第46話:すれ違うプロポーズと、彼女の小さな本音
大波乱を巻き起こした『大規模魔物討伐演習』が終わり、日常へと戻った翌登校日。
Dクラスの生徒たちは信じられない光景を目にする。
「ブランシェール嬢はいるだろうか」
そう言って当然のように彼らの教室を訪ねてきたのは――寡黙で滅多に人と馴れ合わない、Aクラスの第二王子ルシウス・ヴェルクール・ド・アステリアだった。
「は、はい、何かご用でしょうか……」
演習で共に遺跡深部に落ち友情を深めた彼らであったが、レヴェリアは地上に出て一晩眠ったことにより正常な感覚を取り戻し、ルシウスとの共存の際に築いた関係が、元々強く抱いていた『一介の男爵令嬢が恐れ多いです案件』『関われば命の危険(暗殺)があるかもしれないリスク高すぎ案件』に当たることに気が付き、勝手に恐れおののいていた。
(ぎゃーー!!!なに!?もしかしてあの時の態度が不敬過ぎて粛清される!?)
彼女は小競り合いをした当時を思い出し、(あの時の私ったら頭が高すぎるわよ~~!!)と青ざめた顔でおずおず声を掛けた。
「どうした、随分塩らしいな。君らしくない。……遺跡で約束しただろう、今度ご馳走すると。いつが良いか教えてくれ」
「エッッッ!!!そ、そんな滅相もない、恐れ多いので結構でございます……では私、家庭教師を待たせておりますので」
「は?おい、待ってくれ」
すっかり一人の友人として深い親愛を抱いてしまったルシウスに対し、「まずい、秩序崩壊のトリガーとして消される!!」と全力で遠慮するレヴェリア。
そして颯爽と立ち去る男爵令嬢と、それを追いかける第二王子というなんとも奇妙な珍百景が繰り広げられたのだった。
その光景を前にDクラスの友人たちは(公子だけでなく王族とも関係があるとはさすがレヴェリア嬢……!)と彼女の底知れぬ人脈と器の大きさに、更なる畏敬の念を抱くのだった。
***
「ふぅ……ここまで来れば大丈夫」
後ろ手に第二音楽室の扉を閉め、ふうと息を吐いたレヴェリアだが。
「……随分ルシウス王子と仲良くなったものだな」
というどこか棘を含んだ台詞とともに。
トン、とレヴェリアのすぐ脇に美しい手が付いた。
相変わらずフードを深く被ったディートリッヒの仮の姿、ディーダである。
「ディ……ディーダどうしたの?近くない……?」
所謂『壁ドン』の体勢である。そのオーラに気おされたレヴェリアは身を縮めて横へスライドしようとした。
しかし。
彼のもう片方の手がすっと反対側の壁を塞ぎ、逃げ道が完全になくなってしまった。
「っ!?」
両腕の中に閉じ込められる形となり、レヴェリアは完全に硬直した。スチルに悉く失敗した彼女にとって父親以外の男性とここまで至近距離で接近するのはほとんど初めてのことだったのだ。
けれども、先ほどの台詞とその行動に反して彼の様子は怒りに満ちたものではなくーー。
「………………心配した」
彼の口から溢れるように出たその言葉は切実な響きを帯びていた。
「君が無茶をして、俺の届かない暗闇の中で命を落としてしまうのではないかと思ったら……本当に、気が狂いそうだった」
彼女は思わず息を呑んだ。
普段は余裕に満ちた立ち居振る舞いを崩さない彼の、震えるような吐息。
(ディーダ……!そんなに心配して……!そうよね、いくら私が頑丈でも、奈落に落ちたなんて聞いたら普通の友達は心配するわよね……!)
自分をひたすらに案じてくれていた不器用な友人の優しさに、レヴェリアは申し訳なさで胸がいっぱいになった。
そして何を思ったかーー彼の背に手を伸ばしてぽんぽんと優しく叩き出したではないか。
「ディーダ、私こう見えて凄く強いから大丈夫よ!そんな簡単にくたばったりしないわ」
「……ッ!!」
まさかの正面突破。
追い詰めたはずの華奢な少女から、逆に小さな手で背中をあやされるように叩かれ、ディートリッヒは完全に虚を突かれて硬直した。
フードの奥で、彼の白い肌がじわじわと赤く染まっていく。
本来なら気安く触れることすら許されない帝国の皇子を、まるで怯える大型犬か年の離れた弟のように扱う男爵令嬢。
しかし、背中から伝わるレヴェリアの体温があまりにも温かく、愛おしくて――ディートリッヒは彼女をこのまま力任せに抱きすくめてしまいたい衝動を、必死に理性で抑え込んだ。
彼はゆっくり手を退けると、絞り出すように声を紡ぐ。
「……強いから、心配なんだ」
「……っ、ディ、ディーダったら……!またお父様みたいなこと言って.…!」
レヴェリアは無意識の照れ隠しでそう言うと、彼の両手を取った。
「お父様が危機管理とは何か詳しく教えてくれる家庭教師を付けてくれたから大丈夫。これからはあらゆる生命の危険性から全力で身を守るから!」
彼女が安心させるつもりで言ったその言葉はやはりどこかズレており、彼は内心でため息を吐くと共に、自身の決意を伝えるためにしっかりと彼女の手を握り返した。
「君は……留学する気はないか」
「え?」
「つまり、俺が今アステリアに来ているように、ニルヴァスに来る気はないか」
「帝国に……?」
「君は優秀だ。実力主義の帝国なら、その比類なき才能に見合った最高の環境と、誰もがひれ伏す地位を用意できる。……俺が、そのすべてを保証する」
(え…………それって)
その真剣な声色に彼女の心臓が跳ねた。
ディートリッヒの言う『最高の環境と、誰もがひれ伏す地位』とはつまり、彼の皇妃を指していた。
ディーダとして敢えて言葉の外に意味を含ませた台詞による、彼なりの本気のプロポーズである。
(それって……間違いないわ)
そしてその言葉を、自認モブ男爵令嬢は彼の読み通りに受け取ったのだった。
(帝国の高級官僚のことじゃない!?)
「ふ……ディーダったら優秀な私をスカウトしたいのね。留学は考えたことなかったけど実力主義なら私に合っているかもしれないわね。あなたがそう言ってくれるなら検討してみようかしら」
私って特別優秀だから!といつものドヤ顔を浮かべるレヴェリア。
その様子に彼は小さく息を吐いた。
(君ならそう解釈すると思っていた。……本来の意味を考えてくれる可能性も少しは期待したが。今はまだこれで良い)
「本来の募集は夏休み前に締め切られている。……留学には様々な手続きが必要だ。申請に時間がかかるものもあるから、君が決意を固めたときに手遅れにならないようこちらで進めておく。後日君のお父上にもご挨拶に伺う」
「そうなのね……!父に伝えておくわ」
「よろしく頼む」
少しの落胆を覚えるとともに、即座に思考を冷徹な為政者のものへと切り替え、この都合の良い勘違いを逆手にとる。
彼女の言質を取った上で後戻りの出来ない状態に持っていくべく政治的手腕で外堀を固める彼だが。
(けど、そっか。帝国に留学すればディーダと一緒にいられるんだ。……ニルヴァス帝国ってどんな場所なんだろ)
と彼女がいつも通りの反応の内側で帝国行きを考えた、一番のいじらしい理由は知る由もないのであった。




