱きしめて共に川に落ちる。水飛沫を上げて、川底まで落ちた詩音はなんとか浮上して川から顔を出す。
「ぷはぁ! あー、死ぬかと思った………………………」
息を吸って生きている事に安堵する詩音の胸の中にいるセルは驚きと困惑の表情を見せながら問いかける。
「どう、して…………………?」
「いや、やっぱり心配になって追いかけたら川に跳び込もうしているのが見えて、つい」
つい、で自分の命まで危険に晒した詩音はどうにか川から陸へ移動する。
「………………………セルさん。俺は貴女の気持ちはわかりませんからわかるとは言いません。ですが、自殺はよくないですよ。自分で自分を殺してどうするのですか?」
「………………………………では、どうしろと言うのですか? この身を売り、娼婦になり下がってでも生きろとでも言うのですか? それとも奴隷となって生きろとでも仰るのですか?」
込み上げてくる感情を吐露するように吐き出すセルは感情のままに口を開く。
「私にはもう、何もないのです………………帰る家も、両親もいない……………………この世界を生きる術も知らない、生きる意味もない私がこの先どうやって生きて行けと……………………?」
銀色の双眸から涙が地面に落ちる。
何もない無力な自分にいったい何の価値があるのか?
そんな人間なんて誰にも必要とされないに決まっている。
「なら、恩を返すという意味でまずは俺の為に生きてください」
「え……………………?」
顔を上げるとそこには優しい笑みを浮かべている詩音がいた。
「俺はこの世界で生きる術も知識もなにもかもありません。頼れる人もいない。正直この先どうしようかと悩んでいました。ですが、セルさんがいてくれるのなら心強い。セルさんがいなかったら俺は盗賊団をどうこうする方法も盗品をどうすればいいのかもわかりませんでしたから」
自分の無知さを苦笑しながら自白する。
「生きる意味がないのなら俺が生きる意味になります。だから、俺と一緒にこれからを歩んではくれませんか?」
そっと手を差し伸べる詩音。その手と詩音の顔を交互に見ながらセルは口を開く。
「…………………………私には何の価値もありません」
「価値のない人間なんていません」
「…………………………私は、物事も碌に知りません」
「それは俺も同じです。一緒に考えていきましょう」
「…………………………生きる術も、お金もありません」
「生きる術も一緒に考えましょう。お金は盗賊の報酬とお金に換金した盗品を使えば大丈夫です。かなりの額でしたから」
「………………………………私、私は、生きても、いいのでしょうか?」
「また死のうとするのなら俺が全力で止めに入ります。セルさんが死ぬことを諦めるまで何度でも止めてみせますから」
「うう、うぅ……………………おとう、さま、おかあさま………………………」
泣き崩れるセルは詩音の胸に跳び込んで嗚咽を漏らす。詩音はセルが泣き止むまで抱きしめて何度も背中を擦る。
「それから私とご主人様は一から始める為にこの街へ訪れて盗賊から得たお金を元手にこの店を建てたのです。ご主人様がいなければ私はもうこの世にはいなかったでしょう」
詩音とセルの出会いを語ると、シロットは涙と鼻水を流していた。
「ひぐ、ぐす……………セル様に、そのような悲劇があったのですね……………………残酷無慈悲の冷酷悪魔だと思っていた自分が恥ずかしいです………………………」
「ではお望み通りにしてあげましょうか?」
「ごめんなさい!!」
テーブルに頭突きをするほど勢いよく頭を下げて謝罪する。
「運命との出会い、だったのね………………………」
「はい。それは間違いなく」
涙を拭いながら二人の出会いに良かったと告げるメティス。
「でも~どうして~使用人になったの~?」
「ご主人様、シオン様に仕えたいとそう思ったからです」
自分を救い、生きる意味を与えてくれた詩音。この人に仕えたいとセルは心からそう思った。
それを形としてあらわす為に使用人となった。
「まぁ、俺もセルも最初は何も知らないことが多くて苦労したけど、今はとても頼りにしているよ」
「はい、これからももっと頼ってくださいね。私のご主人様」
曇りも憂いもない花のような笑みを愛する人に向ける。




