第33話:彼女たちのジャイアントキリング
宙に浮いた『流れ星の欠片』が、まるでDクラスの敗北を告げるカウントダウンのように淡く瞬いた。
「終わりだ」
Aクラスの要であるルシウスの杖の先に、これまでの比でない圧倒的な魔力が収束した。狙うはDクラスの陣形崩壊の元凶であり、現在完全に無防備になっている固定砲、イザベラだ。
(あ……っ)
イザベラは迫りくる恐ろしい魔法衝撃の予感に、足がすくんで動けなかった。
自分の驕りのせいでチームが危機に陥り、自分自身がトドメを刺されようとしている。
絶望的な後悔に瞳が揺れた、その瞬間―—。
「私たちの矛は、あなたよ。イザベラ様!」
轟音が鳴り響く。
ルシウスの放った最大火力の閃光が着弾し、闘技場を揺るがす爆発が起きた。
しかしーーイザベラは無傷だった。
そして。
彼女目の前には、ルシウスの魔法を真っ向から受け止め、防刃マントを靡かせながら仁王立ちする華奢な背中があった。
「レ、レヴェリア……!?」
「はあ、間に合った!流石に今のはちょっとびっくりしたわね」
レヴェリアは顔に付いた煤を払いながら、イザベラに笑いかけた。
チート級の耐久力を持つ彼女は、驚くべき瞬発力でイザベラの前に割り込み、己の肉体を盾にしてルシウスの絶望的な一撃を完全に防ぎ切ったのだ。
その頼もしい背中越しに、イザベラはこれまで見えていなかった光景を見た。
ボロボロになりながらも前線を維持していたリュカは、ただ防戦一方だったわけではない。彼はわざと防御の隙をさらし、フェリクスの踏み込みを深く誘導することで『姿勢を崩させていた』。
魔力切れ寸前のテオドールは、最後の一握りの胞子を空に撒き、Aクラスの絶対的な防御であるノエルの視界を『ほんの数秒だけ遮っていた』。
そして、かすり傷を負ったアイーダは、自分の痛みに構うことなく杖を構え、イザベラが魔法を放つ瞬間に最高のバフをかけるべく『極限の集中状態で待機していた』。
(みんな……私に、『私が最も撃ちやすい一瞬』を作るために、耐えてくれていたというの……!?)
自分の魔力の高さに驕り、自分の本当の居場所はここじゃないと心で叫びながら、独りよがりなタイミングで魔法を打ち続けていた自分。
チームを信じず、見ようともせず、孤立していた自分。
それなのに、彼らは誰一人としてイザベラを見捨てていなかった。
イザベラの眦にじわり涙が浮かんだ。
彼女は強く唇を噛みしめ、杖を握り直した。
瞳から驕りと弱さが消え去り、覚悟の光が宿った。
「……指示、お願い。私が合わせるわ」
その一言が合図だった。
Dクラスの歯車に最後のピースが嵌まり、完全に動き出した。
「いくっすよォ!!」
リュカが、姿勢の崩れていたフェリクスの巨体をタックルで豪快に弾き飛ばし、射線を強引にこじ開ける。
「これで最後……頼んだよ」
テオドールが地面に這わせていた最後のツタが跳ね上がり、ルシウスたちAクラスの足元をすくう。
「くっ……バリアを展開する!!」
最後方のノエルが焦燥に顔を歪め、急いで多重防御の魔法詠唱に入る。
だが、テオドールの目くらましによって生じた遅れが、彼に『展開前のコンマ数秒の隙』を与えてしまっていたのだ。
「今ですわ、イザベラ様!!」
アイーダの神がかったバフが、光の粒子となってイザベラの杖に宿る。
イザベラは、もはや無駄な大ぶりの詠唱などしなかった。
仲間の作ってくれたこの奇跡のような一瞬に、一切の無駄を省いた最大火力の魔法を叩き込む。
「【ステラ・レイ】!!!」
放たれた一筋の閃光。それは、彼女がこれまで放っていた度の魔法より、細く、鋭く、美しかった。
ドゴオオオオオン!!!
展開途中だったノエルのバリアが、まるでガラスのように粉砕された。
そのまま極大火炎魔法の余波がAクラスの陣営を直撃し、絶対王者の体勢が完全に崩れた。
「さあ、反撃の時間よ!!」
陣形が崩れたAクラスに対し、今まで防戦一方だったレヴェリアが遂に牙を剥く。
カンストしている全能力を開放した彼女は、まっすぐに地を蹴り、立ちふさがるAクラスの前衛たちを物理的な突進で次々と吹き飛ばした。
「アイーダ様、欠片を!」
「はいっ!」
宙に浮いていた『流れ星の欠片』をアイーダが再び掌に載せ、レヴェリアの拓いた道を全力で駆け抜ける。
「させるか……!」
体勢を立て直したルシウスとアロイスが、アイーダに向けて反撃の魔法を放とうと杖を構えた。
だが。
パァンッ! バァンッ!
「なにっ!?」
「くっ……!」
ルシウスの足元が爆発し、アロイスの杖が弾かれる。
完全に連携を取り戻したイザベラによる、的確な援護射撃だった。
彼女はもはや単なる固定砲台ではない。アイーダの歩みを進めるために、敵の反撃の芽を次々と摘み取る最強の守護神だ。
「くっ!!まだだ!」
ルシウスが苦し紛れに放った特大の魔力弾が、最深部へ走る彼女たちに襲い掛かる。
しかし。
「えーーーいっ!!」
パアアアアンッ!!!
レヴェリアは純粋な身体能力による右ストレートで、その特大魔法を物理的に粉砕した。
魔法弾の弾けた光がキラキラと舞い散る中、アイーダは敵陣の最深部、Aクラスの『星見の塔』の台座へと飛び込んだ。
そして、アイーダが台座に『流れ星の欠片』を押し込んだ瞬間ーー。
闘技場全体を眩い星の光が包み込み、同時に試合終了を告げる甲高いブザーが鳴り響いた。
「勝者、Dクラス!!!」
審判の絶叫に近い宣言が響き渡ると、一瞬の静寂の後、闘技場は爆発的な歓声と熱狂の渦に包まれた。
学園の歴史上で初めて、底辺であるDクラスが絶対王者であるAクラスを公式戦で打ち破ったのだ。
「はぁ……はぁ……っ、やった、やったっすよ……!」
「あー……死ぬかと思った……」
リュカとテオドールが、魔力切れと極度の疲労でその場に大の字に倒れ込む。
アイーダも台座の横でへたり込み、安堵の涙を浮かべていた。
「ふふふ、計画通り完璧な作戦勝ちね!」
その中央で、ただ一人無傷のレヴェリアが、埃を払いながら満足げに胸を張る。
そして、イザベラは。
彼女は自分の震える両手を見つめた後、ゆっくりと顔を上げた。
視線の先には、同じように息を切らしながらも、自分に向けて親指を立てる仲間たちの姿があった。
「……ええ。悪くない気分だわ」
イザベラは、初めて仲間たちと真っ直ぐに視線を交わし、誇らしげな、けれど少し照れくさそうな微笑みを浮かべた。
それは、没落した名門の令嬢が、真の意味で『Dクラスというチーム』の一員になった瞬間だった。




