第59話:彼女と最高峰の同行者(邪魔者)たち
「え!?女神、帝国に留学するんすか!?」
「そんなっ!私もご一緒したかったですわ……っ!」
「え、募集締め切りって夏前よね?黙ってたってこと?随分水臭いことするのね?」
「帝国は実力主義って言うから、レヴェリア嬢に合ってるかもね……。1年くらい行くのかな?」
「実は10月に知人の帝国の留学生に誘ってもらって、特例で国費留学生として受け入れてもらえることになったの。1年間、行ってくるからまた3年生のときに帰ってくるわね」
レヴェリアが帝国へ留学する話は瞬く間に広がり、いつものメンバー、リュカ、アイーダ、イザベラ、テオドールをはじめとしたDクラスの面々はそれぞれ驚きや寂しさを隠せずにいた。
「一年もいなくなるなんて寂しすぎますわ」「他国で例の検証実験したら精神侵略罪で捕まるので気を付けてください」「レヴェリア嬢なら向こうでも伝説作るだろ!」と、教室中から好き勝手な声が飛び交う。
けれどそのどれもが、彼女の門出を惜しみつつも応援する、どこか温かな響きを含んでいた。
「帝国に留学ですか。あちらの帝国図書館には被征服地の貴重な文献が一挙に集められていると聞きます。ぜひ訪れた際は感想をお聞かせください」
「レヴェリア、一年も留学に行っちまうのか!?寂しくなるな。帝国には独自の魔力を乗せた剣技があるって聞くからぜひそれ体得してきてくれよ!離れてても好敵手だぜ!」
「勿論、帝国でも二人を追い抜くつもりでしっかり研鑽してくるわ!図書館に剣技ね、了解よ」
ドミニク、フェリクスもそれぞれに彼ららしい激励の言葉をレヴェリアへと送り、定期的な活動報告を義務付けつつ彼女の門出を祝した。
そんな中で、まるでレヴェリアのようなドヤ顔を浮かべている人物がいた。
それも一人でない。
ノエルとルシウスである。
「僕は兄として、またルヴィエールの次期当主として、家格を守り更なる研鑽を重ねるために、妹と共に留学することを決めました」
ノエルは完璧な『良き兄』の笑顔を浮かべていたが、その実、『僕の妹に好き勝手させてやらないよ』という漆黒の執念を瞳の奥にギラリと燃え上がらせていた。
一方でルシウスは、ようやくレヴェリアとしがらみなく学友として交流できること、そして何より愛するエレインまで一緒に着いて来てくれることに、内心すっかり上機嫌だった。
平静を装ってはいるが、その口元には満足げな笑みが滲んでいる。
「ノエルも留学するのか。奇遇だな、私も手配を進めていたところだ。エレインが同行したいと言ってくれたので、彼女の分も一緒に押さえてある」
「うふふ、殿下の婚約者候補としてお側にいなければなりませんからね?」
要するにルシウスもまた、ようやく距離を縮めたい友人と、愛しい婚約者候補をまとめて帝国へ連れて行ける状況に、王子らしからぬ私情をしっかり挟み込んでいたのであった。
「え、つまりノエル様だけじゃなくてルシウス殿下とエレイン様も帝国留学するんですか?」
「そうだ。ルヴィエール公爵令嬢、帝国は実力が重んじられると聞く。生まれを気にすることなく、友情を育むことが出来ることを嬉しく思う」
「あなたのことだからどうせ隙だらけで危なっかしい橋渡ったりするんでしょ?仕方ないから私が付いていってあげる」
「エレインも一緒だなんて最高だ……!ふふ、やっぱり僕ってついてる☆」
(ついてるどころか、大凶もいいところよ――!!)
せっかく卒業後の確定された未来(お飾りの激務王妃)の前に、しがらみのない留学先でのびのび過ごしつつ王妃教育に思う存分集中出来ると思っていたのに、兄だけでなく未来の政略結婚相手とその真実の恋の相手(予定)が付いてきてしまうという泥沼展開。
レヴェリアは始まる前から早速暗雲立ちこめる帝国留学に頭を抱えるのだった。
***
「何、ルシウス殿下が国を通して自分と公女分の留学を捩じ込んだだと?」
「はい、王宮書記官を通じて直接手続きをされたとのこと。王家の正式な留学として処理された以上、こちらを工作するのは難しいかと」
「……あの天然王子が、余計なことを」
同刻、ディートリッヒはまさかの新規乱入者たちに頭痛を覚えてこめかみを押さえていた。
歴史ある文化大国アステリアの第二王子が、本来なら募集の締め切られた今の時期になって留学を捩じ込んできたのだ。
レヴェリアとノエルだけなら誤魔化すことは出来た。
しかし、王族に国を通して手続きされてはどうすることも出来ない。
ディートリッヒは苦々しく奥歯を噛み締めた。
せっかくレヴェリアの出生について本国に勘付かれないよう、徹底した隠蔽工作を行い、出来るだけ目立たないよう、一人のアステリアからの国費留学生として連れて行くつもりだったと言うのに。
本来、名誉男爵の娘が筆頭公爵家の養子になるなど、誰が見ても異常事態でしかない。
だからこそルヴィエール家は、レヴェリアの持つ『規格外の魔力と才能の囲い込み』および『ブランシェール男爵の莫大な資産との経済的提携』という、極めて合理的で強欲な貴族らしい表向きの理由を完璧にでっち上げて世間に公表していた。
その冷徹なビジネスライクの皮を被せておけば、帝国の情報部も「アステリア国内の派閥調整と、新興財閥の取り込みだろう」と納得し、彼女個人の『血統』という深淵までわざわざ掘り下げることはないはずだったのだ。ディートリッヒも、そのカモフラージュに乗っかる形で、彼女を安全に帝国へ連れ込む算段を立てていた。
しかし蓋を開けてみればこれだ。
アステリア王国の王族と由緒正しい公爵家子息女複数人が、募集が締め切られた今の時期に留学手続きをするなんて不自然にも程がある。
「アロイス。本国の様子は」
「……申し上げにくいのですが、すでに一部の耳の早い貴族たちの間で『アステリアの次世代の有力者たちが美しき新米公爵令嬢と同じ時期にやってくる。あの娘は何者だ』とあらぬ尾びれが付いて噂が回り始めております」
「だろうな……」
ディートリッヒは盛大に頭を抱えたくなった。
留学生としてひっそりと彼女を自領へ誘い込み、次期が整うまで安全な檻に隠すはずが、これでは敵陣のど真ん中を凱旋パレードするようなものだ。目立つなと言う方が無理がある。
「――いや、待てよ」
アステリアは軍事大国ではない。しかし、かつて大きな力を持っていた歴史と、今なお失われぬ格、権威、伝統により、西方諸国に一目置かれるブランド国家だ。横の繋がりも深く、彼らの不興を買うことは、周辺国一帯との関係悪化を招くに等しい。
そんな国の王族並びに上位貴族が常に彼女の周囲を固めているということは、帝国のいかなる貴族であっても、物理的にレヴェリアへ気安く接触することができなくなるという意味でもある。
(皮肉なものだな。俺の仕掛けたどの防壁よりも、あの天然王子の身分と過保護な兄の存在の方が強固な盾になろうとは)
ディートリッヒは自嘲気味に唇の端を上げた。
もちろん、彼らが目立つことにより本国の諜報網が彼女の『グレイシアの血統』という真実に辿り着くリスクは飛躍的に高まった。施すべき偽装工作は山ほどある。残された時間は思った以上に少ない。
「アロイス。帝国の全ルートへ伝達だ。受け入れの準備を『一留学生』から『国賓級』へ急遽変更するとな。アステリアの王侯貴族は、我が名において最高の布陣でもてなす」
「殿下、それはますます目立つのでは……?」
「構わない。隠し通せないなら、最初から俺の賓客として大々的に誇示するまでだ」
ディートリッヒは、覇者としての冷徹な笑みを浮かべながら。愛しの彼女に着いて来る最高峰の同行者たちをどう盤上で動かしてやろうかと、冷酷な思考の海へと再び深く潜っていくのだった。




