第6話:ヒロイン、うっかりお針子に抜擢される
季節は新緑の頃へと移ろっていた。
爽やかな風が吹く気持ちの良い午後だと言うのに、第二音楽室に、ズーンと雨雲を背負ったような表情の絶世の美少女が入室してきた。
「お、来たか。どうした?浮かない顔をして」
「どうもこうもないわっ!あれから廊下で会うたびにドミニク様に分厚い課題を出され、フェリクス様からは食事管理とスパルタなトレーニング指導を受けているのよ!これじゃあせっかく知り合えたところでイベント発生どころか強化合宿の日々じゃないの!」
「ぐっ!!(笑いをこらえる音)それでそんなに疲れているのか……!いや、さすが期待を裏切らない日々を送っているな」
「笑ってる場合じゃないのよーーー!!!せっかくのエタラバが全然違うストーリー展開になっているのよっ!由々しき事態だわ!!」
フードの奥で爆笑する情報屋を睨みつつ、頭を抱えて嘆くレヴェリア。
情報屋はひとしきり笑うと、ふー、と息を吐いて涙目の彼女に向き直った。
「まぁ、どうあれ彼らの(共同研究者、好敵手としての)好感度は上がっているからな。クラスが違うっていうマイナススタートにしては、今のところ順調と言って良いんじゃないか?」
「うっ確かに……!スタートが違う以上展開が変わるのは致し方ないわよね……!このままの調子でいけば原作シナリオに近づくことは出来るのかしら?例えば2年生以降とか」
「そこは保証出来ないが、おたくのステータスも上がってることだし方向性としては悪くないはずだ。この調子で頑張れよ」
「そうなのね……!情報屋がそう言うなら、宿題も筋トレも全力でやってみるわ!」
レヴェリアは一番の相棒の(本来の悩みは一切解決していない)励ましの言葉にパッと表情を輝かせ、力強く頷いた。
「さて、本題だ。お次の相手は手ごわいぞ。なんたって、ベルクロア公女の幼馴染だ。……ルヴィエール公子は中々どうして食えない男だ。出現場所が分かったところできっかけがないとスルーされる」
情報屋の冷静な分析に、彼女もふむ、と思案モードに入る。
彼の言う通り公爵子息ノエルは一筋縄ではいかない相手だ。
彼は天使の皮を被った腹黒であり、一度ルートに入ったら最後、絶対にヒロインを逃さないヤンデレへと豹変するキャラクターなのだ。
「確かに、ノエルルートは確立させるのが難しいのよね。関心を惹くには彼の趣味である服飾関係のイベントを発生させるしかないんだけど……」
「ビンゴ!まさについさっき、彼が一人で布を抱えて被服室に入っていったという情報を得た。どうにかして理由を付けてそこに入ればイベント成立だ」
「!!一人で被服室ですって!?」
レヴェリアの脳内データベースが起動する。
被服室で起こるのはノエルルートへの最初の一歩、【密着☆秘密のお着替え】スチルである。
その発生条件は……。
バリバリバリィッ!!!
レヴェリアは突然一切の躊躇なく自身のリボンを引きちぎった。
「うわっおたく何をしているんだ!?」
突然の奇行に驚く情報屋。
レヴェリアはそれにも厭わずハイテンションで捲し立てた。
「これよっ!!!『リボンが木に引っかかって破れちゃったから直すためにミシン貸してください』!これでイベント発生とスチル獲得は決まったようなものだわ!!」
「はぁ……君のそのイベントとスチルへの熱意、天元突破してるな」
呆れる声もなんの気にせず、レヴェリアは妖精系で編んだミサンガを情報屋に手渡すと、廊下へ駆け出して行ったのだった。
***
「ふむ、こちらの生地の方が適切かな……」
被服室には情報屋の言ったとおり、トルソーに向かって布を当てている美男子の姿があった。
そこへ、しめしめ、とやってきた本作の完璧なヒロイン・レヴェリア。
「ああーっリボンが木に引っかかって破れてしまったわーっ!直すためにはミシンが必要不可欠!よし、被服室でリボンを直すわよ!」
彼女は完璧な(怪しい説明口調の)セリフと共に飛び込んだ。
そんな彼女を優雅に振り返った男こそ、北の高貴な血筋由来の柔らかなブロンドの髪に、アーモンド型の翠眼を持つ、公爵家子息ノエルである。
大根役者もかくやというわざとらしいセリフ。
しかし、ノエルの美意識は、彼女の破れたレースを許さなかった。
「……君、その無惨なレースの垂れ下がり方はなんだい?せっかくの最高級シルクが泣いているよ。こっちにおいで、僕が直してあげる」
(来た来た来たわ!ついに完璧な【密着☆秘密のお着替え】イベント&スチルの前振り!!この後直してくれたノエルがネックレスをかけるように私にリボンを付けてくれるのよね!……ふっ、どうやら私の本編はレアなノエルルートに突入してしまったようね!)
レヴェリアの中の攻略済みデータベースが彼のページを読み込んだ。
ノエル・ド・ルヴィエールは、悪役令嬢エレインの幼馴染でありアステリア王国における筆頭公爵家の嫡男である。
彼は幼いころからドレスやメイクといったファッションを愛していた。
しかし、名門家の次期公爵を期待される立場のため親からその興味を否定され、ファッションへの憧れを封印していた。
そのため入学当初の彼は誰にも関心を持たない、捻くれた性格で登場する。
しかし彼はヒロインにファッションが好きな気持ちを肯定され、彼女に似合うドレスを共に選ぶなど彼特有のイベントを熟していくことで「君を世界で一番美しく飾れるのは僕だけだ」と、自分のデザインした服以外を着ることを許さない、強火すぎる甘々ヤンデレルートへと突入していく仕様になっているのだ。
ノエルは美しい手でレヴェリアのリボンを受け取ると、そっとミシンにセットして、破れた箇所を補修しようとした。
しかし、その時ーー。
完璧なヒロインを演じるために、入学前に裁縫のステータスまで限界突破させていたレヴェリアの職人魂が、ノエルの手元の動きを『自動検知』してしまったのだ。
「……あっ。ノエル様、そのシルク生地に対して本返し縫いは負担がかかりすぎてドレープが死にます!そこは星止めか、古国グレイシア発祥の幻の千鳥掛けを使わないと!!」
レヴェリアの口が、スチルに酔いしれる本人の意思を完全に無視して、自動でダメ出しを始めてしまった。
スチル発生イベントを黙って享受すればいいものを、カンストした裁縫スキルが火を吹いて、彼女はノエルの手から針と糸を奪い取ると、目にも止まらぬ速さで自らのリボンを縫い始めたのだ。
シュバババババッ!!
ただの破れた箇所の補修だったはずが、レヴェリアの超絶技巧により、リボンの端に美しい立体的な薔薇の刺繍がわずか数秒で仕上がってしまった。
圧倒的な手際の良さと、プロ顔負けの仕上がりの前に、ノエルは身を乗り出した姿勢のまま、目を丸くしてフリーズした。
(ああっしまった!!私のバカバカバカ!何で自分で縫っちゃってんのよ!?!?)
我に返ったレヴェリアが青ざめたその時。
スチルが発生するはずだった甘い雰囲気は完全に消滅し、代わりにノエルの瞳の奥で、強烈なクリエイターとしての熱狂がギラリと光った。
「……君、今の神業はなんだい!?その薔薇の刺繍、僕がずっとデザイン画で表現したかった立体感そのものだ!!僕の名はノエル・ド・ルヴィエール。君のような裁縫士をずっと探していたんだっ!!」
「さ、裁縫士!?何!?また新しいルートを拓いてしまったというのっ!?」
固まるレヴェリアを、ノエルはキラキラ輝く宝石のような瞳で見つめ、手を握った。
「共にエレインに贈る最高のドレスを作ろうじゃないか!ただちにスケジュールを共有しよう!」
ガビーーーン!!!
(な、エレイン様へのドレス作り!?そんなイベント聞いたことないわよーーーっ!!!)
学友でもなく好敵手でもなく、ついに愛しのエレインに贈るドレスを作るためのお針子として採用されてしまったレヴェリア。
彼女の完璧な学園生活は、別のベクトルで頂点に達しようとしているのだった。




