第67話:元ヒロインと元悪役令嬢のメタトーク
美しい茶器の並べられた生徒会の応接室。
色とりどりのお茶菓子を前に、二人の美しき令嬢が楽しげに談笑していた。
「でね、私思ったんだけど帝国編の舞台は『月華皇婚の儀』なんじゃない?乙女ゲームの舞台としてこれ以上相応しいシチュエーションはないわよ?」
「!!それしかないわっ!」
エレインの名案に、レヴェリアは思わず声を荒げた。
『月華皇婚の儀』。
ニルヴァス帝国建国当時からの伝統儀式である。
度重なる戦を経て建国された帝国は、古くから同盟国・従属国・友好国との繋がりを密にするべく、周辺国から未婚の姫君や令嬢を招き、帝国皇族に連なる『未来の盟約者』を選定するための儀式としてそれを執り行ってきたのだ。
特に今の帝国には適齢の皇子が4名いる。
集められた姫君や令嬢たちは、皇子をはじめとした帝国皇族と数か月に及ぶ顔合わせを行うことで選別され、やがて残った4名が『盟約者』つまり『婚約者』となる。
迎える側も招かれる側も、互いに国家の威信を背負って臨む一大行事である。
「今考えるとこの儀式、どう考えても乙女ゲーム過ぎるわ!これから『Eternal Lovers Ⅱ 〜4人の皇子とたった一つの愛の誓い〜(仮)』が始まるのね……!」
「うふふ、まさか前作キャラクターである我々がその地に赴くことになるとはね」
レヴェリアとエレインはまるで二階席から舞台を眺める観客のような気持ちでのんびりと紅茶を飲んだ。
「まあ、皇宮に行くことはないでしょうし、ディートリッヒ殿下ももう卒業してカレッジにはいないし、関わることはないでしょうけどね。あ、案外第4皇子とクラスメイトになったりして?」
エレインはそう言うとおどける様に肩をすくめた。
彼女は『Eternal Lovers Ⅱ 〜4人の皇子とたった一つの愛の誓い〜(仮)』を想像しながら言葉を続ける。
「ディートリッヒ殿下は当然そっちのメインヒーローね。パッケージのど真ん中にあの白銀髪と金灰色目の皇子がおさまるわけよ」
「わあ、映えそう。ヒロインはどんな子なのかしら。あの殿下に釣り合うくらいのヒロイン……儀式参加者ならある程度の身分ではありそうだけど」
「参加者の中でも一層冴えなく見える女の子が皇子たちに愛されることによって美しく開花していく……とかどう?あるあるじゃない?」
「あ、それ一番美味しいやつ……!」
二人の乙女ゲーマーはこれから始まるであろう『続編』に夢を抱き、思う限りのあるある展開を詰め込んでいた。
自分たちが関係のない立ち位置でいるからこそ、心底面白おかしく存分に語り合う。
「はー、おかしい。流石に皇宮に魔物が侵入して皇子を庇おうとしたヒロインが怪我をする展開は警備体制的にあり得ないだろうけど。あ、そうだわ、だいぶ話がそれちゃったけど、今日聞きたいことって言うのは?」
ひとしきり好き勝手なことを喋り、笑い、落ち着いたところで、エレインが切り出した。
レヴェリアはそれを聞いて思い出したように「そうそう!」と手を打った。
「思い出したんだけど、前に遺跡であなた何か教えてくれようとしたじゃない?あれって何だったのかなと思って」
「あぁ、あの時ね」
エレインはかつて自分のために奈落へ落ちてくれた目の前の少女に、彼女の知らない『原作設定』を教えてあげようと耳打ちしたことを思い出した。
結局絶妙なタイミングでクロードが来たため打ち明けることは出来なかったが、今になってそれを聞かれるとは。
エレインは冷静に現状を踏まえた。
あの時は彼女の真名、つまり出自を教えてあげることで、身分差を気にする彼女がもっと自由になれるのではと考えた。
しかし、彼女の故郷に如実に関わる帝国行きが決まった今、真名を伝えることは、彼女を混乱させ危険を招きかねない。
エレインはそこまで考えるとゆっくりと目を伏せ、優雅な仕草で紅茶を一口含んだ。
「うーん、それはまたお次にしようかしら?……代わりに今日は小説のストーリーについて教えてあげるわ」
エレインはカップをソーサーに戻しつつ、にっこりと微笑んだ。
「あなた、この前神妙な顔して宣言してたでしょ。どうせ私と殿下について気にしてるのよね?」
「……!」
レヴェリアは将来ルシウスの『お飾り王妃』となるルートを確信したあの時、エレインに自分の気持ちだけを伝えたことを思い出した。
「気付いていたの……!?」
「ふふ、だって『小説』でもルヴィエールがあなたと殿下を推したのだもの」
「え……!?」
思わぬ単語に驚くレヴェリアに、エレインは追撃をかけるように口を開いた。
「あなた、小説ではルシウス殿下と結婚するのよ」
『Eternal Lovers』の後日談であるというスピンオフ小説。
まさかそのストーリーが、自分とルシウスの結婚話だったという事実にレヴェリアは大きな衝撃を受けた。
しかも、ルヴィエールが動いた結果だと言う。
「ふふふ。小説でのあなたたち、凄く仲睦まじいんだから。子供を4人も儲けて……」
「ちょ、タンマタンマ!それ以上聞きたくない!」
更なる爆弾発言に恐ろしくなったレヴェリアは思わず彼女の台詞を大声で遮った。
真っ赤な顔で慌てる元ヒロインを見て、元悪役令嬢はふっと影のある笑みを浮かべた。
「私、ずっと彼らに拘ってたのよ。けど、あなたと話すようになって、そうする必要性を感じなくなったの」
エレインはそう言うと、小首を傾げて蠱惑的に笑った。
「そもそも私、殿下一人に狙いを定めてた訳じゃないし。……勿論彼は魅力的よ?けれど、他にもノエルやドミニク様、フェリクス様もいるし、正直その辺の王侯貴族なら好きに射止められる自信があるもの。私も自由な場所で、親の納得する相手を自分で選んでやるわ」
「え、ちょ、ちょっと待って……色々追いつかないから。え、今、私のお飾り王妃プランが崩壊した?」
レヴェリアは改めてエレインの明かした『小説』の内容を現実に照らし合わせた。
彼女の言った、ルヴィエールが介入したことによる、ルシウスとレヴェリアの結婚。
それはまさに今、起こり得ようとしている未来なのではないか?
(それって……ルシウス殿下との政略結婚は、原作設定への予定調和ということ?せっかくヒロインを降りて自分らしく生きていこうと決めた直後にこうなったのは、結局筋書きからは逃れられない運命だということなの?)
レヴェリアは見えない歯車に乗せられている心地になり、身震いをした。
難しい顔でうんうん考える彼女に、エレインはそっと自分の手を重ねた。
「そんなに難しく考えなくて良いんじゃない?小説の筋書きだろうと何だろうと、それであなたが幸せになれるなら儲けものじゃない。抗うだけが人生じゃないわ」
重ねられた彼女の手のひらからは、確かな温もりを感じる。
「大丈夫。ルシウス殿下は、良い人よ。この一年が終わったら、彼はあなたの元に返してあげる」
エレインは悪役令嬢としての完璧な矜持を見せつけるように、美しい微笑みを浮かべた。
「エレイン……」
まさかの元ヒロインに返ってきたメインヒーローとの『TRUEエンド』。
『原作』があり、筋書きが存在する世界での『現実』。
アステリアの学園生活は全く筋書きとは違うものになっていたが、例えどんなに横道にそれたとしても最終的な辻褄合わせが行われるものなのか。
果たして自分たちの裁量がどれくらいあって、どれくらい筋書きを変えることが出来るのか。
ルヴィエール公爵家の圧倒的な権力と、ルシウスの第二王子という立場。
小説の強制力というオカルトめいたものとこの世界の政治や現実そのものが完璧に噛み合い、彼女を『決められた結末』へと引きずり込もうとしている。
そして、それに関わっているのは間違いなく存在する優しい人たちであり、運命を拒むということは彼らの思惑を踏みにじることになってしまう。
レヴェリアはそんな『現実』に、背筋が凍るような末恐ろしさを感じたのだった。




