五十日目
キャリティアより南に行った先に一つの育成場がある。
牧場のように柵に囲まれたなかを自由に動き回っているのは大型の鳥のモンスター。白鳥を大きくしたように白い体毛をして長い翼と首を持ち、風を操る能力を持っている。
そのモンスターの名前はフェルノス。
その美しい姿と能力。更には個々の戦闘能力も高いことから人々は『空の女王』とも呼ばれている。
そんな『空の女王』を育成調教しているのは詩音と同じ転生者であった。
「どうも。一誠さん」
「お、詩音かいな。よぉ来てくれたな!」
関西弁で詩音を迎え入れてくれた人の名前は一誠。詩音と同じ転生者でここで働いている。
彼の仕事はフェルノスの育成調教。彼が育てたフェルノスは国の軍事用として引き渡している。一誠がいてくれたおかげでこの国の空戦での戦闘能力は大幅に改善、向上してその腕を見込まれて国からも一誠を重宝されている。
そんな一誠と出会ったのは仕事だった。
壊れた物を修理する為に詩音はこの場所に訪れるとそこで偶然にも一誠と出会って互いに転生者だとわかってから親しい間柄となった。
「いや~それにしても自分以外の転生者に会えるとは思わんかったわ~。もう何年もこの世界におるちゅーのに詩音が初めて会う転生者やで」
「俺も一誠さんの他に後一人しか知りませんよ」
温泉街で出会った沙織。今頃は何をしているのかな、と思いながら近くにきたフェルノスの顎を撫でる。
「まぁ、仕事が終えたらゆっくりしていき。ついでに昼飯も一緒にどや?」
「それではお言葉に甘えさせて」
昼飯の約束をする詩音は早速仕事に取り掛かる。修理するのは周辺の柵やフェルノスにつける手綱やそれ以外にも諸々とすることがある。
一誠が神様から授かった特典は何かを育成するに役に立つものではない。むしろバリバリの戦闘に役に立つ特典だ。
魔槍ゲルドボルグという特典を授かってそれこそ始めは冒険者になってレベルを上げて名を上げていった。しかし、自分達よりも圧倒的に強いモンスターと対峙した時、彼は仲間を逃がし、自ら囮役を志願した。
特典のおかげで九死に一生を得た彼だがモンスターから受けた傷が原因で今後の冒険者稼業は不可能と診断された。
行き場を失った彼に手を差し伸べたのがここの前主であり、一誠の育て親でありフェルノスの育成者だったバンドという男性だった。
バンドは一誠に自分の持てる技術の全てを教えて一誠を一流のフェルノス育成者へと鍛え上げた。
そのバンドは一誠に全てを託して詩音がこの世界に来る前に病死した。一誠はバンドの意思を受け継ぐかのように今の仕事に誇りを持っている。
特典に頼らず、自分の持てる熱意と技術で国に貢献している一誠は見習う点がいくつもある。
自分ももっと頑張らないと、と意気込みを上げるも、詩音にはもう一つ彼に見習わないといけない点がある。
それは――――
「おー、ご苦労さん」
「お疲れ様です」
彼が結婚して幸せな家庭を持っているというところだ。それも奥さんは美人。
その美人な奥さんは彼の育て親でもあるバンドの娘さん。二人はここで共に生活しているうちに恋に落ちて恋人となり、夫婦となった。
「今日はシオンくんが来るから張り切っちゃいました♪」
「おいおい、別に張り切らんでも自分の作る飯はいつも最高やで」
「ふふふ、ありがとう。あなた」
ラブラブ夫婦を目の当たりにしながら昼食をご馳走になる詩音はなんとも言えないけれど、この二人のように幸せな家庭を持てたらと考える。
というよりも、眼前にいる二人が詩音にとって理想そのもの。
美人で優しい奥さん、安全で誰かの役に立つ仕事に家族で住む家。ここには詩音のモットーである安全・堅実を再現した家庭だ。
それに対して自分はこれまでドラゴンを倒すわ、貴族の屋敷を襲撃するわ、魔王を二体も倒すわ、エルフ達からは英雄扱いされるわ、と厄介事に巻き込まれたり自分から首を突っ込んでしまったりしている。
今更ながら馬鹿していると自負する。血生臭いことはもういや。
ラブラブ夫婦がいちゃつく姿を見ながら昼食を終わらせると一誠と軽く雑談をしていると。
「詩音。ちょい自分に大事な話があるんや」
後片付けをしている奥さんを一度見て一誠は告げる。
「子供が、できたんや」
「ッ! それは、おめでとうございます!」
一誠の奥さんのお腹の中に二人の子供がいる。父親となる一誠に詩音は自分のように喜びながら祝福する。
「ありがとな。せやから、その、頼みがあるんや」
「なんですか? 俺にできることなら喜んでしますよ」
「二人の身を守るものを作って欲しいんや。この世界は日本やない。弱肉強食の世界やということはわいは身を持って知っとる。いつ何が起こるかわからへん。せやから、あの二人を守れるものを作って欲しいんや。父親となる身としては恥ずかしい話やけれど、あの二人にもしものことが会って欲しくないねん」
この世界は自分達が知る世界ではない。弱肉強食の世界。
いつ、どこで、何が起きるかなんてわからないからこそ身を守る何かが必要だった。
無論一誠だって家族の為に命を賭ける覚悟はある。愛する妻とこれから生まれてくる子供を守る為に。
それでも限界というものがある。いわば保険が必要なのだ。
「………………わかりました。最高の物を用意します。料金は俺からの祝福品として無料にしますよ」
「ああ、頼むわ…………………せや、ちょい待っとき」
一誠は外に出るとあるものを持って来た。
それは卵だ。
「フェルノスの卵や。これを詩音にやる」
「いえ、ですからお金は………………………」
「気持ちのお礼や。受け取ってくれ」
「そういうことでしたら………………………」
フェルノスの卵は高額で取引されている。その理由は美味しいからだ。だからフェルノスの卵を求めて盗む輩もいる為に卵は厳重に管理している。
ここも詩音が作った特性の結界で卵を守っている。
勿論詩音は食べる気などない。大切に育てるつもりだ。
「いつか俺が育てたフェルノスと競争でもしましょう」
「望むところや」
互いに笑みを見せ合い、これからの楽しみを増やした。
「それでフェルノスの卵を持ち帰ったのですね」
事情を聞いたセルは詩音の膝上で温められている卵を見ながら頷く。
「一応はモンスターなのでしょう? 大丈夫なの?」
「大丈夫。万が一の時は使役の能力でなんとかするから」
最もな疑問を投げてくるメティスの不安を取り除く。詩音は以前に倒した魔王から得た特殊能力である『使役』がある。これを使えば自分よりレベルが低いモンスターを従えさせることができる。
「シオン様! 成体になられましたら私、乗ってみてもいいですか!?」
「貴方の場合は育ったフェルノスに餌だと勘違いされて食べられるのでは?」
「流石にそんなことはされません!!」
否定するシロットだけどセル以外の全員は肯定も否定もせずただ苦笑する。そのワンシーンが容易に想像できてしまったから。
「でも~夢だよね~。空を飛べるって~」
「私はもうシオンの魔道具で体験済みよ」
自分とセル達と今日一日の出来事を話しながら会話を弾ませる詩音は絶えることなく魔力を卵に注ぎ込む。
フェルノスの卵は親から餌代わりに魔力を貰うことで孵化する。
だから今は詩音がその親代わりに魔力を注いでいる。
一誠の話では孵化するまで数日。その間は詩音が魔力を注ぎ込む。
それから数日が経過したとある日の早朝に卵が孵った。
「ピエ!」
「おっ! 元気だな」
孵ったと思ったら詩音の頭の上に乗るフェルノスの雛に笑みを溢すも隣にいるセルが少しばかり眉根を寄せる。
「元気なのはいいのですが、普通のフェルノスより毛色が違いませんか?」
フェルノスは純白といっていいほど白い毛色をしているに対して孵化したばかりのこの雛の毛色は淡い金色だ。
「まぁ、そんな細かいことはいいよ。元気なのが一番。名前を付けてあげねないと………………………」
少し考えて詩音は雛に命名する。
「よし、お前の名前は”ルノス”だ」
「フェルノスだからルノス。ご主人様、流石に安直では?」
「いいの。ほら、ルノスだって喜んでる」
「ピィ! ピィ!」
「全力で嫌がっているようにしか見えないのですが? …………………そうですね、”ルミア”などどうでしょう?」
「ピエ!」
そちらの方がいいと頷いたルノス改めルミアに詩音は肩を落とす。
「うぅ、格好いいのに………………まぁ、よろしくな、ルミア」
「ピエ!」




