第31話:今更ヒロイン力を手に入れた自認モブ令嬢の彼女
新学期が始まった。
9月のメインはなんといってもアステリア王立貴族学園伝統のクラス別対抗イベント『星紡ぎの陣』である。
一つの目標物を巡って、チーム全員が固まって動く重厚な総力戦だ。
この世界の貴族社会において、魔力と家柄は比例する。そのため通常であれば、最上位貴族が集まるAクラスが盤石の強さで順当に優勝をさらうのが常識であった。
しかし、今年の一学年は少し様子が違っていた。
「練習試合でDクラスがBクラスを打ち破ったらしい!」
「は?!そんなことある!?魔力量段違いのはずだろ?」
「いや、それがトップクラスの魔力持ったやつが2人いるんだって!さらに達人みたいな補助魔法の使い手に、学園最高峰の騎士見習い、錬金植物学のスペシャリストがいて凄く厄介な妨害してくるらしい」
「それ本当にDクラス!?」
ざわざわ、と一年の間で噂が駆け巡る。
そんな中、Aクラスの選出メンバーであるノエル、フェリクス、ドミニクもまた、その『伏兵』の情報を耳にしていた。
「ふふ、さすが僕の裁縫士。話題になっているね」
「リュカのやつ、ああ見えて相当強いからな。それでいてレヴェリアが盾役するんじゃ攻防隙なしだろ」
ドミニクは冷静に、集めたデータを分析する。
「先代の政争で敗れたフロレンティア家のご令嬢もいるそうです。彼女は我々と同じか、あるいはそれ以上の魔力を持っている。……侮れませんね」
ルシウスが鋭い眼差しで闘技場の展開図を見つめる。
「そんな伏兵がいるとはな。結果が分かりきった試合より余程面白い。しかし、我々が負けるわけにはいかないぞ」
そして、本来ならばそこにいるはずだったレヴェリアの代わりに、Aクラスの選出メンバーとして凛と立つ青年がいた。
「祖国に恥じない動きをいたします。ルシウス殿下、何なりとご命じください」
ニルヴァス帝国公爵子息であるアロイス・ヴァン・レヴェンタールだ。
傍らでは、エレインが柔らかな笑みを浮かべていた。
「みなさま、頑張ってくださいませ」
彼女は公爵家令嬢として高い魔力こそ持っているものの、鍛錬を怠ってきたため、実戦には向かない。
しかし、甘い言葉と巧妙な心理誘導で男たちの闘志を底上げするという彼女ならではの立ち位置を確率していた。
役者は揃いつつある。
***
放課後、第二音楽室。
まだ夏の湿り気を孕んだ熱風が、開け放たれた窓から吹き込んでいる。
夕日が部屋全体を茜色に染める中、ガラリとドアが開いた。
「情報屋!久しぶり!」
嬉しそうに飛び込んできたのはレヴェリアだ。
「久しぶりって昨日も話しただろう」
「だって会って話すの久しぶりじゃない!ふふ、通話するのも楽しかったけどこうして話すのが一番ね」
彼女は満面の笑みを浮かべ、無邪気に椅子に腰掛けた。
(くっ!!!なんなんだこいつ、ヒロインやめた途端突然ヒロイン力がカンストしてるじゃないかっ!!)
情報屋――ニルヴァス帝国第三皇子ディートリッヒは、仮面の下で深刻なダメージを受けていた。
聖誕祭の一件以降も通信を重ねて絆は深めた。
しかし、レヴェリアは『自認ヒロイン』を辞めた結果、逆に高位貴族という存在を『関われば命の危険があるバッドエンドフラグ』と認識してしまったため、彼は徹底して正体不明を貫くという、高度な防御線を張っていた。
「でね、対抗戦の作戦が本当に上手くいってて……あ、そうそう! 情報屋は『星紡ぎの陣』には出る?」
「ん、普通に出るが」
「えっ本当!?応援しに行くね!」
「……」
(は?やばい、あまりの尊さに意識が飛んでいてうっかり答えてしまった)
彼は戦慄した。
正体を隠している現状、どうしたら良いというのか。
(今、正体がバレる訳にはいかない。なんとかしなければ……!)
***
「……はぁ。それで私に本番の時これを着ろと言うことですか?」
「頼む、ラファエル。お前が頼りなんだ」
「……構いませんが。その代わり、手を抜くのはやめてくださいよ」
「無論だ」
ため息混じりにフード付きローブを受け取ったのは、ラファエル・ヴァン・レヴェンタール。ディートリッヒの最側近であり、アロイスの実の兄である。
帝国の皇子は、その秀麗な顔に深い愁いを浮かべながら、星誕祭とは別の意味で『負けられない戦い』へと準備を整え始めていた。




