第49話:逃げる彼女と築かれつつある天然包囲網
アステリア王国第二王子ルシウス・ヴェルクール・ド・アステリア。
彼は彼を取り巻く現状を嘆いていた。
(僕はただ、友人を誘いたいだけなのに、なぜこうも上手くいかないんだ!?)
きっかけは『大規模魔物討伐演習』で、愛しのエレインを助けるために遺跡深部に落ちたことだった。
おそらく神代に造られたであろうその内部には数々の高度な防衛システムと棲みついた凶悪な魔物たちがおり、彼は地上に出るためにそれらを突破しなければならなかった。
そんなとんでもなく難解なミッションを共に熟した友人こそ、レヴェリア・ブランシェール男爵令嬢である。
彼女は令嬢でありながら我先にと先導し、攻撃を素手で受け止め毒味をし、屈託ない顔で笑う類稀な女性であった。
彼女といると、王子として取り繕う必要も、男として張り合う必要もない。ただ一人の自分という人間として自然体でいられる。
ルシウスは彼の想い人であるエレインとは全く別の領域に位置する彼女に大きな好感を抱き、今後の学校生活ではぜひ友人として仲を深めたいと思っていた。
しかしーー。
「一介の男爵令嬢が恐縮です……!!」
奈落の穴から出るや否や、すれ違いざまに音速で一礼され、風のように去られてしまう。
やっと捕まえたと思ったら。
「ルシウス殿下、レヴェリア嬢は私と執筆論文の打ち合わせがございますので」
「おっこんなところにいた!レヴェリア、鍛錬の時間だぞ!今日は4人で倒れるまで模擬戦だ!殿下、こいつ借りてくぜ!」
何故か悉く側近たちに邪魔をされる。
(こいつら!彼女は僕の親友だぞ!!なんなんだ一体!!)
いつの間にかランクアップした称号を心で叫びながら嘆くルシウスに、美しきシルエットが近づいた。
「ふふ、お困りの様ですね」
「ノエル……」
彼は王子の悩みに寄り添うような、それでいてひどく計算高い笑みを浮かべてルシウスの隣に並び立った。
「思うに彼女は大変謙虚です。それでいて最近殊更に危機管理意識に磨きが掛かっている。身分差を気にして殿下と関わり合うことを恐れ、あえて距離を置いているのでしょう」
「生死を共にした戦友だぞ?学友として普通に茶を飲み、神代の罠について語り合うことすら叶わないというのか!?」
「殿下が良くとも、貴族社会が許さないのです。下級貴族の娘が王子の『お気に入り』になれば、周囲の嫉妬や邪推で彼女の身が危うくなる。彼女はそれを本能的に察知して、殿下から全速力で逃げ回っているのですよ」
「くっ……ならば、どうすれば彼女は僕を避けないというんだ」
項垂れるルシウスの姿に、ノエルは満足げに口角を吊り上げる。
「解決手段があります。聞きたいですか?」
ノエルは美しい翠眼を細めた。
***
「ルシウス殿下」
ノエルとの会話を終え生徒会室へ向かっていた彼に掛かった、落ち着いた声。
振り向くとそこに居たのは、白銀髪に金灰色の双眸を宿した美しき帝国の皇子であった。
「先日は災難でした。私も力になりたいばかりに、貴国の貴重な演出の場に我が兵士を呼んでしまい、あやうく外交問題になるところでした。殿下の采配のお陰で助かりました」
「いえ、私のために動いてくださったのですから当然です」
「ふふ、ありがとうございます」
和やかな社交辞令の応酬が一段落したところで、皇子はふと、思い出したように話題を切り替えた。
「さて、殿下とともに遭難された男爵令嬢がいましたが。彼女は息災ですか?奈落の底から生還したもうひとりの英雄として、少々気になりましてね」
「ええ、彼女とはいく戦も背中を預け合い、またとない絆を結べたものと思っていたのですが。彼女が謙虚過ぎる故に身分の差を理由に中々会話することもままならない状況で」
「おやおや、それは手厳しい。アステリアの古い因習や厳格な身分制度が、殿下の尊き友情、そして優秀な彼女の障壁になっているのだとすれば、あまりにも惜しいことだ」
帝国の皇子は、どこか哀れむような、しかし酷く冷ややかな笑みをその美貌に浮かべた。
「ならば殿下。いっそのこと、彼女をその窮屈な環境から出して差しあげてはいかがですか?我が帝国であれば、彼女の類い稀なる能力を正当に評価し、身分に関わらず最高の環境を提供することを約束しましょう。――国を挙げた『国費留学生』としてね」
「なるほど……帝国への留学。それなら周囲の雑音に邪魔されることなく、彼女も安心して学問に励めますね」
対面する皇子の瞳の奥にある、底知れない『独占欲』と『執着』に一切気づかぬまま、ルシウスは戦友の救済措置を見出せたとばかりに、その仏頂面をパッと明るく輝かせたのだった。
白銀の皇子が去った後。
紺碧の王子は、今しがた皇子に提案された『帝国留学』と、先ほど公爵子息に打ち明けられた『養子縁組』を並べて、二つの恐ろしい策略を自ら繋ぎ合わせ、最高で最悪の解決策を導き出していた。
「僕も在学中に他国への留学に行く予定だったから、それを早めるか。そして彼女がルヴィエール公爵家の養子となり、僕たちと共にしがらみの無い帝国に留学すれば、思う存分学友として仲良くできる。完璧だーー」
『彼女をルヴィエールの養子に入れて、ゆくゆくはルシウスと婚約させることでずっと手元に置いておく』というノエルの企み。
そして。
『王子の後押しも受けて彼女が帝国に来れば邪魔者はいなくなる』というディートリッヒの思惑。
それらを粉砕する『天然の親友』が爆誕したのであった。




