第8話:鉄人のヒロインと、狂気の予行練習
「はぁ、はぁ……」
放課後の第二音楽室。
木漏れ日揺蕩う教室に滑り込んだのは、本作品の完璧な超絶美少女ヒロイン(のはずの)レヴェリア・ブランシェールであった。
「ドミニク様から課された『中間テストの予想問題集作成のための20年分の過去問の出題傾向予測(3教科分)』をついに終わらせ予想問題を作成し、フェリクス様と朝の日課の剣術鍛錬をしてからグラウンドを20周走り込み、ノエル様に依頼されたエレインに贈る総レースのドレスの刺繍を完成させ納品してきたわ……!一体全体何が起こっているの!?スチルどころかイベント発生フラグを立てる暇も余裕もないじゃないの!?」
「凄いな、どこの鉄人だ?もはや称賛に値するレベルじゃないか」
もう限界とばかりに机に突っ伏したレヴェリアに、情報屋がパチパチと拍手を贈る。
「鉄人になるルートなんてないのよっ!まずいわ、もう初夏だというのに、一度もイベントが成立していないっ!ルシウスとは接点すらないじゃないの!このままじゃ私のエタラバは新境地の『学年首席&騎士団加入&お針子採用コース』になりかねない!せっかくの神シナリオが台無しよーーっ!!」
誰よりも浮かれて入学したはずなのに、気がつけば誰よりもストイックな学園生活を送っているレヴェリア。
えんえんと泣きつく彼女を、情報屋は腕を組んで見つめた。
「いや、ここまで来たら一度くらいは成功させてやりたくなるな……。待ってろ、次は絶対にイベントってやつを成立させてやる」
情報屋はそう言うと、パチンッと指を鳴らした。
するとガラッとドアが開き、先日会ったシルバーアッシュの貴公子と、見慣れない精悍な顔立ちの黒髪の美青年が入室してきた。
「アロイス、ヴェルナー、手を貸してやれ。場所は本棟の中央階段。明日は生徒会に顔を出すため午後の授業が終わってすぐにルシウス王子が通る予定だ。あそこはステンドグラスからの採光が一番綺麗に入る、絶好のスチルスポットのはずだ」
「本棟の中央階段ですって……!?」
指パッチンと同時に登場した美男子たちに一瞬気を取られ掛けたレヴェリアは、情報屋のスチル発生スポットの場所を聞くや否やガタッと椅子から立ち上がった。
「あそこで夏休み前に発生するイベントはただ一つ!ルシウスとの【危機一髪☆ヒロインの危機を救う碧眼の王子】!激レアイベントにして神スチルが手に入る!!このイベントを発生させれば少なからず原作シナリオに近付けるはず……!絶対に成立させてみせるわ!!」
「いや待て」
手を握り闘志を燃やすヒロインに、情報屋は冷静に声を掛けた。
「君のこれまでのパターンを見るに、今回も相手より上手の動きをしてイベント成立どころか鉄人ルートに分岐しかねない。その名称から想像するに、階段から落ちるんだろう?魔法防御を発動させてむしろ周囲の階段ごと吹き飛ばすことになるんじゃないか?」
「アッ!!」
確かに!!!という表情で愕然とするレヴェリア。
「い、いや待って!?けど普通に階段を踏み外して、万が一ルシウス王子が助けてくれなかったら大怪我しちゃうわよ!?魔法防御するしか……」
「ルシウス王子を吹き飛ばしては本末転倒だろう。うん、まあ、だからこいつらに手助けさせる。まずは予行練習だ。二人とも、頼んだ」
「「ハッ承知いたしました!」」
アロイスとヴェルナーと呼ばれた美男子たちは、短く返事すると「こちらへ」とレヴェリアを連れて中央階段へと誘った。
「これから予行練習をいたします。私が受け止め、念のためヴェルナーが下で待機します。万が一私が受け切れなかった場合、彼がセーフティーになりますのでご安心を」
「え、え、え?予行練習ってそういうこと?私が階段を踏み外す練習をするの!?」
「左様でございます。こう見えて鍛えておりますので、どうぞ遠慮なく階段を踏み外してください」
「ええええ!?」
アロイスの真顔の狂気に押されて、レヴェリアは戸惑いつつも決意を固めた。
やってやる…!今度こそイベントを成立させてやる!!という強い思いを胸に。
彼女は今、階段を踏み外したーー!!
魔法防御を発動させない状態での無防備な落下。
それは下手したら大怪我をしてしまう、無茶な暴挙。
わざとでも恐ろしい浮遊感。
さすがのレヴェリアも恐ろしさに目を瞑った、次の瞬間。
ガシッ。
「……素晴らしい、完璧な踏み外しでしたよ。レヴェリア嬢」
彼女を抱き止めたのは、ほっそりして見えたのに、本人の申告通りしっかりと鍛えられた腕。
そして彼女の目の前に広がったのはまるで薔薇を背負ったかのような麗しい美男子。
これもスチルカウントして良いのでは!?と思えるような、普通の女子であれば目がハートになるような特大イベントの発生である。
しかし、頭がルシウススチルを回収することで一杯のレヴェリアはガシッとアロイスの手を握ると勢いよく頭を下げた。
「アロイス様も素晴らしい抱き止めでしたっ!!おかげさまで本番もしっかり階段を踏み外せそうです!心からありがとうございます!!」
アロイスは一瞬きょとんとした後、優しく微笑んだ。
「いえ、私は上司の指示に従っただけですから。明日も万が一の安全のために近くで待機しますので、どうぞ存分に踏み外してください」
「自分も近くにおります。どうかご安心を」
「アロイス様、ヴェルナー様……!」
レヴェリアは感動していた。
まさかここまで真剣にイベント成立を手伝ってくれる味方が現れるとは!
全てはあの胡散臭い情報屋のおかげなのだ。
彼女は熱い想いを胸に、明日こそは絶対に初スチルを手に入れることを、深く強く誓ったのだった。




