↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
63/70

第63話:鮮やかなる策士たちと軌道修正される彼女

「ーーということがあったんだけど、もう聞いているかな?うちのレヴィは世界一優秀な妹だと改めて確信したよ」


冬休み目前のある放課後。第二音楽室にて、ノエルはにこやかにそう切り出した。


「そんな彼女を側室に置くような人には嫁がせられないよねぇ?ディーダさんはどう思う?」

「ノエルお兄様ったら……西方諸国に側室制度はなくってよ。まぁ私くらいの器なれば公妾の一人や二人認めてお飾り王妃ライフをゲフンゲフン」

「……言いたいことはたくさんありますが。まずはーールヴィエール公子が何故ここに?」


ディーダこと帝国の第三皇子ディートリッヒは好き勝手話す義兄妹を前に口元に完璧な微笑みを浮かべつつ、ローブの内側で盛大に青筋を立てた。

レヴェリアの『王宮運営学』によって培われたタイムスケジュール管理とフォローアップでそれぞれの知識を掛け合わせ、そして『法律暗記』による試験基準の申立てにより正常な試験判定が行われた結果、Dクラスの平均点は他クラスのそれを大きく上回り、本来独走状態のAクラスとほぼ並ぶという大健闘を成し遂げた。

これらは口づてに他のクラスや学年にも伝わり「もはや令嬢と言うか官僚」「筆頭公爵家が欲しがる人財」「メデューサ様なら当然のこと」など様々な反響を呼びつつ、新たな伝説を残すことになったのである。


「ふふ、やだなぁ。そんな露骨に嫌がらなくても、毎回お邪魔立てするつもりはないよ。ちゃんと距離を弁えた交流の様だからね……。むしろ、僕は誤解していたよ。まさかあなたの様な方が、こんなにも学生らしく、微笑ましい交流を好まれるとは思わなかったものだから」

「誤解が解けて幸いなことです。私としても彼女との穏やかな時間を誰よりも重宝しておりますゆえ。……ですので公子。ご自身の不安を解消するためだけに我々のささやかな歓談の場に踏み込む無作法な真似は、どうか今回限りにしていただきたいものですね」

「ふふふ、お兄様といるときのディーダはまるで王族みたいな話し方をするのね」

「レヴィったら。こんなローブを被って正体を隠す王族なんている訳がないじゃないか」


ノエルはくすくすと笑いながらそう言うと、再びディートリッヒへ向き直った。


「でも、今回限りと言うのは約束し難いかな。彼女はもはや我が家の大切な財産。僕が目を離すわけにはいかないのでね。……ではディーダさん、今日のところは失礼するよ」


そう言いながら颯爽と第二音楽室を出て行ったノエルの姿に、ディートリッヒは盛大にため息を吐いた。

嵐のような義兄が去り、ようやく室内の空気が落ち着きを取り戻す。

ディートリッヒは机に薄い背を預け、冷ややかでありながら、どこか執着の滲む瞳でレヴェリアをじっと見つめ直した。


「君にも聞きたいことがある」


目を瞬かせるレヴェリア。

ディートリッヒは、今先ほどノエルが述べたーーその前にアロイスから既に聞いていたーー彼女の見事なDクラスの補習運営と、教官に対する立ち回りを聞いて、彼女が現在睡眠時間を削ってまで受けている教育内容を察した。

補習計画の立案、周囲の能力を把握した上での配置、試験規定を踏まえた法的異議の申し立て。

それらは単なる淑女教育や学業の延長ではない。人と制度を動かす、統治者の妃に求められる資質そのものだ。


「君は、アステリアの王妃教育を受けているな?……それは、ルヴィエール家の教育の延長か?」


ディートリッヒは疑問を抱いていた。

彼はルヴィエール公爵家にもすでに訪問を済ませ、『皇血誓印』による第一皇妃の内定と、アナスタシア王女の解放、レヴェリアへのグレイシアの権限委任など、絶対的な価値を提示した上で、帝国行きの許しを既に得ていた。

様々な事情により皇位獲得の見通しが立つまで彼女には一人の留学生として過ごしてもらい、時が満ちたら出自を明かすと共に皇妃にすること。レイヴンとの協議により本人にはそれまでは伏せた状態で過ごすことまで共有済みのはずだ。

それなのに、なぜこの段階で彼女にニルヴァスの皇妃教育でなく、アステリアの王妃教育を受けさせているのか。

まさか彼らに何か別の思惑でも湧いたのかとディートリッヒは無言のまま、答えを促すように彼女をじっと見据えた。

そんな彼の放つ、隠しきれない皇族特有の有無を言わせぬ威圧感を真っ向から受けながらも、レヴェリアはわざとらしく上品に笑ってみせた。


「ディーダったら。私が受けているのはただの淑女教育よ?法律知識は元々官僚に興味があったから、自主的に覚えているだけ……。なぜそんなことを?」


レヴェリアの頭にヘルマンの声が響き渡る。


『良いですか。一国の王妃たるもの、常に冷静でいなければなりません。特にピンチに陥ったときほど、心と身体を切り離すのです』


(な、な、なんでディーダがそれを知っているのよ!?ルヴィエール家のトップシークレットなんだから知られる訳にはいかないっていうのに!!まぁ王妃教育は私が勝手に元々危機管理の家庭教師として付けてもらってるヘルマン先生から受けているだけなんだけど……)


心の中で盛大に右往左往するのを顔に出さずに、彼女は冷や汗をかきつつ小首を傾げた。


「へぇ……俺を相手にそんな白々しい言い逃れができると?」

「へ?」


ディートリッヒはレヴェリアの顔に手を伸ばすと、そっと彼女の目元に触れた。

彼の形の良い指先が、レヴェリアの目元にうっすらと浮かぶ隈を優しく、だが逃げ場を塞ぐようになぞる。

至近距離で触れられ、彼女は思わず顔を赤らめた。


「ちょ、ち、近いよディーダ……」

「その教育……受けるのは良い。ただしアステリアの法律を覚えるのはそこまでだ。暗記時間を睡眠時間に割け。そうしないと、せっかくの貴婦人が寝不足で台無しになるぞ」

「え……で、でも……」

「君が心配なんだ….。法律知識は後にだって入れられる。王宮の勢力図だって今覚えたところで留学から帰った頃には変わっているさ」


思いがけず降ってきた真剣な声と気遣いに、レヴェリアは完全に毒気を抜かれて瞬きを繰り返す。

ディートリッヒは彼女のそんな様子を見つめると、ふっと口角を上げ、有無を言わせぬ低い声で言葉を重ねた。


「良いか、政治とは肌で学ぶもの。公女となった今、留学先での貴族との交流は逃れられない。そちらを優先しろ。周辺国の勢力図、家系図、歴史……公女たるもの入れておくべき前提知識が山ほどある。特に君の渡るニルヴァスは広大な分、膨大な量の暗記が求められる。君がどういった思惑でその教育を受けているのか知らないが、良い訓練になるはずだ」

「な、なるほど……それは盲点だったわ!確かに留学する前に相手国のことも知っておかないと、失礼を招きかねないものね……!」

「その通り。有能な君なら、その『淑女教育』のリソースを今後どこへ割くべきか、もう分かるはずだ。……今夜からはしっかり眠り、万全の頭で学ぶと良い」


ディートリッヒ・ヴォルフ・ヴァン・ニルヴァスとは、元来いかなる状況であろうと相手を己の盤面に引きずり込む、生粋の策士である。

彼は彼女が何かしらの思惑で受けている王妃教育を、その内容の取捨選択を促すことで、『ニルヴァス皇妃教育』の完全なる下地へと巧みにハックしてみせたのだ。

『留学に向けた事前準備』という完璧な大義名分を与え、彼女の学習リソースを全て自国のために注がせる。それはまさに、皇位に最も近い位置にいる皇子としての恐るべき手腕であった。

有能な実行能力を養いつつも根本が素直でポンコツな彼女は、本人の気付かないうちに、他国の第三皇子によって己が進路へのカリキュラムを軌道修正させられたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。