第9話:ヒロイン、ついに念願のスチルを手に入れる!?
放課後、中央階段の踊り場。
天使と聖母が描かれたステンドグラスを透った光が、色鮮やかな影となって階段を彩っていた。。
レヴェリアは、今日ばっかりはドミニク、フェリクス、ノエルを回避するために頭巾と眼鏡で完全変装し、忍者のような隠密を行動を徹底したことで放課後まで念願の課題ゼロ状態を勝ち取った。
ルシウスがここを通るまで、あと10分。
彼女は変装を解いて髪を整えると深呼吸した。
階段の下の方を見ると、そこにはちゃんとアロイスとヴェルナーの姿があった。
レヴェリアはパッと顔を輝かせて彼らに軽く手を振った。
(もはやこれは、私一人の自己満じゃない。私と情報屋と、アロイス様、ヴェルナー様。みんなの希望を背負っているんだ)
彼女は強い使命感に満ちた表情で、時を待った。
これからする、階段を踏み外すという狂気的行為が嘘のような、厳かで静かな時間だった。
彼女は深い腹式呼吸で精神を統一していた。
学者としても武人としても鉄人の域に達しつつある彼女のそれは、一種の芸術のようでもあった。
今回は予行練習までした。
心も驚くほど凪いでおり、無我の境地に達しつつある。
(行けるーー今日こそ、絶対に)
話し声が近付いてきたのはその時である。
レヴェリアはすぐさま配置についた。
夜空の静寂を思わせる冷たい美貌の第二王子ルシウス・ヴェルクール・ド・アステリアが、姿を現した。
(来たわね、ルシウス!)
レヴェリアは階段を登るふりをしてタイミングを測った。
そして彼がちょうど腕を伸ばせば届く距離まで来た瞬間。
昨日と同じ要領で、階段の縁で足を踏み外したーー。
二度目でも恐ろしい浮遊感。
けれど今回は怖いだけじゃない。
(だって私には、心強い味方たちが付いてる!!)
「きゃああっ!!足を踏み外してしまったわーー!!!」
説明付きの悲鳴と共に、レヴェリアの身体がふわりと宙に浮く。
決して魔法防御などしない。剣術ステータスによる受け身も取らない。裁縫ステータスも関係ない。学力も関係ない。ただ重力に従って、完璧な45度の角度で後ろに倒れ込む。
差し込むステンドグラスの光。
宙を舞うプラチナブロンドの髪。
下から驚いたように顔を上げるルシウス。
(もらったぁぁああ!!!)
レヴェリアは心の中で歓喜の絶叫を上げた。
(ついに、ついに【危機一髪☆ヒロインの危機を救う碧眼の王子】激レアイベントが発生すると共に美麗スチルが手に入る!!ルシウスの力強い腕が、私を優しく抱き止めて――)
「危なくってよ」
むぎゅっ。
「…………えっ???」
レヴェリアの身体は、床に叩きつけられることなく、ふわりと柔らかな腕の中にすっぽりと収まった。
しかし、鼻をかすめたのは王子の爽やかなコロンの香りではない。芳醇で甘い、高級な薔薇の香水。
恐る恐る目を開けたレヴェリアの視界に飛び込んできたのは、ステンドグラスの光を背負い、まるで宝物を抱くように優しく微笑む悪役令嬢の美しすぎる顔だった。
キラキラ……バザァッ!!!
煌めきとともに、スチルの演出である白百合が咲き乱れる幻覚が見えた。
(…………ええっ…………???)
なんと。
完璧なタイミングで階段を上ってきていたエレインが。
ルシウスよりも一瞬早く。
鮮やかな身のこなしでレヴェリアを抱き止めてしまったのだーー。
「エレイン!大丈夫か!?」
慌てた声を出して駆け寄ってきたのは、本来なら私を抱き止めているはずのルシウスだった。
彼は、レヴェリアではなく、レヴェリアを抱き止めているエレインの手や腕を必死に確認し始めた。
「急に飛び出すから驚いたぞ!お前のような細腕で人を受け止めて、もし筋でも痛めたらどうするつもりだ!」
「うふふ、大げさねルシウス。このくらい平気よ。それより、この可愛い仔羊さんに怪我がなくてよかったわ」
エレインはレヴェリアを抱きしめたまま、ルシウスに向かって余裕の微笑みを向ける。ルシウスは「お前という奴は……」と呆れながらも、その瞳には明らかな心配と熱がこもっていた。
レヴェリアは、エレインの腕の中でぽかんと口を開けたまま、目の前の光景を脳内処理していた。
(ま、ま、待って待って、どういうこと……??)
ステンドグラスの光……完璧。
抱き止める構図……完璧。
心配して駆け寄るルシウス様の表情……完璧。
(……スチルは発生した!スチルは発生したわ!)
そう、構図としては間違いなく、彼女が求めていた超美麗なハプニングスチルそのものだ。
しかし。
(イベントスチルは発生した!!でもまさかの『悪役令嬢』スチルーーー!?!?!?)
「君、大丈夫か。これから階段は気をつけて歩くように」
ルシウスはいつもの仏頂面に戻り、ついでのようにレヴェリアにそう告げると、「念のため保健室に行こう」とエレインの肩を抱いたまま颯爽と去っていった。
ポツンと階段に残されたレヴェリア。
何と声をかけたら良いか、アロイスとヴェルナーが目配せし合う中、彼女はわなわなと震え出した。
「なんで……なんで私が悪役令嬢スチルを手に入れて、王子との絆を見せつけられているの……!神シナリオは一体どこに行ったというのよ〜〜!!」
完璧なヒロインの、魂の底からの絶叫が、ステンドグラスの輝く中央階段に虚しく響き渡ったのだった。




