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第42話:氷の皇子の焦燥と、過保護な父の暗躍

『は?彼女が遺跡の深部に落ちただと?ルシウス王子と?』

「はい……ただ今、近衛騎士や宮廷魔術師も到着し、演習拠点にて教授陣と共に救助の手立てを模索しているところです」


アロイスは通信機を指で押さえつつ、視線を静まり返った遺跡の広場へと走らせた。

顔を真っ青にしたナターシャと、同じく悲痛な表情でその肩を抱くノエル。

教授陣と共に古代遺跡の解析を進めるドミニク。

散々助けに行こうと飛び出すのをリュカに抑えられ、呆然としているフェリクス。

各々に沈痛な面持ちを浮かべるDクラスの生徒たち。


『状況を整理しよう。救助に入るのに時間が掛かっているのは、遺跡深部の防衛システムが原因か』

「はい、Aランクの魔物ですら即死を免れない多重魔法により行手を阻まれているそうです。ルシウス殿下とレヴェリア嬢は、その防衛システムを受けた上で落ちたはず……彼らの能力であれば切り抜けている、と願いたいですが。どちらにせよ無傷では済んではいないはずです」


通信先でディートリッヒがギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえた。


『……彼女のことだ。どうせ自分からルシウス王子の前に躍り出て、防衛システムの魔法も落下の衝撃も、全て己の身で受け止めたに違いない』


絞り出すような低い声には、普段の余裕に満ちた態度は欠片もなく、確かな焦燥と怒りが滲んでいた。それは、彼女を危険な目に遭わせた王国の警備体制に対してか、あるいは、遠く離れた安全圏から、ただ状況を聞くことしかできない己に対してか。

アロイスは静かに目を伏せた。


「ええ……彼女の性格と力量を考えれば、自ら盾になる道を選ぶでしょう。しかし、いくら彼女が規格外とはいえ、ここは未知の古代遺跡の深部であり、何より彼女は血の通った人間です」


レヴェリアの異常な耐久力を誰よりも評価しているディートリッヒだからこそ、彼女が『絶対に無事である』という楽観的な観測はしなかった。彼女なら生きていると信じたいが、同時に致命傷を負い、古代遺跡に住まう魔物や防衛システムの追撃によって命を落とす可能性も十分に理解しているのだ。


『王国側のチンタラした救助など待っていられるか。アロイス、近隣に待機させている帝国の特務部隊と技術班を即座に動かせ。遺跡の物理的な破壊も辞さん、最短ルートで底へ通じる道を開け』

「……よろしいのですか? 王国側の演習場に帝国の戦力を大々的に介入させれば、ルシウス殿下の救出という名目があっても、少なからず外交問題に発展しますが」

『知ったことか』


ディートリッヒは氷のように冷たい声で即座に切り捨てた。


『彼女を、こんな下らない場所で死なせてたまるか。……俺もすぐに出る。現地の指揮は俺が執る。教授陣にもその旨を伝えておけ』


通信はそこで一方的に切断された。

ツーツーという無機質な電子音が響く中、アロイスは小さく息を吐き、主の苛烈な命を遂行すべく速やかに端末の回線を切り替えた。


(あの常に打算的で冷静沈着な皇子が、ここまで感情的になられるとは。……レヴェリア嬢、どうかご無事で)


悲嘆に暮れるDクラスの生徒たちを横目に、アロイスは迅速に帝国の暗号通信を打ち込み始める。

その冷徹な紫水晶の瞳の奥には、彼自身も無自覚な、わずかな祈りのような色が微かに宿っていた。




***




レイヴンが知らせを受けたのは、アロイスがディートリッヒに連絡したのと同じタイミングだ。


「何ですと……レヴェリアが、遺跡の深部に!?」


教授陣より知らせを受けたレイヴン・シュタインは即座に秘密裏の暗号通信にて同胞と友軍へメッセージを送り、自身も戦闘装束を見に纏った。


(レヴェリア……どうかご無事で……!!)


静かに、しかし確実に動き出した帝国の介入と、ブランシェール家の隠された牙。一人の令嬢を巡り、決して交わるはずのなかった複数の巨大な力と、運命が交差しようとしていた。

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