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第50話:彼女を守る、最強の城壁

「ふふふ、これからはお兄様と呼ぶんだよ?僕の裁縫士……いや、可愛い妹☆」

「レヴェリア様、いえ、レヴェリア。これからはわたくしたちが貴女を守ります。わたくしのことも本当の母だと思って頼ってくださいませ」

「レヴェリア・ブランシェール男爵令嬢とルヴィエール公爵家。ここに素晴らしい縁が結ばれたことを、たった今、アステリア第二王子ルシウス・ヴェルクール・ド・アステリアが承認した。君の親友として心から嬉しく思う。これからもよろしく頼むぞ、ルヴィエール公爵令嬢」

「我が息子と妻だけでなく、ルシウス殿下をも動かすとは何たる器。レヴェリア嬢、君と縁を結べたこと、大変嬉しく思う。クロード殿も、今後とも、公私の隔てなくよしなにお願いしたい」

「もったいないお言葉、恐悦至極に存じます。ルヴィエール公爵家と斯様(かよう)なご縁を結べましたこと、我が家にとってもこの上ない誉れ。微力ながら、今後とも誠心誠意お付き合いさせていただきます」


ルヴィエール公爵家の歴史ある本邸の応接室。

そこに錚々たる面々がずらりと席に着いていた。

当主であるルヴィエール公爵に、公爵夫人、嫡男であるノエル。

ブランシェール男爵に、その令嬢であるレヴェリア。

そして、なぜか同席している第二王子ルシウス。

レヴェリアは目の前で繰り広げられる現実離れした事態を前に、引きつりそうになる愛想笑いを必死に顔に貼り付けていた。


(((ななな、何!?なんで私がルヴィエール公爵家の養女になってんの!?あの過保護なお父様が何で承認しているの!?一体全体、何が起こってるって言うのよ〜〜〜っ!?!?)))




事の発端はニ日前に遡る。

クロードは調査結果の冊子をバサリと机に投げ出し、険しい顔で眉間を揉んだ。

あの後ディートリッヒについて洗い出したが特にレヴェリアとの接点を見出せず、本人に聞いても皇子とは挨拶したことがある程度だと言う。さらに何者かが自分たちを探ろうとしていた痕跡を見つけてしまった。

第三皇子ディートリッヒ・ヴォルフ・ヴァン・ニルヴァス。

帝国の格式高きヴォルフスベルク公爵家令嬢である皇后の唯一の皇子であり、その人物は冷静沈着で考えの読めない飄々とした曲者。

粒揃いの帝国皇子の中でも抜きん出た才覚を持ち、皇位継承のもっとも近くに位置する有力な次期皇帝候補である。

人徳もあり、腹心として付き従える公子たちも極めて優秀。

そんな男なら僅かな断片を頼りに核心に辿り着いてしまうのかもしれない。


(早く手立てを考えねばならん)


クロードがレヴェリアを守るための手段を頭に思い浮かべた直後。

ノックが響き、緊迫した面持ちの執事が慌ただしい足取りで部屋に飛び込んできた。


「旦那様、ルヴィエール公爵家から使者が。なんでもこの後夫人並びに公子がいらっしゃるとのことです」

「なに?夫人と公子が?」


事前の書状もなく大貴族の夫人と嫡男が揃ってやってくるなど、貴族社会の常識では到底あり得ない異常事態である。

しかも、つい先ほど自分がレヴェリアの盾として利用しようと考えたばかりのルヴィエール家だ。あまりにも出来すぎたタイミングに、クロードは微かな悪寒を覚えた。


皇子との会談が数日後に控えた今、彼らの訪問はレヴェリアをディートリッヒから隠すための『最強の盾』となり得る。相手の狙いが何であれ、この好機を利用して公爵家との縁を確固たるものにしなければならない。

クロードは静かに腹を括り、急ぎ客間へと向かった。


「突然の訪問、大変驚かせてしまいましたね」

「いえ、私もあなたがたとお会いする機会を設けたいと考えておりました」


北の高貴な血統に多い金髪翠眼を持つ三人は、探り合うような視線を交わしながら静かに向かい合った。


「……失礼を承知で伺います。レヴェリア様は、アナスタシア王女殿下にご縁がおありではありませんか」


ルヴィエール公爵夫人による、静かな、しかし一切の誤魔化しを許さない眼差しを伴った問いかけだった。

クロードは穏やかな顔を崩さず、その腹の中で静かに息を呑んだ。


「夫人、面白いことを仰いますね。レヴェリアは私が教会から引き取った平民の孤児です。……どうしてそのようなことを?」


公爵夫人は扇を静かに閉じ、冷徹なまでの観察眼でクロードを射抜いた。


「白を切る必要はありません。わたくしはその昔、ノルドレインの公女として数日間、公務でいらっしゃっていたアナスタシア殿下のお側に仕えたことがございますから」


彼女の確信は揺るぎない。

レヴェリアが纏う気品、ふとした仕草、そして何より笑ったときの表情が、彼女がかつて見たアナスタシア王女と瓜二つであった。それは二十数年の時を越えて、かつての憧れの姫君の面影がこの世に蘇ったかのような奇跡であった。


「私からも。ブランシェール男爵、貴方は先日の演習の際、ノルドレイン大使館の騎士を借り受けていらっしゃいましたね。一介の男爵家がかの高貴な国の聖騎士を借り受けるなど、本来あり得ない。救助対象に余程の縁がなければ」


容赦ない理詰めを行ってくるルヴィエール夫人と公子を前に、クロードはどうしたものかと思案した。

言い逃れする口実はいくつも用意している。

その中の最適解を冷静に選抜しているとーー夫人が切実な、どこか切羽詰まった表情を浮かべたのだった。


「わたくしは、アナスタシア王女殿下を心からお慕いしております。少しでも助けになれないか、貴国が征服された頃よりずっと手立てを探しておりました。ノエルが言うには、なんでも帝国の第三皇子殿下がレヴェリア様に目を付けておられるとか……」


彼女は一度そこで間をおくと、クロードを真っ直ぐ見つめて静かに述べた。


「わたくしは今こそあのお方のお力になりたいのです」


覚悟に満ちた、厳かな声だった。

それは、政略的な駆け引きを超えた、長年胸に秘め続けてきた『忠誠』と『後悔』の吐露。夫人の覚悟を宿した目に、クロードは彼女たちが単なる利益のためではなく、娘を本気で案じていることを悟った。

そして、ノエルが皇子の動きを察していたことに内心驚いた。


(……公子も、皇子の動きに気付いているとは)


「レヴェリア嬢は、僕にとっても、かけがえのない共同制作者です。一人の友人として彼女の力になりたい」


ノエルが涼やかな声で重ねる。それは若き公爵令息の建前であり、同時に、この混沌とした盤上で最も狡猾に、かつ最も強固にレヴェリアを独占せんとする『宣戦布告』でもあった。


「我々が彼女を守る盾になりましょう。今後も我が公爵家と貴方の家を行き来するかたちで構いません。どうか、レヴェリア嬢を僕達の家に預けてもらえないでしょうか」


十五年間隠してきた美しき王女の愛娘。

その身柄を他家に委ねるなど、本来なら絶対にあり得ない選択だ。

しかし、ずっとアナスタシアを慕い情報を集めてきたという夫人の真摯な台詞。

これには確かな説得力があった。


レヴェリアはアナスタシアの面影を確かに残しているが、顔立ちそのものが瓜二つな訳ではなく、目も北の血筋とは遠い碧眼。本来易々と見抜かれるはずがないのだ。

それを初対面の数刻で見抜き、こうして即座に行動を起こしたことは、夫人が長年本気で『アナスタシアの痕跡』を探し続けてきた何よりの証拠だった。


さらにこのタイミング。

帝国の皇子がレヴェリアに目を付けていることを知った上で、自らの身の危険も顧みず、強大な帝国を敵に回す可能性のある『盾』役を買って出たのである。これは単なる政治的打算や好奇心だけで動けることではない。


クロードはふ、と力を抜いた。張り詰めていた警戒心の糸が、温かな覚悟によって解けていくのを感じる。かつて守り通せなかった主君の面影を、この巨大な権力を持つ公爵家が本気で守ろうとしている。

ならば、これ以上の選択肢などあり得なかった。


「……分かりました。これ以上は、彼女の未来のためにも隠し通すことは不可能でしょう」


クロードは観念したように息を吐き、重い口を開いた。


「レヴェリアは、間違いなくアナスタシア王女殿下のご息女であり、『長子』です。本当の名は、レヴェリア・ルミナ・アズ・グレイシア。どうか、貴公爵家との養子縁組を進めさせていただきく存じます」


その言葉が放たれた瞬間、応接室の空気が決定的に塗り替えられた。アステリア王国の公爵家という『最強の城壁』が、亡国の姫君をその内側に招き入れたのだ。


(グレイシア王族の神孫血統を引く、『長子』……!)


ノエルはひそかに息を呑んだ。

各国の王侯貴族が揃って欲しがる『長子にのみ引き継がれる神孫の加護』を持った特大の財産が、たった今自家の手中に収まったのだ。


「ルミナ……?グレイシア王女に稀に授けられる特別なミドルネームですね。我が祖国ノルドレイン王室と縁の深い……。失礼ですが、お父様は?」

「それは……答えることは出来ません。私には口に出すだけの権限を持ち合わせていないのです。ただし、決して穢れた血ではないことをお約束いたします」


クロードの言葉に、公爵夫人は深々と頷く。


「かの高貴な古国の血を引く姫君であることが確定した以上、主人は直ぐにでも我が家に引き入れる手立てを取ることでしょう。出来る限り迅速な手続きを致しますよ」


こうしてディートリッヒが埋めようとしていた外堀は、逆にルヴィエール公爵家という巨大な城壁へと姿を変えた。

そしてノエルは、その城壁の内側でレヴェリアを守る最も近しい立場を手に入れたのであった。

策士たちの水面下の攻防はまだ始まったばかりである。

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