第57話:兄、妹の友人を査定する
「……は?クロード男爵が、帝国への留学を認めたですって?父上も!?」
「ええ。わたくしも驚きましたが……『皇血誓印』を交わしてまでアナスタシア王女の解放と、グレイシアの権限をレヴェリアへ返還することを確約するとまで皇子は仰られたとのこと。捕虜や人質として連行されるのではなく、皇子の寵愛を受けた上で皇后に求められるのであれば、一転して帝国行きは最高の待遇と言えるでしょう。ルヴィエール家としても大陸の覇者たる帝国の皇妃ないし皇后を輩出するとなれば家格もさらなるものに」
「皇血誓印だって……!?!?」
まさかの切り札に、いつも冷静沈着なノエルが珍しく声を荒げた。
夫人は、自分が夫である公爵から聞いた時と同じ反応をした我が息子を横目で見ながら、星誕祭で会った冷たい美貌の皇子を思い浮かべた。
「ディートリッヒ第三皇子殿下。あのクロード男爵に認められるとは、信用に足る人物のようですね。来週末はうちにもいらっしゃるご予定ですし、ぜひわたくしどもも見極めさせていただきましょう」
パチン、と瀟洒な扇を閉じた公爵夫人はそう言うと優雅に立ち上がり、ファミリーサロンを出て行った。
(なんてことだ……皇血誓印まで出されては何の反論も出来やしない。結局帝国行きは止められないじゃないか!)
ノエル・ド・ルヴィエールは行き場のない苛立ちに、形の良い唇を噛んだ。
***
「ご機嫌よう、ルヴィエール公子」
ノエルは、その愉悦を隠せない響きを聞くと、皮肉なデジャヴを感じながらも、白銀の皇子へと振り返ったのだった。
「ふふふ。ご機嫌よう、皇子殿下。話は聞きました。まさか殿下がそこまでして『我が妹』と懇意になりたいとはと、少し、驚いていたところです」
「我が国にとっても、私にとっても、彼女は得難い存在ですからね。御公爵家の威光もあれば、誰一人として彼女を無為に扱うことはないでしょう。素晴らしいご縁を感謝申し上げます」
「過分なお言葉、光栄の至りです。……せいぜい、我が公爵家の名に恥じぬよう、大切に扱っていただきたいものですね」
「もちろんです。だからこそ、自ら迎えに参ります」
ふ、と思わず見惚れてしまうような笑みとともに言葉を返したディートリッヒは、それだけ言うと、側近たちを引き連れて颯爽と去って行った。
(くっ、第三皇子め。やはり食えない男だ……!)
残されたノエルは、ギリリ……と誰にも気づかれぬよう奥歯を強く噛み締めたのだった。
***
昼休みの被服室。
そこではいつも通りノエルとレヴェリアがエレインに捧げるための美しいドレスを作成していた。
「ノエルさ……お兄様、どうしたの?こっちのギャザーの分量確認して欲しいんだけど」
「あ、ごめん。……うん、良いね。さすがだ、このくらい綺麗に寄せられるのは君くらいだよ」
「大丈夫?ちょっと休憩する?」
「うん……」
ノエルは手元の裁縫道具をそっとテーブルに置くと、どこか縋るような、探るような視線をレヴェリアへと向けた。
「ねぇ、君はどうして帝国に行きたいって思ったの?」
「えっ」
「どうしても帝国じゃなきゃ駄目?」
いつにないノエルの声色に、レヴェリアは目を丸くした。
「だって、あまりにも突然じゃないか。本来の留学生の募集時期はもっと早くに締め切られるはずだし。君が行きたいと思ったきっかけは何なの」
レヴェリアは「そう言われてみれば」と思い出すようにあごに指を当てて少し考え込みながら口を開いた。
彼の言う通り突然に決まったことだし、本来の留学生の募集はとうに締め切っているはずの時期だ。
「うーん……とある人に誘ってもらって、実力主義っていう言葉に惹かれたから、かな」
「とある人って、ディートリッヒ殿下?」
「えっ!?そんなまさか!つい最近まで男爵令嬢だった私が他国の王族と接点ある訳ないじゃない!」
「はぁ?それじゃあ、誰?」
「ディーダっていう、殿下の側近の方」
レヴェリアは全く悪びれる様子もなく、あっけらかんとその名を口にした。
「ディーダ?そんな名前聞いたことないよ。怪しいな……。兄として得体の知れない人物が妹に近付くなんて放っておけない。そいつに会わせて」
「ええ、いいわよ。それじゃあ放課後にAクラスに残ってて。私が彼を連れてくるから」
ノエルの殺気すら滲ませた過保護すぎる申し出に対して、レヴェリアはさも当然とばかりに二つ返事で快諾した。
(何気にディーダを私の友達……いや、家族?に紹介するのは初めてね。あっちの友人にはいつも会ってるし、もちろん大丈夫よね)
そんな、どこまでも呑気でピントのずれた彼女の横で。
(ディーダ……どういう人物なんだ。妹を任せるに値する男か、この目で見極めてやる)
彼は『妹』を誑かした不届き者をどう料理してやろうかと、瞳の奥に冷たい炎を燃やしていた。
レヴェリアの警戒心がガラ空きなばかりに訪れてしまったディーダ(ディートリッヒ)最大の危機。
果たして彼は切り抜けることが出来るのかーー!?




