第37話:勘違いによる粛清を恐れる彼女
王立貴族学園の図書室。
貴重な文献が多数所蔵され、勤勉な生徒が勉強に勤しむその場所に、異様にキラキラとしたエフェクトで満ち溢れた空間があった。
帝国の誇る美貌の皇子ディートリッヒ、美形の最側近ラファエル、王国誇る知的な美男子ドミニク、そして絶世の美少女レヴェリアーー。
なんと彼らは同じマホガニーの長机を囲うように着席していた。
そのあまりの高貴さと顔面偏差値の高さに思わず周囲の生徒たちが息を呑む中、絶世の美少女は胸の内で頭を抱えていたのだった。
(なんで、なんでこんなことになっているのよ……!)
事の始まりは、いつも通りのドミニクとレヴェリアの勉強会だ。
彼らは『共同研究者』として定期的に互いの論文に対する知見を交換していた。
現在ドミニクは『能力主義的登用階層の伝統的官僚機構への統合プロセスと、身分摩擦の解消に関する一考察』。
レヴェリアは夏休みに引き続き『相互利益を前提としない利他的感情が、対象の魔力伝導率および心理的防壁に与える向上効果について』という内容の論文を執筆していた。
彼らは向かい合わせに座り静かに文献を漁っていた。
そんな時、思わぬ人物から声がかかった。
「ドミニク殿ではないですか。奇遇ですね。私もこの区画の文献に用があったのですが、あいにく他の席が塞がっておりまして。隣に座っても?」
「ラファエル殿、勿論です。ちょうど貴殿のお話を伺いたいと思っておりました」
ニルヴァス帝国からの留学生、ラファエル・ヴァン・レヴェンタールである。
レヴェリアは昨日に引き続きの遭遇である。
しかし、彼女は自身の文献に没頭しており、彼がドミニクに声を掛けたことに気づいていなかった。
ラファエルがその隙を逃すはずがない。
彼はレヴェリアの正面――つまりドミニクの隣へと優雅に腰を下ろすことで、ごく自然な動作で『レヴェリアの隣の空席』を主君のために確保したのである。
そこへ、ドミニクから現在執筆中の論文テーマに直結する、一切の遠慮がない鋭利な問いが投げかけられたのだった。
「ニルヴァス帝国は先代の際に複数回の覇業を経て大陸一の大国と成りましたね。その際、大きな功績を上げた者に爵位を献上したと聞いております。彼らは平和となった今、どのような形で旧貴族層との権力均衡を保っているのでしょうか?武功のみで成り上がった新興貴族が、平時の法整備や領地経営において保守的な旧体制と軋轢を生まないとは到底思えませんが」
ドミニクからの突然の問いに一瞬面食らったラファエルだが、直ぐにいつもの涼やかな微笑みを浮かべ直すと帝国の若き頭脳として淀みなく答えてみせた。
「帝国は、武功で叙爵された新興貴族には実務官僚としての道を、旧貴族には伝統的な権威の保持を、という形で役割を分けることで均衡を保っております。能力主義と血統主義を、領域で棲み分けさせるのです」
「成程、さすが考えられておりますね。……ちなみに滅ぼされた国々の『旧支配層』はどのような処遇なのです?」
「……それは、また別の問題です。覇業で併合した国々の旧王族・旧貴族は、帝国の身分制度には組み込まれません。彼らは『被征服者』として、別の階層に置かれております」
二人の間に、一介の学生同士とは思えないような、国家の根幹に関わるヒリヒリとした知的な緊張感が張り詰めた、その時だった。
「アステリアの未来の宰相殿は、我が国に随分興味を持ってくれているようだな」
カツ、カツと靴の音を響かせやってきた男こそ帝国の第三皇子ディートリッヒ・ヴォルフ・ヴァン・ニルヴァスだ。
彼は優雅な足取りで彼らの座る長机へとやって来ると、自然な仕草でラファエルが空けた『レヴェリアの隣の席へ』座った。
「これはディートリッヒ殿下……。星誕祭以来ですね、ご無沙汰しております」
「畏まらないで良い。君の質問内容は実に的を射ている」
彼は白く長い指を交差させ、ドミニクを真正面から見つめた。
「正直なところ我が帝国の均衡は、決して美しいものではない。武力で奪った土地と、武功で得た爵位。その上に築かれた繁栄は、常に『奪われた側』の不満を、力で抑えつけることで成り立っているからな。新興貴族と旧貴族の軋轢など、被征服地の怨嗟に比べれば、些細なものだ」
そう述べる彼の顔にはいつもの如く柔和な微笑みが浮かんでいたが、その眼はどこか真剣さを帯びていた。
「殿下、他国の優秀な公子をからかうのはほどほどになさってください。……ドミニク殿、我が主君は少々言葉を大袈裟にするきらいがありましてね。実際には、新たな法整備により不満も随分と緩和されております。これ以上の深入りは、またの機会ということで」
「おっと、すまない。少し口が過ぎたな」
ディートリッヒは優秀な側近の制止に肩をすくめると、チラリと隣に座るレヴェリアを横目に見た。
(ふ、さすが隣の甘い会話をBGMに参考文献30冊を読むだけある。この集中力こそ彼女の魔力運用の源か)
そう、今日の皇子の思惑は、彼の圧倒的な頭脳と知識を用いて彼女の論文に貢献し、あわよくば共に同じ参考文献を読むなどして物理的距離を縮める、というものだ。
彼はゆっくりと魔導書を捲りつつその機会を狙っていた。
そして次の瞬間、ついにレヴェリアが僅かに顔を上げ、小さく息を吐いたのだった。
過集中から脱した彼女は隣の席に誰かが座っている気配を感じ、ふと視線を流した。
するとそこには……。
「ふふ、お邪魔しているよ」
と微笑む、絶世の皇子の姿があった。
(どっ……どひええええええええ!!!!)
突然目の前に現れたSSSランクの美し過ぎる顔面に思わず目が眩み叫びそうになるのを堪えつつ、彼女はなんとかポーカーフェイスを保ったまま軽く会釈した。
それに気をよくしたディートリッヒは、追撃するように彼女に問いかけた。
「アロイスから、君は研究内容を学会で発表するほどの才女であると聞いている。差し支えなければ君の新たな論文を読ませてもらえないか?」
レヴェリアは戦慄した。
危惧すべきは自身の論文の内容についてである。
『相互利益を前提としない利他的感情が、対象の魔力伝導率および心理的防壁に与える向上効果について』という大層なタイトルであるが、ノエルのエレインへの無償の愛に感動したことが執筆動機であり、図らずしもその内容は『政略結婚より恋愛結婚の方がみんな幸せになれるのでは』という思想を孕んでいた。
(そ、そそ、そんな……!皇位継承権持ちの皇子に『恋愛感情が魔力に与える影響』なんて論文を読まれたら、何を勘違いされるか分かったものじゃないわ!『恋愛結婚の推奨』だとか、『玉の輿を狙っている不届きな男爵令嬢』だとか思われて、粛清されちゃわない!?そんな気は全くないんです本当です!!どうしようどうしよう……!)
レヴェリアが身分制度の秩序崩壊のトリガーとして危険視され処される未来に冷や汗を流し身を固くしているとーー。
よく通る鈴のような声が響いた。
「ドミニク様、お茶を淹れましたわよ」
「エレイン様、いつもありがとうございます。ぜひ一服させていただきます」
エレイン・ド ・ベルクロア公爵令嬢である。
彼女はドミニクの周囲を一瞥すると、パッと表情を切り替えた。
「あらあらあら。珍しい方がいらっしゃるわね」
彼女は扇で口元を隠し、目を細めた。
「可愛い仔羊さん、マゼラン先生がお呼びでしたわよ。なんでも廊下を走っていらした件で」
「ほ、本当ですか!!今すぐ行かなければっ!!皆様、私はこれにてお暇させていただきますっ!」
「あ、ちょっと」
これ幸いとばかりに光の速さで離脱するレヴェリア。
(エレイン!!ナイス!!!恩に切るわ!!)
そしてエレインの後ろ姿へ親指を立て、これまでにないほど親愛の情を抱いたのである。
ちなみにマゼラン先生が呼んでいるというのはエレインの作り話であったが、全速力でマゼランの元へ向かったレヴェリアはその場で摘発され、旧講堂の床磨きを命じられる羽目になったのだった。
「殿下、宜しければご一緒にお茶をいかがですか?私たち、この時間は生徒会室で当領地で採れたハーブティーを飲んでおりますの」
悪役令嬢はパチリと扇を閉じ、帝国が誇る超絶美形の皇子を前にしても一切臆することなく、不敵な笑みを浮かべてみせた。
「いや……結構」
第三皇子はそれどころではなく、たびたび邪魔が入り彼女との仲が発展しそうにない現状を前に、自らの『隠しキャラ』としてのスチル回収難易度の高さに、心の中で頭を抱えたのであった。




