第66話:新たな旅立ちの準備
冬休みも明け、学園生活が戻ってきた。
しかし、およそひと月後には出発するレヴェリアはどこか浮足立った気持ちでいた。
楽しみ半分不安半分な気持ちでただでさえ準備に追われていたレヴェリアのもとへ、ある日ヘルマンが涼しい顔で「一年分の課題です」と膨大な教材を置いていった。
法典の抜粋、周辺国の勢力図、歴史書、礼法書、政治論文の写し等……机の上に積み上げられたそれらは、もはや『課題』というより小規模な城壁であった。
当然、すべてを船に積めるとは思えない。
「……教材を優先するなら、衣類は絞らないと駄目よね」
そう考えた彼女は、自身の衣装室へと向かったのだった。
彼女が中で作業をしているとーーなぜかノエルが侍女たちを連れて膨大な量のドレスを運び込んで来たではないか。
「お兄様、ごきげんよう。あの、そちらの大量の煌びやかなドレスは?見たことのないものだけど、新作パターンを業者に卸したの?」
「え?違うよ?これは、帝国へ持っていく君用のドレス。どれも僕が選んだ一級品だから安心して。王都中の一流仕立て屋から見繕ったけど、まだ足りないな」
ノエルはさも当然という様にそう言うと、それらを留学へ持っていく用の棚に次々と格納していったではないか。
「えええ!?私の!?そんな、申し訳ないわよ!ていうかそもそも荷物が多すぎて整理していたところなのに……」
留学準備を決める際にクロードは元々懇意にしている仕立て屋へ彼女を連れ立ち、大量のドレスを発注した。
彼女は教材を優先するため、まさにそれらのドレスを泣く泣く減らそうとしていたところだったので、まさか更なるドレスが追加されるとは予想外のことだったのだ。
「朝食用、昼餐会用、観劇用、茶会用、学内行事用、非公式訪問用、正式晩餐会用、帝国貴族に牽制をかける用……用途別に考えるといくらあっても困らないさ。持ち込み制限なんて札束で解決するから気にする必要はないよ」
「最後の用途は本当に必要なのかしら……?」
もはや反論する隙も与えないほどの徹底ぶりに、レヴェリアが目を白黒させていると、ノエルはさも当然とばかりに続けた。
「ちなみに宝飾品もこちらで用意している物を持っていくよ。そちらは母上が君に合う物を見繕っているから」
「お母様が……!?」
ルヴィエール公爵夫人は、レヴェリアが養子に入ることが決まったタイミングで碧眼によく映えるサファイアやブルーダイヤモンドを使ったアクセサリーを大量発注していた。
そして留学が決まった際にはレヴェリア専用の巨大な『トラベル・ジュエリーケース』を即座に特注したのだった。
この様に、彼女の周りの人間も留学を前にかなり浮き足立っており。
レヴェリアはそんな周囲の様子を見て、(きっとこれも全部、未来の王妃に恥をかかせないための配慮に違いないわ…!)と勝手に兜の緒を締める気持ちになっていた。
***
冬休み明けの貴族学園のカフェテリア。
レヴェリアは、アイーダ、リュカ、イザベラ、テオドールのいつものメンバーとテーブルを囲んで食事を取っていた。
「レヴェリア、留学準備はどれくらい進んでいるの?あなた、公爵令嬢なんだから国を背負うつもりでしっかり用意しなさいよね」
イザベラが日替わりランチの『極厚天然真鯛のポワレ』を綺麗に口に運びながら尋ねた。
彼女の実家は最近まで、数多く所有する魔道具を保持することに拘り火の車の生活をしていたが、イザベラの提案でそれらを借り出しする事業を立ち上げることにより、少しずつ余裕を取り戻しつつあった。
レヴェリアは先日のノエルとのやり取りを思い出して小さく肩をすくめた。
「概ね順調だけど、なんだか膨大な量になりそうなのよね。確認したところどうやら積み込めそうではあるんだけど」
「備えあれば憂いなしって言うし、たくさん持っていくと良いよ……。今度万能薬渡すから持っていって」
テオドールのその言葉を皮切りに、アイーダとリュカがずいと身を乗り出した。
「私からも、餞別品がありますの。私の下絵を参考に画家に描いてもらった『星紡ぎの陣』メンバーの姿絵ですわ!」
「俺からは筋トレグッズっす!筋トレするたびDクラスのこと、思い出してくださいね!」
「え、ありがとう……!すっごく嬉しい!万能薬に絵画に筋トレグッズ、目に入るところに置いてみんなのこと思い出すわ!」
笑顔で感謝するレヴェリアに、隣のイザベラは軽く鼻を鳴らすと自慢の縦ロールをファサリと払った。
「ふん、仕方ないわね。私だけあげないで忘れられても困るから、貴重な魔具をプレゼントしてあげる」
「イザベラ様まで……!大事にするわね!」
「イザベラ嬢の魔道具、一級品だろうけど不安もあるよ……。まさか『狂宴の赫鈴』みたいないわく品じゃないよね……?」
「失礼ね!ちゃんと安全審査を通った『絶対保温のブローチ』よ!帝国の冬は厳しいって聞くから、風邪でも引かれたら私が心配……じゃなくて、アステリアの恥だからね!」
「イザベラ嬢も素直になってきたっすね〜」
「わぁ、ありがとう!私寒がりだから嬉しい!」
賑やかなやり取りも板に付いたもので、レヴェリアはお礼を言いつつ彼らのやり取りを見ながら頬を緩めた。
「それにしても、ひと月後には旅立ってしまわれるだなんて寂しすぎますわ」
アイーダはそう言いながらしみじみと息を吐いた。
そして、彼女の告げた膨大な量の荷物を思い浮かべながら思い浮かんだ疑問を口にした。
「レヴェリア様たちは帝国まではどういったルートで行かれますの?」
アステリア王国は大陸の西端に位置する国だ。
西側に海が接しており、他の三方はそれぞれ隣国と接している。
ニルヴァス帝国の首都ガルディアに向かうには数カ国を横断する陸路と内海を迂回する水路の方法があり、どちらも距離としては1ヶ月ほど掛かる旅になる。
「私たちは船で内海を通って行くわ。陸路だと道中の検問に時間がかかるみたいなのよね」
アステリアの北東には『西方諸国』と呼ばれる格式高い国々が広がっており、そこを通ってニルヴァス帝国に向かおうとすると、レヴェリアの言葉通り、検問や通関にかなりの日数が掛かるのであった。
「船っすか、良いっすね~!ルシウス殿下たちと一緒に行くんすか?」
「ええ、なんでもディートリッヒ殿下がご自身の本帰国に合わせて、留学生をご自身の賓客として帝国の客船に乗せてくださるそうなのよ」
「皇子殿下の賓客とか、凄……よっぽど豪華なんだろうね」
テオドールが船を想像しながらお茶を飲む。
アステリアからニルヴァスまでおよそ3週間の船旅。
王族も同乗するとなると夜会やサロンなど華やかな旅になりそうだと、彼はぼんやり考えた。
「あちらではどんなところに滞在するの?インペリアルカレッジもかなりの名門校だから、外国の王侯貴族用の寮とかあるんでしょうけど」
「それも殿下が手配してくださるみたい。ただでさえお忙しい方だと言うのに、何から何までしてくださって。本当に有難いわよね」
移動手段(およそ3週間の密閉空間の船旅)と宿泊先(およそ1年間寝泊まりする空間)を握られ、外堀が完全に埋まり切っていることなど露知らず、レヴェリアはただただ呑気に感謝をしていた。
完璧なようでどこか抜けている彼女の『新たな舞台』は、本人が足を踏み入れるよりずっと前に、一人の強かな皇子によって逃げ場のない完璧な盤面へと作り変えられていたのである。




