第40話:奈落へ落ちる彼と彼女
「ふっ、まあこの私にかかればこんなものだわ」
「いやー今日の女神も輝いてたっす!まさかあの『金剛巨角獣』の全力の突進をノーガードで受け止めた上に、そのままカウンターの頭突きで、巨大な角ごと頭蓋骨を粉砕するなんて!」
「レヴェリア様の頭突きされるお姿、さながら天の雄牛のようでした!!あまりの神々しさに私本来の倍の効果のバフを連発出来ましたわ!」
「いや、あなたも令嬢だってのに良く頭突きなんて真似出来るわね……。魔法で攻撃するとかしなさいよ」
「レヴェリア嬢じっとして……少し血が滲んでるから『癒やしの葉脈布』を貼るよ……」
レヴェリア、リュカ、アイーダ、イザベラ、テオドールの5人は例年10月頭に行われる特大行事である『大規模魔物討伐演習』で、最も攻略難易度が高い『天墜の大遺跡』と呼ばれるダンジョン内に来ていた。
テオドールに葉脈布を貼ってもらいながらドヤ顔をキメるレヴェリアは、上級魔物の攻撃を一身に受けながら拳と頭突きで粉砕していくというもはやヒロインの欠けらもない狂戦士っぷりを発揮して、彼らと共に辺りの魔物を一掃したのだった。
「ま、指定アイテムも手に入ったことだし、そろそろ帰りましょ。こんな埃っぽいところ早く出たいわ」
「イザベラ様ったら!こういういかにもなダンジョンをみんなでウロウロするのが楽しいんじゃない!折角時間もかなり余ってることだし、寄り道しましょうよ!」
「あ……ミラじゃないけど僕、迷う未来が見えた気がする……」
彼らがわちゃわちゃ戯れていると、不意に美しい声が木霊した。
「あら、ごきげんよう。皆様もこちらのダンジョンにいらしたのね」
コツコツと場にそぐわないヒールで現れた女こそ、エレイン・ド ・ベルクロアである。
「やはりあなたがたもこちらに居ましたか。まあ、あれだけの技量があれば必然ですね」
「ようリュカ、レヴェリア!何匹倒した?数比べしようぜ!」
「やっほー裁縫士!あれ……おでこ、どうかした?は?頭突きして怪我したの?……君って本当に馬鹿だね。やっぱり見張っておかないと心配だ」
当然彼女に付き従うのは3人の公子、グレアム、フェリクス、ノエルである。
そしてーー。
「君たちも攻略が済んだところか。流石だな」
紺碧の髪を靡かせラピスラズリのような瞳を涼やかに細めたのは、アステリア王国第二王子ルシウス・ヴェルクール・ド・アステリア。
彼はいつも通りの仏頂面ながらどこか親しみを帯びた眼差しでDクラスの面々を見渡した。
「Aクラスも無事に指定アイテムの回収が終わったんすね。さすがっす」
「ああ。だが、まさか君たちとほぼ同じペースとは。Dクラスの成長には目を見張るものがある」
ルシウスが微かに口角を上げた、まさにその時だった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如として、ダンジョンの地殻が不気味な地鳴りを上げた。
レヴェリアが先ほど金剛巨角獣を力任せに叩きつけ、頭蓋骨ごと粉砕した余波が、ダンジョンの脆弱な地盤を限界まで削ってしまっていたのだ。
「きゃあっ!?」
悲鳴が上がり、エレインの足元の石畳がすり鉢状に大きく崩落を始めた。
ぽっかりと口を開けたのは、光すら届かない真の闇――未踏破領域である奈落の大穴だ。
「エレイン!!」
「エレイン様ッ!!」
いち早く反応したのはルシウスだった。彼はエレインを救うべく、迷うことなくその漆黒の穴へと身を躍らせた。
そして、もう一人。
「ちょっと!か弱い令嬢と魔法使いから落ちるなんてタンクの恥だわ!私に守られなさいッ!!」
限界突破の身体能力を持つレヴェリアである。
彼女は凄まじい脚力で崩れゆく地面を蹴り、ルシウスと共に落下していくエレインの元へと瞬時に追いついた。
「殿下、合わせなさいッ!」
「……くっ、ああッ!」
ルシウスはレヴェリアの言葉の意図を即座に理解した。
彼の風魔法による推進力と、彼女のカンストした物理的な腕力。二人は持てる力のすべてを使って、エレインを上方の安全な地盤へと勢いよく放り投げたのだ。
「きゃあああっ!?」
「エレイン!!」
放り投げられたエレインの身体を、縁にいたフェリクスとリュカが間一髪で受け止める。
しかし、空中でエレインを助けるために強引に体勢を捻ったルシウスとレヴェリアは、その反動で完全に空中に投げ出され、身を寄せ合ったまま真っ逆さまに奈落の底へと吸い込まれていった。
「レヴェリア!?」
「ルシウス殿下ッ!!」
残された面々が穴の縁へ手を伸ばした、次の瞬間。
ガァァァァァァァンッ!!!!
奈落に蓋をするかのように、上部から分厚い古代の石扉が凄まじい速度でせり出し、バタンと完全に空間を遮断してしまった。
「嘘だろ!?おい、開けッ!!」
「退きなさいっ!【ステラ――】くっ、駄目だわ!魔力干渉を完全に弾く結界が張られている!」
フェリクスが力任せに石扉を殴りつけ、イザベラが全力の魔法を放つが、扉は傷一つ付かない。
真っ青になって震えるエレインを庇いながら、いち早く冷静さを取り戻したのはAクラスの参謀ドミニクだった。
「落ち着いてください。この扉は外部からの干渉を完全に無効化する古代遺跡のギミックです。私たちの力だけではどうにもなりません」
「ああ。下手にこれ以上刺激を与えれば、ダンジョンそのものが崩落する危険もある。……幸い、あの二人なら、裁縫士の規格外の防御力と殿下の魔法があれば、落下の衝撃程度は凌いで生き延びるはずだ」
ノエルがギリッと唇を噛み締めながら、忌々しそうに石扉を睨みつける。
その言葉に、リュカたちDクラスもハッと我に返った。
「……行くっすよ!一刻も早く拠点に戻って、先生たちと救助隊を呼んでくるっす!」
「ええ、急ぎましょう!レヴェリア様たちなら、絶対にご無事ですわ!」
残された生徒たちは互いに顔を見合わせると、固く頷き合い、すぐさま踵を返して全力でダンジョンの出口へと駆け出したのだった。




