第62話:教官の難癖とそれを覆す未来のお飾り王妃の『法律暗記』
期末試験一日目の学科試験。
Dクラスの生徒たちは一心不乱に問題を解いていた。
(解ける……解けるぞ!!)
(これ、予想問題集でやったやつ!)
(事前に聴いたアリア様の竪琴演奏のお陰でアルファ波が活性化されて思う存分集中出来ますわ……!)
各教科のプロ達が根本から読み解いた論説をレヴェリアが分かりやすく変換した講習、ミラの未来予知を使い作成した予想問題集、アリアの脳を的確に刺激する竪琴演奏により万全を尽くした彼らはすいすいと筆を走らせた。
二日目の魔法試験。
魔力が少なく従来苦労するはずのDクラスだが、彼らは落ち着いていた。
「テオドール・ド・リンデル、前へ」
「はい……」
テオドールはゆっくりと前へ出た。
そしてアリアの竪琴により高められた集中力で、杖先に一気に魔力を集約させる。
「えいっ……!」
テオドールが杖を振ると、杖先から放たれた極小の火球は、無駄に膨れ上がることなくピンポイントに圧縮され、標的の『最も脆弱な中心部』を的確に焼き切った。
錬金術の精密な観察眼と、新たな魔力操作が噛み合った瞬間だった。
「合格!見事な魔力操作と観察眼だ」
その後もDクラスの生徒たちは自身のスキルと魔力操作を融合させ、見事及第点を勝ち取っていった。
(な、保有魔力の少ないDクラス生徒が次々と及第点を!?どんな特訓をしたと言うんだ……!?)
担当教員は思わず息を呑んだ。
この一週間で必要なときだけピンポイントで魔力を出力するアイーダ仕込みの魔法操作を叩き込まれたからである。
もちろん短期間で出来る範囲なのでその内容はまだまだ荒削りではあったが、意識的に魔力量を調整するだけで、彼らの従来の魔法は数段洗練され、発動速度と魔力燃費が劇的に向上していたのである。
三日目の剣術試験。
ここでトラブルが起きた。
「次、アイーダ・ド ・ブライア!」
「はいっ」
呼ばれて前に出たアイーダ。
彼女はリュカの教え通り、教官から一定間隔を取った状態で常に剣先から半歩ズレた位置取りをキープし続けた。
アイーダは一週間で培った『徹底して減点を避ける立ち回り』にこれまでにない手応えを感じていた。
一方で、担当教官は苛立っていた。
クラスの生徒全員が絶妙に踏み込み切れない位置取りを守り、自身のスキルを使って、有効打をことごとく躱し、しぶとく減点を免れ続けているからだ。
目の前のアイーダもまた、決定打を一度も許さぬまま、教官の焦りを誘っていた。
(1年のDクラスの誰一人からも有効打を取らないだと!?こんなことがあってたまるものか!)
思い通りに崩せない苛立ちから、教官が大振りの一撃を放った――その瞬間だった。
アイーダの瞳が鋭く光る。
(今ですわっ!!)
アイーダはぐっと踏み込むと、驚異的な集中力で木剣の先に魔力を集約させた。
バキィィィン!!
凄まじい破壊音と共に教官の木剣が根元からへし折れ、その衝撃で教官は盛大に尻餅をついた。
自身の魔力操作を剣術のインパクトの瞬間に完全に融合させた、見事な一本だった。
他の生徒達から歓声が上がる。
「……そこまで」
教官の低い声が響く。
「アイーダ・ド ・ブライア。その一撃は確かに見事だった。だが本試験は剣技の運用を見る場であって、武器の破壊を狙った局所的な魔力運用を評価するものではない。試験趣旨から外れる過剰な魔術運用と判断し、不合格とする」
「ええええっ!?」
あまりに一方的な判定に、歓声に沸いていたDクラスの面々からどよめきが上がる。
アイーダもあまりの結果に、肩で息をしながら呆然としている。
誰もが呆気に取られ、どうしたら良いか動かないでいる中。
「――その判定には、異議がございます」
ただ一人、分厚い王法全書を携えたレヴェリアだけが、静かに立ち上がった。
「アイーダ様の今の反撃は、『王国騎士団交戦規定』第5章『剣術における魔力運用』に明確に抵触しておりません。そもそも同規定では、剣術における魔力補強そのものが認められております」
「魔力による補強は当然だ。しかし、局所的に運用するのが小賢しいと言っているのだ」
「聞き捨てなりませんね。同法16章『局地的被害最小化および魔力節約戦術』に完全に則った、極めて実戦的で推奨されるべき動作です」
鈴のなるような声で淡々と告げるレヴェリアに、教官は苛立ちを隠せない様子で眉を顰める。
「それはあくまで騎士団の規則であろう?ここは貴族学園。本校の試験は伝統的な剣技の美しさを競う場である」
「いいえ。『王立学園自治法』第12条にて、『本学園で行われる全試験は、有事において国家に貢献し得る実務的かつ即戦的な能力に基づく基準が設けられる』と明記されております。美しさに基づくという規定はありません」
(この令嬢、まさか王国の全法典を暗記していると言うのか……!?)
内心冷や汗をかきつつも後に引かない教官が次の言い訳を模索している時。
「これ以上己が非を認められないのでしたら、私はルヴィエール公爵家の名において同法第18条『採点に関する異議申し立て権』を行使いたします。そうなれば当然教官の過去数年分の採点実績および公文書の開示も同時に求められることになりますが……覚悟はおありでして?」
「くっ……!」
筆頭公爵家の権威と、完璧な法論理。
教官は青筋を立てつつも、やがて観念したように「……合格とする」と声を絞り出したのだった。
その瞬間、Dクラスの生徒たちから溢れんばかりの拍手が湧き起こった。
「レヴェリア様……!心からありがとうございます!」
「さすがレヴェリア嬢!法律にも精通しているとは……!」
「女神……まさか法務官目指してるんすか!?」
「ふ、当然のことですわ……」
(ヘルマン先生の『法律暗記』も早速役だったわね。これも国民を守る王妃の勤め……)
レヴェリアはドヤ顔しながら、内心で派手にガッツポーズを決めつつ、表面上は淑女教育で身に付けた『いかにも高貴な公女らしい、余裕の微笑み』を周囲に振りまいた。
案外中身は変わらない彼女だが『王妃教育』により確かな知識と威厳を備えることで、国の上に立つ貴婦人の風格を持ちつつあった。




