第30話:恋愛フラグが立たない彼女と高貴な彼
『お父様は名誉男爵だから爵位は継げない訳だし、最近は進路についても考え出したのよ。今のところ騎士団、官僚、ブティック辺りを検討しているわ――』
「どうしてそうなるんだ。自称ヒロインから目を覚ましたと思えば今度はとんだ超現実主義者になってしまったではないか」
「思うに、殿下は身分を明かすタイミングを間違われたかと」
貴族学園の他国の王族用の特別寮。
その最上階に位置する部屋のソファで、絶世の美男子が頭を抱えて項垂れていた。
それに声をかけるのは同じく美形の貴公子。
「現状を踏まえるに、殿下が身分を明かした瞬間『一介の男爵令嬢が恐れ多いです』となり、返って距離が開いてしまうと思われます」
「……言われなくても分かっている」
アロイスは星誕祭でのレヴェリアとのやり取りを冷静に分析して主君に応えた。
彼らはこれまで乙女ゲームや逆ハーレム、イベントにスチルと言った本来認識するはずのない価値観を規定外の頭の回転の速さと柔軟な思考力で、いとも容易く現状の前提条件として受け入れていた。
ディートリッヒはその上で男爵令嬢の突飛な思考回路に振り回されている現状を嘆き、大きなため息を吐いた。
帝国の皇后から生まれた唯一の皇子という絶対的な政治的地位と、誰もがひれ伏す美貌と才能。これまで彼は、それらを武器として(あるいは忌まわしい枷として)生きてきた。
しかし、レヴェリアの価値観が180度転換してしまったことにより、それらのステータスは『一介の男爵令嬢が恐れ多いです案件』のオーバースペック、もしくは『関われば命の危険(暗殺)があるかもしれないリスク高すぎ案件』を意味するバッドエンドの象徴でしかなくなってしまったのだった。
「あの極端な男爵令嬢め……。これまで散々謎の作戦を練ってはルシウスと知り合う機会を練っていたくせに、突然『高位貴族はリスクが高すぎる』と全方位の恋愛フラグを自らへし折りにくるとは……!これでは俺が近づく隙すらないじゃないか!」
「ですが殿下。レヴェリア嬢がヒロインの座を降りたことにより、彼女が攻略する意図を持ってアステリアの公子たちと接すること、そしてルシウス王子に近付く動機はなくなりました。毎晩殿下と晶石で素の会話をしている現状、殿下が一番彼女の近くにいると言えるのでは?」
アロイスが冷静にフォローを入れるが、彼の眉間の皺は深く刻まれたままだ。
「近くにいるのが『謎の情報屋』としてでは意味がないだろう。大体なんだ、あの『騎士団でメインタンクになる』というふざけた進路希望は。俺が裏から手を回して入団試験を不合格にでもしてやろうか」
「それはおやめください。今の彼女のカンストした物理装甲と魔法耐性を真っ当に弾き返せる面接官は、アステリアの騎士団はおろか、我が帝国軍にもそうそうおりません。下手に手出しをして彼女の進路を不自然に塞げば、今度は本当にランカスター公子と組んで『ブティックの設立』を目指しかねませんよ」
今夜の舞踏会で、ノエル・ド・ルヴィエールにエスコートされ、親しげに『業務連絡』をしていたレヴェリアの美しい姿を思い出し、ディートリッヒはギリッと奥歯を噛み締めた。
よりにもよって、自分が手も足も出せない公の場であんなに完璧なドレス姿を披露するなど、目に毒にも程がある。
「……アロイス。当面の間、俺の身分は伏せておけ。あの晶石の通信だけが、今の俺が彼女の素顔に触れられる唯一の生命線だ」
「御意。……しかし殿下、いつまでも『ただの情報屋』のポジションで甘んじていると、本当に彼女は殿下の手の届かない高み(あるいは物理的な最前線)へと行ってしまわれますよ」
痛いところを的確に突かれ、美しき帝国の皇子は再び深々とため息を吐いた。
絶対的な権力を持つ自分が、一介の男爵令嬢に正体を明かすことすらできず、『正体不明の情報屋』として夜な夜な他愛のない会話に一喜一憂している。
なんという皮肉だろうか。
(……だが、絶対に逃がしてやるものか)
窓の外に広がる王都の星空を睨みつけながら、第三皇子はレヴェリアをどうやって安全に自分の腕の中に囲い込むか、帝国の誇る最高峰の頭脳をフル回転させて、かつてないほど真剣に『男爵令嬢の捕獲ルート』を練り始めるのだった。




