第65話:エンディング間際の特大イベント『星降りの舞踏会』
毎年、アステリア王宮では冬の『星降りの舞踏会』が催される。
夏の星誕祭と並ぶ大きな祭典であり、国内外から多くの王侯貴族が集まる絢爛豪華な大夜会である。
そんな煌びやかな空間の片隅で、ヒソヒソと囁き交わされる噂があった。
「なんでも今宵、ルヴィエール公爵家に迎えられた養女がお披露目されるらしい」
「養女?どちらのご令嬢です?」
「それが、ブランシェール男爵家の令嬢だとか」
「男爵令嬢を、筆頭公爵家が?」
「しかも元は平民の孤児だったという話だ」
隣国であるシャンドール王国の由緒正しい伯爵、ピエール・ド・ベントレーはワインを片手にいぶかし気な顔をした。
これまで数え切れないほどの豪奢な舞踏会を経験し、厳格な審美眼を持つ彼からすれば、平民上がりの令嬢などたかが知れている。
(どんなに着飾ったところで、生まれというものは必ず立ち振る舞いに出るものだ。ましてや平民上がりなど、この場では滑稽なだけだろう)
そんな彼が鼻で笑いかけた、その時だった。
「ルヴィエール公爵家嫡男、グランフォール伯爵ノエル卿、……並びに、エスコートを受けられますルヴィエール公爵家令嬢、レディ・レヴェリア!」
広間に朗々とした声が響き渡った瞬間、これまでの喧騒が嘘のように、水を打ったように静まり返った。
全員の視線が、大階段の上へと吸い込まれていく。
そこに現れたのは、透き通るようなプラチナブロンドと、サファイアを思わせる深い碧眼を持つ少女だった。
彼女の肌の白さを際立てるパステルブルーのドレスには、公爵家の紋章である月桂樹と白薔薇が、金糸と銀糸で立体的に刺繍されている。
一歩、また一歩と大階段を下りるたび、広間の空気が凍りついたように静まっていく。
息を呑むほどに美しく、近寄りがたいほどに高貴で、纏う威厳はひどく静かだった。
それはまるで、冬の王宮に舞い降りた『雪の女王』そのもの。
(あれが、元男爵令嬢? 元平民の孤児だって……!?)
ピエールは思わず瞬きをするのも忘れ、グラスを持ったままその姿に見入っていた。
(そんなの信じられるか!あの立ち姿、オーラ、一挙手一投足の完璧な所作……どれを取っても、まごうことなき『北の王族』そのものだ!!)
一方、広間の上座近くで見守っていたルヴィエール公爵夫人は、思わず広げた扇で口元を覆った。
決して公の場で私情を見せない、氷のように完璧な夫人が一瞬だけ見せた激しい瞳の揺らぎ。
それは、美しく成長したレヴェリアの姿が、あまりにも在りし日の憧憬――アナスタシア王女と重なったからであった。
(アナスタシア殿下……。レヴェリア様は、間違いなくあなた様の血を引いておいでです。この美しく立派な姿を、一目で良いから見せて差し上げたい……)
そんな周囲の様々な感情の渦を余所に、レヴェリアをエスコートするのは当然、彼女の義兄となった次期公爵、ノエルである。
(ふ、どう? 僕の妹は。世界一美しくて高貴だろう? 君たちには一生手の届かない高嶺の花だけどね)
内心で凄まじいドヤ顔を決めつつも、表面上は優雅に微笑む金髪翠眼のノエル。彼が完璧な所作でレヴェリアをエスコートする姿は、まるで一枚の宗教画のように美しく、見る者すべてをため息と共に圧倒していた。
フロアに降り立った彼女のもとへ、アステリア第二王子ルシウスが歩み寄り、恭しく手を差し出した。
レヴェリアがその手を取るより先に、ふと視線を向けた先には、ルシウスの婚約者候補の一人であり今では転生者仲間としてすっかり打ち解けた友人、ナターシャの姿があった。
ナターシャは扇を揺らし、万感の思いを込めて口角を上げる。
「流石ね。あなたの出自が、その美しさに滲み出ている。……いや、違うわね。そこまで至ったのは、他でもないあなたの血のにじむような努力。同郷出身者(転生者)として、心から尊敬するわ」
彼女の承認を得て、レヴェリアは淑女の微笑みを浮かべてルシウスの手を取った。
オーケストラの音楽が鳴り響き、華麗なステップが踏まれる。
「ルヴィエール公爵令嬢、なんと見事な身のこなしだ。まるで夜を統べる女王のようだ。君の戦友として心底誇らしく思う」
ルシウスの純粋な賛辞に、レヴェリアは優雅に会釈を返した。
レヴェリアは一分の隙もない微笑みを湛えたまま、視線の角度から指先の動きに至るまで完璧な公女として振る舞っていた。
一曲が終わるや否や、待ち構えていたように彼女へ声をかけた二人の青年がいた。
「レヴェリア嬢、改めて公女就任おめでとうございます。私とも一曲お相手願えますか?」
「俺とも頼むぜ、レヴェリア!」
ドミニクとフェリクスである。
一年を通して友情を築いた彼らのダンスの誘いに、レヴェリアは完璧な『雪の女王』の仮面を少しだけ緩め、年相応の笑顔を咲かせたのだった。
***
「お疲れ。お披露目は大成功だったそうじゃないか」
「ふふ、ありがとう。父からも公爵家の父母からもお褒めの言葉をいただけて、なんだかホッとしちゃった」
冬休みに入ってから、レヴェリアとディーダは夏休みにそうしていたように『宵語りの晶石』で連絡を取り合っていた。
レヴェリアは淡く光るその石を両手に乗せると、愛しいものを見るように微笑んだ。
彼女の『星降りの舞踏会』でのお披露目は大成功に終わった。
前評判を軽く覆えす見事な美貌と立ち振る舞い。
ラファエルやアロイスからその賛辞の嵐を聞いた彼は、その姿を見られなかったことを心底悔やんでいた。
本来ならば星降りの舞踏会に出席する予定だったが、帝都より急ぎの報が入り、ディートリッヒはやむなく王宮への登城を辞退したのだった。
彼は、レヴェリア含むアステリアの錚々たる留学メンバーの受け入れのため最後の盤面整理と政治的根回しに追われていたのである。
「聞いて。今日、私、『攻略者』全員とダンスしたのよ。なんだかエンディング間近の特大イベントみたいだわ」
レヴェリアは、『ヒロイン』を辞めて以来久しぶりに、エタラバらしい話をした。
原作の『星降りの舞踏会』では、ルートの定まった『攻略者』一人とだけ踊る展開となっている。
全員とダンスするなんて、そんなルートはどこを探してもなかったはずだ。
「ヒロインの自認が解けたときこそ死ぬほど恥ずかしくて穴に入りたかったけど、今となっては懐かしいわ」
「ふ、そう思えるなら上々だな」
「うん、私、ヒロイン目指してて良かったわ」
晶石を両手でそっと包み込み、レヴェリアは少しだけ照れくさそうに笑って、心の中でそっと打ち明けた。
(だってあなたと会えたんだもの)
もう自分がヒロインとして設けられたアステリア編は終わり、おそらく新しい帝国編が始まるのだろう。
(そこの主人公はもう自分ではない)
彼女はまだ見ぬ新たな舞台を前に、この美しい物語を生きる一人の現実の人間として、世界の片隅で前向きに生きていくことを決意したのだった。




