三十二日目
襲撃した魔王を倒した『黒騎士』。街は今はその黒騎士が話題になっている。
国の切札、流浪の騎士などと根も葉もない噂が飛び散るなかで詩音はリゾットのことについて考えていた。
一緒に食事をするリゾットの表情は心なしか少し喜んでいるように見える。
ここに来た時に比べればいい傾向に向いているとは思うも、まだその声が聞いたことはない。
一度、喋れないのか? と尋ねたことはあったが、首を横に振られた。
喋れるけど喋りたくないらしい。
魅了を使えば喋ってくれるだろうし、鑑定能力でリゾットのステイタスを見れば本名も喋りたくない理由もわかるかもしれない。
だが、強引にそんなことをしたら完全にリゾットとの信頼関係を破綻してしまう。
料理長の言葉通り、根気強くしていくしかない。
「リゾット。今日の夜は一緒に寝ない?」
こちらから歩み寄ろうとまずは親娘らしく一緒のベッドで寝ようとそう提案する詩音だが、その提案を聞いたリゾットは何故か怯えていた。気のせいか、薄っすらと涙目だ。
「え? ちょ、ちょっとどうして!? 俺、変なこと言った!?」
リゾットの反応に慌てふためく詩音。その隣に座っているセルが冷静に口を開く。
「恐らく自分の番だと思われたのでは?」
「するか!? 子供に手を出すなんてどんな変態だ!?」
どうやらリゾットは詩音の夜の相手に選ばれたと思ったらしい。元奴隷として奴隷商などにそういった知識も覚えさせられたのかもしれない。
「よしよし~大丈夫だよ~」
怯えるリゾットを抱き寄せて慰めるトレイヤにリゾットも心なしか安堵している。
「仲を深めようと思って言っただけなのに………………………」
「普段からアレですからね、私達………………………」
がっくりと肩を落とす詩音に普段から爛れた毎日を過ごしている自分達にシロットは頷いた。
毎晩もしていれば子供でも気付く。
「じゃあ~今日は私と寝ようか~?」
トレイヤの言葉にリゾットは頷いた。
流石は母性溢れるトレイヤ。その母性力には何度も癒される。
「で、では、シオン様の今夜のお相手は―――」
「勿論私ですが? 兔はそろそろアレの日が近いのですから控えなさい」
「どうしてセル様が知っているのですか!? 誰にも話してないのに!?」
「さぁ? どうしてでしょうね?」
アレの日を知っているセルに驚くシロットはセルの意味深の微笑みに狼の前に差し出された兔のように怯えている。
それを見なかったことにする詩音は食べ終えた食器を片して居間を出ようとする。
「ご主人様、どちらに?」
「工房。明日は冒険者ギルドに回復薬の納品だから用意しておかないと」
食事を終えて今日の最後の仕事として完成した回復薬を容器に入れなくてはならない。それを終わらせる為に工房に赴く。
「難しいな………………………」
子供とどう接していいのか悩む。それでもいずれは心を開いてくれるとこちらから信じて歩み寄らなければずっとこのまま。根気強く頑張ろうと気持ちを切り換えて仕事に取り掛かる。
容器に一つ一つ回復薬を入れて蓋をし、それを木箱に入れる。
その作業を淡々と終わらせていく詩音は納品分の回復薬を淹れ終わると、最後に数に不備がないかを確認して木箱に蓋をする。
「これでよし」
後は明日の冒険者ギルドに納品すれば完了。詩音は今日の仕事を終わらせて一度自室に戻って寝間着を持って浴室に向かう。
脱衣所で服を脱いで浴室に入る。本来、平民は風呂を持たないが、濡れタオルで汗を拭うだけじゃ気持ちが付かない日本人である詩音はどうしても風呂に入りたかった。
その為に浴槽も自作で作った。
2~3人は入れる木材を使った檜風呂。本物は入ったことがない為に自身の想像だけで作ってみたが、割といい出来だと自負している。
シャワーも備わり、浴槽の水は水魔法と炎魔法でお湯にしている。
風呂に入る前に熱いシャワーを頭から浴びて頭を洗おうと石鹸に手を伸ばす。
「どうぞ」
「ありがとう」
石鹸を手渡されて詩音は泡をたてて頭を洗う。…………………前に後ろに振り返る。
そこには一糸まとわぬセルがいた。
何度見ても美しいセルの裸体。雪のように白い肌、豊満な胸にきゅっとしまった腰回り、スラリとした太もも。奇跡を表現したかのような黄金比の肉体。
魅惑的で蠱惑的。そういえば例えればいいのかはわからないが、何度見てもドキドキして鼓動を速める。
そんな美女を何度も抱いている。その身体を思うがままにしている。
それでも慣れないセルの裸体に思わず反応してしまう。
「セル、まだ入ってなかったの?」
「いいえ、先に身を清めさせて頂きました。ただ、ご主人様のお背中でもお流ししようと思いましたが……………………ふふ、ご主人様は本当に素直ですね」
視線を下に、詩音の下腹部を見て微笑むセルは詩音の背中に抱き着いて肌を密着させる。
「他の皆さんはもう入られましたし、趣向を変えて今日はここでというのはどうでしょう?」
提案しながらもすっかりその気になっているセルの手は詩音に胸元から股の間へと手が降りて行く。
当然美女からの誘いを断ることが出来ない詩音はその提案に乗った。
冒険者ギルド。
数多くのギルドがあるなかで冒険者ギルドは簡単に言ってしまえば冒険者を纏めるのが仕事で冒険者は一言で表すなら『何でも屋』だ。
下水の掃除から家の掃除、薬草採取、モンスター討伐まで数多くの仕事がギルドの掲示板に依頼書として張られている。冒険者は身分性別種族問わず登録すれば誰でもなれるので礼儀正しい人もいれば荒くれ者まで数多くの人がいる。
冒険者になる人も人それぞれ。自分の名を上げる為、未知への探求、一攫千金などと数え上げればきりがない。そんな冒険者ギルドに詩音は納品用の回復薬を持って訪れた。
「回復薬の納品に参りました」
「はい。いつもありがとうございます」
冒険者ギルドで働いている受付嬢に一声かけて他のギルド職員が回復薬を持って確認に入る。確認が終えるまで詩音は近くのテーブルに腰を下ろして待っている。
騒がしい冒険者達の声を耳にしながら大人しく待っていると。
「か、返して!」
ギルド内でその声が響いた。
何事かと思ってそちらを見ると、数人の冒険者、いかにもチンピラ風の数人の男性が少年と思われる冒険者の剣を持っていて、少年はそれを取り返そうとしている。
「へっ、新人が不釣り合いの剣を持ってんじゃねえよ。こういういい剣は俺みたいな熟練の冒険者が使ってなんぼなんだよ」
「そ、それは大切な剣なんだ!」
「だーかーら、俺が使ってやるって言ってんじゃねえか。剣だってお前みたいな新人よりも俺に使われたいはずだぜ?」
話を聞くだけでもチンピラ風の冒険者が新人の武器を強奪したのがわかる。ギルド内で堂々と強奪行為をしているにも関わらず誰も動こうとしないのはこういった光景が日常茶飯事だからだろう。
ギルドの受付もまたか、と言いたげに呆れたような顔をしている。
「鍛冶能力鑑定」
詩音はこっそりと強奪された剣を鑑定すると、それはミスリルで作られた剣だとわかる。
アダマンタイトほどではないが、ミスリルは驚異的な剛性と靭性を兼ね備えているだけではなく、見た目以上に軽い。
アダマンタイトはその大きさに似合う重さを有しているが、ミスリルは大きさよりも軽い為に武器や防具にすれば頑丈で軽くて扱いやすい為に多くの冒険者が好んで使う。
但し鍛冶師からしてみれば剣まで加工するのに一苦労するほど扱い難い鉱石なのでお値段も高い。
チンピラ風の冒険者がミスリルの剣を欲しがるのも頷けるが。
「壊れかけてるな…………」
長年使い続けた剣なのか既に疲弊し、壊れかけている。
後何回か振るうだけで剣身が砕けるほどに脆くなっている。
例え奪われてもそれはチンピラ風の冒険者が自分から死を招くだけのこと。むしろ、奪われて新しい剣を買った方が少年の為になる。
だけど――――
「はい。ちょっと待ってください」
「あぁ? なんだてめえ?」
それで見てみぬ振りはできない自分の甘さに呆れるも、詩音は割って入る。
「ただの職人です。そして一人の職人として忠告させて貰いますが、その剣は壊れかけていますから使わない方がいいですよ?」
「はぁ? てめえアホ言ってんじゃねえよ。これはな、ミスリルつ―――」
「いくらミスリルでも耐久度があります。まぁ、信じる信じないはそちらの自由ですが、使えない剣を使うよりもそれをこちらの新人さんに返して新しい剣を買った方がそちらの為ですよ?」
「ハッ、どうだかな? フカシって可能性もあるぜ?」
「フカシじゃないんだけどな………………………」
せっかくの忠告を全く信用しない彼等に呆れる。
「第一、女みてぇなてめえが職人かどうかも疑うぜ。どうせ見習いとかその辺だろう? 見習いがいい気に知ったもの顔で割ってくるんじゃねえよ」
その言葉に詩音の表情が固まる。
見習いはまだいい。それぐらいは聞き流す。実際に固有能力『作製』がなければ見習いつただろうと詩音自身もそう思えるから。
だが。
「おい」
「あぁ―――」
ミスリルの剣を持った冒険者の顎に強烈な拳を叩きつけた。
彼は上に真っ直ぐ飛び、天井に突き刺さる。
その光景に誰もが啞然とするなかで詩音は己のコンプレックスに触れた冒険者達にパキポキと指の骨を鳴らす。
「誰が女みてぇだって?」
静かに怒気を滲ませる詩音に残ったチンピラ風の冒険者は小さく悲鳴をあげる。
それだけは聞き流すことはできなかった。
自覚がある分余計にそう思えてしまうから。
「て、てめえ! 冒険者同士の私闘は禁じられて――――」
「俺は冒険者じゃない一般人ですからその規定には適応されません。ついでに冒険者は一般人に手を出すのは違法でしたよね?」
争いごとを減らす為にギルドが定めた規定では冒険者同士での私闘は禁じられている。そして、一般人に手を出すのも同様に禁じられている。
つまり、詩音は手を出せても彼等は手を出すことは出来ない。
「わかったらさっさとその剣を返してやれ」
「………………………チッ!」
「わ!」
剣を少年に放り投げてチンピラ風の冒険者達は足早でギルドを出ていく。それを見て一息つくと天井に吊るされていた冒険者が落ちてきた。息はしているからとりあえずは放置。
「あ、あの……………」
元居たテーブルに戻ろうとした時、少年に声をかけられた。
ボブカットの黒髪に褐色肌。ミスリルの剣以外は新人に似合う装備をしている。
年齢は14~15歳だろう。中学生ぐらいの中性的な顔をしている少年に詩音は既視感を覚える。
「同士」
「え、ええ?」
自分と同じ女顔の少年に詩音は思わず肩に手を置いてそう言ってしまった。
それに困惑する少年に詩音は手を離す。
「ごめん、それでなに? お礼ならいいよ」
「あ、それもなんですけど………………………」
少年の視線が自分が持っているミスリルの剣に向けられて詩音は気付いた。
「さっき言ったのは本当。その剣はもう限界だから新しいのを買った方がいい」
「職人さんですよね? なんとかなりませんか?」
「無理。いくら優れた職人でも応急処置ぐらいしかできない。その剣はそこまで耐久度が落ちてる」
「そうですか………………………」
一人の職人として嘘偽りなくその剣の寿命を教える。
「新しいのに変えた方がいい。うちならそれなりの品物も揃えているし、多少のサービスはするから諦めろ。その剣はもう寿命だ」
「………………………………はい」
よほど大事な剣だったのだろう。酷く落ち込んでいる。
それでも事実は伝えないといけない。冒険者にとって武器は半身。戦場で武器が壊れるということは死を意味するから。
「もうすぐ納品した回復薬の代金を受け取るからそれまで待ってくれ。店まで案内するから」
「何から何まですみません………………………」
「気にするな」
せっかく見つけた同士を死なせるわけにはいかない。是非とも友達にならなければ。
女顔の男にしかこの気持ちはわからない。
「あとそれと………………………」
「ん?」
「何か勘違いしているようですが、ボクは女です」
「え?」
中性的な少年ではなく、中性的な少女だった。
それもボクっ娘だった。




