第34話:見当違いな声援で闘技場を焼け野原にする彼女
「嘘だろ……!?本当にDクラスが勝ったぞ!!」
「うおおおお!見事なジャイアントキリングだ!!」
「いや、Aクラスも相当やばかったぞ。どうなってるんだ今年の一年は……」
闘技場が揺れるほどの歓声の中、Dクラスの陣地はお祭り騒ぎとなっていた。
リュカとテオドールが肩を組み合い、アイーダが嬉し泣きをしながらレヴェリアとイザベラに抱きつく。イザベラは相変わらずそっぽを向きながらも、しっかりとその手はアイーダとレヴェリアに回っていた。
(ふっふっふ、これで私の就職に向けた実績がまた増えた……!この調子でいけば高級官僚への推薦だって夢じゃないわ!)
ヒロインを卒業し、超現実的思考を取り戻したレヴェリアは輝かしい卒業後進路を想像して悦に入っていた。
「お見事だった、Dクラスの諸君」
そこへ歩み寄ってきたのはAクラスの面々だった。
彼らは砂埃を払いつつ、負けたと言うのにどこか清々しい表情をしていた。
「個々の魔力で優っていた我々が、まさかあそこまで陣形を崩されるとは。君たちのような精鋭と剣を交えられたことを誇りに思う」
潔く負けを認め、Dクラスの健闘を讃えるルシウス。
その姿は原作の高圧的な俺様王子とは明らかに異なっており、レヴェリアは感慨深い思いで彼を見つめたのだった。
(オープニング日から思っていたけれど。エレインと関わったことで貴方も随分変わったのね)
以前だったら一目散にアピールをしてスチルチャンスを狙っていたはずのレヴェリアは、極力視界に映らないよう後方に移動すると一人のモブ令嬢として静かな微笑みを浮かべていた。
「リュカーっ!お前、すっごかったなぁ!!また腕が上がったんじゃないか!?」
「いやーフェリクスさんの剣の重さ半端なかったっすよ。もっと精進するっす」
フェリクスが大きな声でリュカに近付き、豪快に肩を叩く。
「素晴らしい連携でした。特にイザベラ嬢の最後の砲撃……タイミングといい威力といい、完璧な芸術でしたよ」
「最後の陣形崩しは見事だったね。まんまとやられたよ」
「ふんっ、まあ貴方たちの防御も悪くはなかったわ」
眼鏡を押し上げたドミニク、肩をすくめたノエルが、アイーダとテオドール、そしてイザベラを賞賛する。
勝敗を越えて互いの健闘を讃え合う、これぞ青春の1ページ。
「レヴェリア嬢」
空気に徹していた彼女に声をかけたのは帝国の高位貴族、アロイスだ。
「相変わらず、素晴らしい立ち回りでした。あなたの防御力にはダイヤモンドも及ばないことでしょう」
「ありがとう、アロイス様。あなたの魔法もさすが洗練されていたわ」
にこりと微笑みつつも(帝国の公爵子息……!)とノエルに聞いた彼の身分を思い出し、失礼にならない程度に距離を取るレヴェリア。
「ところで、もうすぐ上司の試合の時間です。確か観戦されるご予定と聞きましたが」
「え、もうそんな時間なの?急がなきゃ!」
レヴェリアはチームメイトたちに「先に抜けるわね!」と短く言うと、意気揚々と観客席へと駆け出していった。
***
「次は三年生選抜・帝国留学生チームの入場です!」
レヴェリアがホットドッグと果実水を両手に抱えて観客席の最前列に陣取った頃、闘技場には新たな選手たちが姿を現していた。
「ええっと、情報屋はどこかしら……あ、いた」
レヴェリアの視線の先。
そこには、いつもの音楽室で着ているのと同じ『目深に被ったフード付きのローブ』を身に纏った長身の青年が立っていた。
そして、そのフードの青年のすぐ隣には――。
「……ッ!!」
闘技場が、ドッとどよめいた。
歩いてくるだけで周囲の空気を支配するような、圧倒的な覇気と美貌。陽光を弾く白銀の髪に、冷たくも美しい金灰色の瞳。
美術館の彫刻も霞むほどの、完成された『超絶美形』がそこにいた。
『――紹介しましょう!今宵の特別ゲスト、ニルヴァス帝国第三皇子、ディートリッヒ・ヴォルフ・ヴァン・ニルヴァス殿下です!!』
実況の言葉に、女子生徒たちの黄色い悲鳴が爆発する。
「うわぁ……!」
レヴェリアも思わず感嘆の声を漏らした。
「太陽の元で見るとますます光り輝いて見えるわね。さすが隠しキャラだわ」
レヴェリアは、星誕祭の際に遠目で見たディートリッヒの顔を、たった今はっきりと認識した。
そして今、彼女の目には、彼らの狙い通り『美しき第三皇子』と、『いつものフードを被った青年』が、全くの別人物として映っていた。
(情報屋ったらあんな凄い人と同じチームなのね!というかやっぱり帝国の人だったんだ……!)
レヴェリアは星誕祭でアロイスが帝国出身と知って以来ぼんやりと抱いていた疑問が一つ解決して胸の空く思いがした。謎に包まれた彼のことを少しでも知ることが出来て嬉しかったのだ。
彼女は清々しい気持ちのまま観客席から身を乗り出し、両手を口の周りに当てて、ありったけの大きな声で叫んだ。
「情報屋ーーっ!!応援してるからねーーっ!!」
彼女の透き通る声は、魔力拡声器がなくとも、静まり返る前の闘技場にピンポイントで響き渡った。
ピタリ、と。
闘技場の中央を歩いていた二人の青年の足が止まった。
フードを被ったラファエルは、ビクッと肩を震わせ、その隣に立つ『真の情報屋』であるディートリッヒは――。
「…………」
無言のまま、ゴゴゴゴゴ……と、闘技場全体を凍りつかせるような凄まじい殺気と魔力を醸し始めたのだ。
「殿下……お怒りをお鎮めください」
「怒ってなどいない。ただ……少しばかり、世界の理不尽を嘆いているだけだ」
ディートリッヒの金灰色の瞳が、観客席で無邪気にフード(ラファエル)に向かって手を振る愛しの少女を捉える。
(俺が……『俺』の姿を隠すためにラファエルにフードを被せたばっかりに……彼女の応援が、隣の男に注がれているだと……?)
完全なる自業自得。
身分を隠すための完璧な偽装が、ここに来て最悪の形で己の首を絞めていた。
「ラファエル。お前は後ろに下がっていろ。……指一本動かすな」
「御意。……どうぞ、ご無事で(対戦相手が)」
ディートリッヒは一歩前へ出ると、対戦相手である三年生の精鋭チームを、絶対零度の瞳で見据えた。
「――開始ッ!!」
審判の声が響いた次の瞬間。
ドゴォォォォォォォン!!!!
ディートリッヒの杖から放たれた極太の雷撃が、闘技場の地形を丸ごと抉り取りながら敵陣を蹂躙した。
詠唱破棄。戦術皆無。ただ純粋な『八つ当たり』とも言える圧倒的な暴力が、相手の上級生たちを一瞬にして消し炭(気絶)に変えたのだ。
「ええええええええ!?」
「開始一秒!?なんだあの魔法!?」
観客席が悲鳴と驚愕に包まれる中、レヴェリアは目をキラキラと輝かせて拍手を送っていた。
「えーっすごい!!ディートリッヒ殿下、一人で全員倒しちゃった!!」
そして、後ろでフードを被ったまま棒立ちになっていたラファエルに向かって、再び大きく手を振る。
「情報屋!何もしてないけど勝ててよかったね!おめでとー!」
「…………ッ!!」
ギリィッ!と、闘技場の中央でディートリッヒが強く奥歯を噛み締める音がした。
今すぐ目の前に行って「俺が情報屋だ」と叫びたい衝動を、帝国の皇子としての理性で必死に押さえ込む。
(……くっ。近いうちに必ず、俺が『ただの雲の上の人』ではないことを、あいつに分からせてやる……!)
星紡ぎの陣の熱狂の裏で。
帝国最高峰の頭脳と権力を持つ第三皇子は、嫉妬と苛立ちに塗れながら、男爵令嬢捕獲ルートの実行スケジュールを大幅に前倒しすることを固く決意したのだった。




