第3話:ヒロイン、時速30kmで爆散する
王立貴族学園の裏庭。レヴェリア・ブランシェールは茂みの陰で一人の男子生徒に銀貨を握らせていた。
「……で、今日のルシウスの出現ポイントはどこ?」
「本棟の北西のあの曲がり角。時間は朝の予鈴が鳴り終わった直後だ。今日は風紀委員の巡回ルートから外れているから、思う存分『遅刻ダッシュ』とやらができる」
銀貨を懐にしまいながら、深くフードを被ったモブ生徒――通称『情報屋』は、銀細工の懐中時計を一瞥すると無造作にパチンと閉じた。
「完璧ね。今日こそ絶対に【曲がり角でぶつかって☆ハプニング】イベントを成立させてみせるわ!」
「はいはい、頑張れよ。せいぜい派手に散ってこい」
飄々と手を振る情報屋を背に、レヴェリアは気合を入れる。
そう、彼女は決して神シナリオを諦めてはいなかった。
レヴェリアの目的はただ一つ。
完璧なヒロインとして前世で愛してやまなかったエタラバのエモさあふれる最高シチュエーションのイベントを発生させ神絵師作画の美麗スチルを余すところなく回収することだ。
そのためには多少の犠牲は厭わない。
彼女は鞄から、あらかじめ用意しておいた8枚切りの食パン(こんがりキツネ色)を取り出し、口にくわえた。
「もごもごっ!(いっけなーい、遅刻遅刻ぅ!)」
イベント発生の必須条件であるセリフを心の中で叫びながら、レヴェリアは茂みから出て猛ダッシュした。
狙うは北西の曲がり角。速度が足りなければ王子とぶつかった時の衝撃が弱く、綺麗なスチルにならない。彼女は助走をつけて一気に加速し、時速30キロ(推定)のトップスピードに乗った。
そして、運命の角!
「もごーーっ!!」
ドンッ!!!!
完璧なタイミング、完璧な角度。レヴェリアは確かな手応えとともに、目の前の人物と激突した。
よし、これでルシウスと地面に倒れ込み、顔が急接近する美麗スチルが――!!
「……きゃっ」
「痛っ……」
地面に尻餅をついた彼女の視界に飛び込んできたのは、ルシウスのサラサラな紺碧の髪……ではなく、
白髪にモノクルを掛けた厳格な紳士である学年主任だった。
「アッ!!!マゼラン先生!!」
「また君かね、レヴェリア君」
「ひぃぃぃ!!申し訳ありません申し訳ありません!!!」
「謝って済んでは王都の騎士団はいらんのだよ。罰として旧講堂の床磨きをすること」
「そんなぁぁぁぁ!!!」
打ちひしがれるレヴェリアの横を、ルシウスとエレインが優雅に通り過ぎていく。
***
放課後の第二音楽室。
金髪碧眼の美少女が涙目で、フードを深く被った男に詰め寄っている。
「情報屋っ!話が違うじゃないの!おかげで旧講堂の床はピッカピカよ!じゃなくて、またイベント逃しちゃったじゃないのーー!!」
「いや、あれはおたくの足が速すぎたんだ。ワンテンポ遅ければルシウス王子とぶつかれていただろう?」
「私が俊足のせい!?理想のヒロインになるために走り込んだせいかしら!?」
涙目で俊足を嘆くレヴェリアを前に、情報屋はやれやれとため息を吐いた。
彼は通称『情報屋』。
『Eternal Lovers』でヒロインに各キャラの好感度や攻略ルートのヒントをくれる、謎の攻略支援役だ。
オープニングと魔力測定式で爆散したレヴェリアが真っ先に頼ったのが彼だった。
Aクラスに編入できなかった今、頼れるのは彼の情報だけなのである。
「あの……恐れ入りますが、情報屋さん……で合ってますか?私レヴェリアと申しまして、一応本作品のメインヒロインなんですけれども……」
自信を失ったレヴェリアは、ごく控えめ且つ腰を低くして、それでもパニック故に常人が聞いたらドン引きするメタ発言をかましていた。
「は?メインヒロイン?君は一体何の話をしている?」
ドゴォォォン。
さすがのレヴェリアも彼の無慈悲な、あまりにも真っ当な反応に頭が割れるようなショックを受けた。
「そ、そうなりますよねトホホ……。ごめんなさい、忘れてください」
朝から累積ダメージを受けたところに致命傷を負い、とぼとぼと帰路に着こうとした。
その時。
「あーいや……情報屋ってのは、合ってはいるか」
ピタッ。
「この学園のことなら、大体、把握しているからな」
レヴェリアの動きが止まり、ギギギっと顔が情報屋へと向いた。
(情報屋ってのは、合ってはいるか)
(情報屋ってのは、合ってはいるか)
(情報屋ってのは、合ってはいるか……)
彼女の頭の中で彼の気だるげな声が何度も反芻する。
「あ、あな、あなたっ!ちゃんと情報屋……なのね!?」
「あ、ああ……まぁ、そう呼んでくれて構わないが」
リンゴーン!!!
レヴェリアの頭の中で祝福のベルが鳴った。
(((ちゃんと……ちゃんと『Eternal Lovers』してるキャラがいたーーーっ!!!)))
レヴェリアは鍛え抜かれた俊敏な身体で即座に情報屋の元に駆け寄ると、彼の両手をがっしり掴んで神に祈るように目を閉じた。
「うっうっ、あなたに会えて嬉しい!情報屋!あなたが頼りなのよぉぉぉっ!!!」
「よ、よく分からないが、なに。……おたくがそんなに欲しかった情報って一体何なんだ」
待ってましたとばかりにレヴェリアの目に光が灯る。
エタラバにおける絶対的な味方(というか攻略支援役)であり、10週以上プレイした彼女にとってもはや実家のような存在である情報屋。
そんな彼が原作通りの役割を担っている事実に、消えかけていた彼女の闘志は見事復活したのだった。
そんなこんなで説明すること小一時間。
「ふーむ、『攻略対象』ねぇ。第二王子ルシウスに筆頭公爵家嫡男ノエル、宰相の子息ドミニク、騎士団長の子息フェリクス……見事に学園のカーストトップなやつらだな」
レヴェリアによる「落ち着いて聞いて……この世界は私が前世でプレイした乙女ゲームの世界なのよ」という絶対落ち着いて聞けない説明をなんとか咀嚼した彼女の救世主は、顎に指を当てながら呟いた。
そして祈るような姿勢で熱い眼差しを向けるレヴェリアを前にしばらく沈思黙考した後、ふっとその端正な口元を緩めたのだった。
「ま、いいか。面白そうだし、手を貸してやるよ」
「ほっ本当!?」
なんとも軽い彼の言葉に歓喜の声をあげるレヴェリア。
スチル回収に欠かせないパートナーとして絶対の信頼のおける情報屋が、自分の味方になってくれたのだ。
これで勝てる!!!と彼女は強くガッツポーズをした。
「ただし、無賃じゃ請け負わないからな。……ちゃんと対価を払えよ?」
「もちろんっ!なんたって成金の娘ですから!」
意味深な彼の言葉に胸を張って答えるレヴェリア。
情報屋はその返答を聞いて、呆れながらもどこか楽しげにニヤリと口角を吊り上げた。
こうして、アホなヒロインとちゃっかり者の情報屋による、前代未聞の共同『スチル回収大作戦』が幕を開けたのであるーー。




