第60話:まさかの勘違いの大正解と衝撃の新展開?
「ねぇ、この帝国中央公文書館って自国民じゃなくても入れるのよね?あと、この史跡って街からどれくらいで行けるのかしら?」
すっかり寒くなった木枯吹き荒ぶある日。
机いっぱいに広げた帝国の観光案内へ身を乗り出しながら、レヴェリアは目を輝かせた。
ディーダはそんな彼女の勢いに半ば呆れたように肩をすくめる。
「ああ、そこは留学生なら特別展示も見られる。史跡は馬車で片道2~3時間といったところだ。……随分浮かれているな」
「ええ、今から本当に楽しみ!ルヴィエール家の淑女教育もヘルマン先生の特別教育も、これがあるから頑張れるってものよ!」
満面の笑みを浮かべるレヴェリアを見て、ディーダはふっと目を細めた。
(まさかこんなに楽しみにしてくれるとは。保護者の説得やら隠ぺい工作やら、裏で散々骨を折った甲斐があったというものだ)
胸の内でそう呟きながら、彼はここに至るまでの諸々の苦労を思い出す。
だがその余韻も束の間、彼はレヴェリアの目元に目を落とすと眉をひそめた。
「クマが出来ているぞ。……君が最近睡眠時間を削ってまで打ち込んでいるという家庭教師の特別教育とは、一体どんな内容なんだ?」
(うっ!!それは……)
レヴェリアは、急所を突かれた気分で胸を押さえた。
彼女はルヴィエール公爵家が自分を養子にした理由を『ルシウス王子の婚約者、そしてゆくゆく王妃として擁立するため』なのだと思い込んでいた。
いくら「あなたが優秀だから」と言われても、筆頭公爵家がそんな理由だけで名誉男爵家の令嬢を迎え入れるはずがない。そう考えた彼女にとって、ヘルマンの推理はあまりにも理にかなっていたのだ。
彼女は来たるべき『愛されないが平穏に暮らせるお飾り王妃生活(激務)』に備え、どうせなるなら愛情込めて育ててくれたブランシェール家、親切に扱ってくれているルヴィエール家、そして将来的に仲を邪魔してしまうであろうルシウスやエレインのためにも凄腕の王妃になってやろうと猛勉強を始めたのである。
しかし当然ながら、『ルヴィエールが第二王子を擁立し、自家の養女を王妃候補に据えようとしている』などという話は国を揺るがしかねない特大の極秘事項であるため、誰にも明かすことは出来ないのであった。
それと同時に、なぜか彼女の心の深い部分が目の前の青年には知られたくないと訴えていた。
「ごめんね、内容は言えないの。けど、凄くやりがいのある勉強内容よ」
「へぇ……」
殊勝な顔でそう言い切るレヴェリアに、ディーダは相槌を打ちながら(こいつ……また何か良からぬ勘違いでもしているな)と苦い表情を浮かべた。
もっとも、それを問い詰めたところで、どうせ碌な答えは返ってこないだろう。
ディーダは早々に追及を諦め、思考を別の方向へ切り替えた。
「あまり無理はするなよ。体を壊しては元も子もないからな」
「うん、ありがとう……。気を付けて頑張るね!」
そう笑いながら「それじゃ、今日は公爵家の教育受けてくる!」と去っていった彼女。
彼はその背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
(まあ良い、皇妃になるにあたって必要な教育は帝国に行ってから適当な理由を付けて受けさせるか)
そう考えていたディーダだが、当のレヴェリアはすでにアステリアで王妃教育めいたものを詰め込まれ始めている。国こそ違えど、王家に嫁ぐ女へ求められる素養の根っこはそう変わらない。
つまり彼女は、盛大な勘違いをかましながらも、結果だけ見れば限りなく正解に近い道へと駒を進めていたのである。
***
とある日の昼休み。
生徒会室の応接間に二人の美しき令嬢が集っていた。
「うふふ、仔羊さん。早速来てくれて嬉しくってよ」
「ど、どうも、お邪魔させていただきます」
エレインに促されるままソファへ腰を下ろし、レヴェリアはそわそわと室内を見回した。磨き上げられた調度品に、王族御用達らしい上質な茶器。
いかにもルシウスたちが集いそうな空間である。
「いつもここでルシウス殿下たちとお茶を?」
「ええ。私と殿下は生徒会に所属しているでしょう?ドミニク様たちは最初はこちらからお誘いしていたのだけれど、いつの間にか自然と顔を出すようになったの」
「さ、流石でいらっしゃいます……」
愛想笑いを浮かべるレヴェリアに、エレインは意味深に目を細めた。
「ねぇ……あなた、『エタラバ』プレイしたこと、あったんでしょ?どこまで知っているのよ」
「ぶぶっ!!」
まさかの話題に飲んでいた紅茶が気管に入り、盛大に吹き出してしまったレヴェリア。
「ちょ、突然……げふんげふん!」
「大丈夫?まあ驚かせちゃったわね。けど、今さらじゃない?せっかくなら私たちでしか話せないこと、話しましょうよ」
「はぁ……心臓に悪いったらないわ」
エレインはハンカチを差し出しつつも、笑みを絶やさなかった。
レヴェリアは口を拭いつつ心を整え、目の前の『転生悪役令嬢』に向き合ったのだった。
「で、どうなの」
「えっと……10周くらい?クリアしたわ。けどまだ全スチルはゲット出来てなくて……」
「10周!?」とエレインから驚いた声が上がる。
それもそのはず、『Eternal Loves』の攻略対象は四人。十周もしていれば、ハッピーエンドもバッドエンドも一通り回収できていておかしくないやり込み具合だ。
「そんなにやってるのに?攻略サイト見ないでやってたの?」
「う、うん。ネタバレ嫌だから」
「ふぅん。それでなんだ?」
エレインはたっぷりと含みを持たせてそう言うと、優雅な仕草で紅茶を口に含んだ。その姿は生粋の公爵令嬢らしく悔しいくらい様になっている。
レヴェリアはたまらずにずいと身を乗り出した。
「そ、それでというのは?」
「隠しキャラとか、小説で明かされた裏設定、知らないんでしょう?」
「う、裏……!?」
『まさかの新事実解禁』と界隈で話題になっていた後日談小説。『裏設定』とはその解禁された新事実のことなのだろうか。
いろんなことがあり過ぎて頭から抜けていたが、エレインは以前遺跡から生還した際に何かしらの情報を教えてくれようとしていた。
何だったっけ、という過去を辿ろうとした思考はエレインの声によって中断された。
「ふふふ、どこまで教えて差し上げようかしら?けど一度に教えちゃもったいないわよね」
エレインは紅茶のソーサーをテーブルに置くと、腕を組んで楽しげに考える素振りをした。
「じゃあ今回は隠しキャラのことを教えてあげる」
「あ、隠しキャラは知ってるわよ、帝国の第三皇子ディートリッヒ殿下でしょ?」
「あら、なんだ、知ってたの」
あっけらかんと答えたレヴェリアに、エレインは意外と言う声を出した。
「SNSでネタバレ踏んじゃったのよ」
「ふふ、あるあるね」
「攻略対象なのに、エレイン様、なんで攻略してないの?」
レヴェリアには、この目の前の恋愛スキルカンスト令嬢なら、どんな相手だって意のままに操れるだろうという妙な確信があった。『攻略対象』なら尚更だ。
エレインは「良い着眼点ね……」と呟き、とびきりの秘密を共有するように楽しげに打ち明けた。
「あのね、彼は隠れキャラとして登場はするけど、攻略は出来ないの。スチルは見られるけど結ばれるルートはそもそも存在しない、幻のキャラ」
「えええ!?あ、それでスチルも少ないの?」
「そうそう、全員のバッドエンドを見た後でチラッとだけ登場するの。本編でもほとんど現れないから、なぜ彼が登場するかは分からないんだけど、そのスチルと声が良すぎて彼の出てくる続編が熱望されたのよね」
「え!?続編!?」
まさかの響きにレヴェリアの声が思わず上擦った。
「ファンが熱望してただけだから、結局発売されたのかは分からないけど」
エレインは妖しくも美しい、まさに『悪役令嬢』といった笑みを深めた。
「でも、ゲームのシナリオって大抵そういうものでしょう? 未回収の伏線や、熱狂的な人気が出たキャラの舞台へ、新章として足を踏み入れるのよ」
「つ、つまりそれって……」
嫌な予感に顔を引きつらせるレヴェリアに、エレインは楽しげに身を乗り出す。
「案外、それが帝国編だったりするのかもね?」




