第7話:『王道展開』に屈しない鋼のメンタルヒロイン
「ねぇ、またあの子媚び売ってたわよ」
「Aクラスの公子たちに話しかけるなんて図々しいったらないわ」
「この前はノエル様にも話しかけられていたわよ。本当に、厚かましい女!」
ヒソヒソと響くあからさまな陰口を前に、レヴェリアは自らの机で一心不乱に課題を解いていた。
その姿は、蔑まれ心を痛めながらも学業に励む、健気なヒロインであるが……。
(大問4の出題傾向が見えたわーーー!!今年はズバリ、降霊術を利用した応用問題が出るはず!よし、例題も作成しちゃおっと。これ予想問題集として売り出したら高値で売れるレベルじゃないかしら!?)
当の本人はびっくりするほど気にしていなかった。
彼女は目の前の課題に驚くべき集中力で取り組んでいたため周囲の音が聞こえなくなっていた。
それに加えて、そもそも今の彼女には純粋に外野を気にする余裕が物理的にないのだった。
ドミニクから課されたエレインに捧げる中間テストのための予想問題集のための20年分の過去問の出題傾向予測。(3科目分)
フェリクスから課されたエレインを守るための筋トレメニューと、放課後のランニング。
ノエルから課されたエレインに贈る総レースのドレスの刺繍。
『共同研究者』『好敵手』『裁縫士』。
彼らから彼らと同等のスキル持ちであることを認められたレヴェリアは、容赦ない期待と、共同で熟す課題をぶつけられていた。
本来どれか一つであっても片付けるのが困難な超級任務。
それが三人分となれば、いくらカンストステータスの彼女と言っても期限内に終わらせるのは困難で、今は僅かな休み時間さえ惜しい修羅場なのであった。
それでもレヴェリアは、「これを提出したら好感度が上がってイベントが発生するかも……!」という相変わらずの動機と僅かな希望に釣られ、ひぃひぃ言いながら熟しているのであった。
***
魔力測定式の特大イベントを潰されたことにより、Dクラスに残留することとなったレヴェリア。
彼女はクラスではどんな扱いなのかというとーー。
完全に浮いていた。
まず単純に、完璧過ぎたのだ。
彼女は歴とした乙女ゲームのヒロインであり、金髪碧眼の絶世の美少女の容貌をしている。
さらに本人の「私はヒロインである」という自意識も驚くほど高く、美容にも並々ならぬ熱量が注ぎ込まれていた。
完璧な容姿を維持するために、魔術や錬金術、医学や栄養学の力も使い、原作よりもますます洗練された彼女は、もはや可愛いを通り越して近寄りがたい存在になってしまっていたのだ。
その上、学科、剣術、魔法、裁縫スキルがカンストしており、授業が始まると圧倒的な実力を見せつける。
自認ヒロインなので人当たりも極めて良く、みんなに公正公平に振る舞い、全く隙がないーー。
そんな訳で、入学してからしばらくは高嶺の花として遠巻きにされていた。
次に、慣れた頃に出てきたのは彼女を疎む者たちだ。
「あらぁ〜〜?こんなところに平民がいるわね。貴族学園だっていうのに可笑しいわぁ?」
「成金に金で買われた孤児がいるって本当?」
「一代で成り上がったらしいわよ。開業資金はどうしたんだか」
強く賢く美しくすべてのステータスをカンストさせている彼女を攻撃する理由、それはこの貴族学園で唯一といえる平民の孤児という過去だった。
アステリア王国では平民に魔力があること自体が珍しいため、貴族が孤児を引き取るのはかなり稀な事態であること。
さらに引き取ったブランシェール男爵が社交界においてご婦人の間で評判の美しい紳士であったことから、学園入学前から『ブランシェール男爵の娘』の存在は本人たちの与り知らぬところで広まってしまっていたのだ。
普通の女の子、あるいはヒロインならトイレの個室で泣いているであろう境遇。
しかし彼女は――。
(ふっ決まっているわ…。なぜなら私はヒロインだから!平民でも選ばれちゃう!それが私なのよ)
という限界乙女ゲーマーによる独自の価値観により、クラスメイトの陰口を乙女ゲームによくある王道展開として、斜め上の解釈をした上でドヤ顔していた。
完璧なヒロインになるために10年間恐ろしい修行を積んできた彼女のメンタルは、もはや鋼ほどの強度を誇っていたのだ。
レヴェリアは今日も(本人は気づかぬまま)ひとり逆風に吹かれながらも勉学に励む。
そんな彼女を尊敬の眼で見るクラスメイトも、密かに、少しずつ増えていったのだった。
***
「私の可愛いレヴィ、学校の様子はいかがですか?」
ブランシェール男爵家の朝。
豪奢な部屋に、最高級の食材を惜しみなく使い、娘の美と健康を完璧に計算し尽くした朝食が並べられている。
ハニーブロンドの金髪を一糸乱れず整えたクロード・ブランシェールは、義理の娘レヴェリアに問いかけた。
「ふっ。私の成績はオール優ですわよお父様。まぁうまくいかないことも多いけど、この私なら巻き返せるに決まっているわ」
「そうですか。何か困ったことがあれば、いつでも私に言うのですよ」
孤児として教会にいたレヴェリアを、多額の献金と引き換えに引き取った義父、クロード。
彼は異国出身の騎士でありながら、海運と金融を始めとした幅広い事業を展開し、一代で莫大な富を築いた名誉男爵でもあった。
可愛い娘を最強に育て上げた義父は、過保護にそう言うと、優しく目じりを下げたのだった。
「それでは今日も行ってきますね、お父様!」
「ええ、いってらっしゃい」
元気よく部屋を出て行くプラチナブロンドの背中を見送る彼の姿勢は、ただの父親にしては妙だった。
胸の前にそっと右手を当て、深く頭を下げるその洗練された所作は――まるで、尊き主君の出陣を見送るかのようであった。




