第41話:物理法則を無視する男爵令嬢と、常識崩壊の第二王子
ピチャン、ピチャン……と雫の垂れる音が、空間に木霊する。
「……あれ、ここは……。うっ!!」
動いた瞬間肩に痛みが走った。
薄っすらと目を開けると鋭く尖った鍾乳石が無数に垂れ下がる、見知らぬ洞窟の天井が目に映った。先ほどから響く水音は、そこから落ちる雫のようだ。
「気付いたか。少し安静にしていろ。君は私を庇い、ここに落ちてくるまでの遺跡の防衛システムによる多重魔法、そして下に落ちた際の衝撃をモロに受けている。……本来守るべき婦女子に助けられるとは不甲斐ない限りだが、礼を言わせてほしい」
「多重魔法の防壁ですって?この私にここまでダメージを与えるとは、中々やるじゃないの……」
傍に座っていたルシウスが、「おい、まだ動くな」と慌てて制止しようとするのも聞かず、レヴェリアはゆっくりと身体を起こすと、ダメージの受けた左肩を撫でた。
そこには既に包帯が巻かれており、若干流れた血が既に瘡蓋となって固まっている。
「私、どれくらい気絶していたんでしょう」
「1時間ほどだ。驚異的な回復力といって良い」
「ふ、それほどでも……」
本来雲の上の存在である第二王子と二人きりという彼女にとっては気まず過ぎる状況ではあるが、怪我と非常事態によって大量に分泌されたアドレナリンのおかげで痛みも緊張も後回しになり、一周回ってかなり落ち着いたやり取りが出来るようになっていた。
ルシウスの持ち物の輝石入りのランタンが光源となり、辺りを照らしている。
四方が岩と石板に囲まれた教室ほどの空間。
それに一箇所だけ暗闇に通ずる穴が空いている。
「ここで助けを待つべきなんでしょうか?」
レヴェリアが落ちてきた先を見上げながらルシウスに判断を仰いだ。
彼は腕を組んで考える素振りをした。
「悩ましいな。本来そうするべきではあるが、ここに落ちるまでに君が耐えた遺跡の防衛システムはかなりのものだ。突破するために数日掛かりかねない。さらに、上の遺跡自体が無事なのかも怪しい。戻れるよう標を残しつつ、前進した方が良いかもしれない」
「成程。それでは少しずつ前進してみましょうか」
レヴェリアはゆっくりと立ち上がると、当然のように王子の前に躍り出た。
「待て、私が先導する。君は少し後から付いてくるように」
「えっ!?いやいや、どう考えても私が前を歩くべきでしょ。もう魔力も戻ってますし、魔法防御も使えますし」
「は……?いや、君は怪我をしているだろう。怪我人を盾にする訳にはいかない」
「いやいやいや、あなたに怪我される方が問題なので。良いですか、ここからは全ての攻撃を私が受けます。ルシウス殿下はお得意の攻撃魔法で敵なり防衛システムなりを撃ち抜いてください」
「……君は本当に令嬢か?そんな華奢な形をして私に守られるという選択肢は最初から無いというのか。……いや、先ほどの戦いぶりといい、私を庇った時といい、君の力量を疑うだけ無駄か」
レヴェリアの盾としての自信と誇りに圧倒されつつも、最後にはふっと滅多に浮かべない笑みを浮かべたルシウス。
こうして元乙女ゲームヒロインの男爵令嬢と、元メイン攻略対象である第二王子による即席パーティーが組まれたのだった。
***
「前方から何か来るわ。足音……いえ、地響きね、これは」
ランタンの仄かな明かりが照らし出したのは、通路を塞ぐようにそびえ立つ巨大な影だった。四本の腕に巨大な戦斧を持った、古代の防衛兵器『四腕の鉄魔像』。
その無機質な赤い双眸が侵入者たる二人を捉えた瞬間、空気を切り裂くような駆動音と共に、一対の戦斧がレヴェリアの頭上へと振り下ろされた。
「ブランシェール嬢、退けッ!!」
ルシウスが血相を変えて叫び、迎撃の詠唱に入ろうとする。
しかし、レヴェリアは避けるどころか、むしろ一歩前に踏み出した。
「ふっ……金剛巨角獣の突進に比べれば、そよ風みたいなものだわ!」
ガァァァァンッ!!!!
火花が散り、強烈な衝撃波が周囲の空気を震わせた。
だが、土埃が晴れた後に立っていたのは、両腕をクロスさせ、鉄魔像の全力の斬撃を傷一つ負わずに、しかも素手で受け止めている男爵令嬢の姿だった。
足元の石畳は粉々に砕け散っているというのに、彼女自身は涼しい顔をしている。
「なっ……馬鹿な、あれはミスリルの装甲だぞ……!?」
「殿下、今よ!押し返すわっ!!」
レヴェリアが気合いと共に腕を振り払うと、巨大な鉄魔像が体勢を崩して大きく仰け反った。その無防備な胸部のコアが完全に露わになる。
ルシウスは驚愕に目を見張りながらも、即座に思考を戦闘モードへと切り替え、練り上げていた極大の魔力を解放した。
「――穿て!!」
青白い雷光が凄まじい轟音と共に放たれ、鉄魔像のコアを正確に撃ち抜いた。
断末魔のような金属音を響かせ、巨大な残骸がバラバラと崩れ落ちていく。
「ふう、お見事です殿下!素晴らしい威力でした!」
「……君のその全く物理法則を無視した頑丈さの方がよほど素晴らしいというか、恐ろしいがな。あの斧を素手で受けて、なぜ骨の一つも折れていないんだ……」
ルシウスは呆れたようにため息をつきながらも、どこか安堵したように肩の力を抜いた。
前衛に常識外れの鉄壁が立ち、後衛から王国の最高戦力が魔法を放つ。
即席のパーティーとは思えないほど、二人の連携は完璧なものになっていた。
それから数時間後。
二人は魔物や罠を突破しながら進み、かつて遺跡の管理室として使われていたであろう、頑丈な扉の付いた小部屋に行き着いた。
内側から金庫のような重厚な鍵が掛けられる仕組みになっている。
「今日はここで休むとしましょう。殿下も、これ以上の魔力消費は危険です」
「……面目ない。前衛を全て君に任せているというのに、先に音を上げるのが私とはな」
部屋の隅に腰を下ろしたルシウスは、疲労の色を隠せない様子で自嘲気味に笑った。
強力な魔法の連発に加え、慣れない地下遺跡での緊張感が彼の体力を確実に削っていた。対するレヴェリアは、顔色も良く最初に負った怪我も治りつつある。
「ふふふ、まあ伊達に10年間も修行を積んでいませんから!」
「何、君はそんなにも長い歳月を修行に打ち込んできたのか。……僕も同じくらいの年月、第二王子としての教育を受けてきたつもりだ。しかし、君のその迷いのない強さを見せつけられると、僕の研鑽などまだまだ甘かったと思い知らされるよ」
ランタンの淡い光に照らされた彼女の華奢な姿を見つめ、ルシウスは不思議そうに目を細めた。
どう見ても深窓の令嬢にしか見えない彼女が、鋼鉄の魔像の斧を素手で受け止めたのだ。どれほどの血の滲むような鍛錬を積めば、あの領域に至るのか。
「しかし……君がそんなにも頑張っていた理由は何なんだ?何が君をそこまで強くさせた?」
「それはその……」
(あなた(エタラバのメインヒーロー)に告白されるためだったなんて口が裂けても言えない……!!!今となって考えると本当にとんでもないこと考えてたわね私……っ!!)
レヴェリアは冷や汗を拭いつつ、半分正解の答えを口に出した。
「ち、父が過保護なので……」
「ふふ、過保護でここまで鍛えるとは。君のお父上も中々興味深い御仁のようだな」
いつのまにか幼い頃の一人称に戻っているのにも気付かず、ルシウスは目の前の、頑丈で力強くて面白い男爵令嬢との会話を心から楽しんでいた。
「さあ、殿下。お疲れでしょうから、少し眠ってください。見張りは私が引き受けますから」
「……ああ、すまない。君のその『過保護な』強さに、今夜は甘えさせてもらうよ」
柔らかく微笑んで目を閉じたルシウスの穏やかな寝顔を見守りながら、レヴェリアはランタンの光をそっと落とし、静かに扉の前へと腰を下ろした。




