第28話:見えない殺意と、彼女の最適化された日常
無事、ドミニクとの学会発表が終わった次の日の朝。
いつもながら豪奢な朝食の並べられたブランシェール家に、珍しく緊張が走っていた。
「レヴィ、昨日はアシュフォルト公子と心理学会に出たそうですね」
「ええ、お父様。無事発表を終えて、先生方にもご好評を得てほっとしていますわ。ドミニク様にも大変助けられ、彼との絆も深まりました」
パッと花を咲かせたような顔で答えたレヴェリア。
彼女の頭の中では『優秀な共同研究者とのプロジェクト成功』という達成感しかないのだが、娘を溺愛する父の耳には全く別のニュアンスで響いていた。
「そ、そうですか。……彼は、あなたにとってどういう存在なのです」
「ドミニク様?そうね、(共同研究者として)尊敬できる素敵なパートナーだわ」
「成程……」
そう言うクロードは、めずらしく眉間に深いしわを刻み、手に持った銀のフォークを僅かにひしゃげさせていた。
(彼自身は完璧だ。公爵家の子息であり、素行も学業も素晴らしい。ただ……)
レイヴンは、優秀な部下たちから上がってきた報告書の内容を頭に浮かべる。
(エレイン・ド ・ベルクロア公爵令嬢ーー。報告書によると、アシュフォルト公子は彼女に首ったけのようではないか!我が家の天使に『パートナー』と言わせるほど親交を深めておいて、裏では別の令嬢に熱を上げているだと?いったいどういうつもりだ。場合によっては、たとえアステリアの公爵家であろうと五体満足で済ませるわけにはいくまいぞ……)
知らぬうちにドミニクに忍び寄る、暗殺の危険。
愛娘の笑顔を守るためなら国家権力すら敵に回しかねない男は、静かに冷たい殺気を燻らせた。
(しかし、そうだな。年頃の娘を持つ親として、やむを得ないことだが……今のうちから彼女の将来の相手について、私の方でも本格的に動いておかねばならんな。彼女に相応しい、高貴で誠実な相手を――)
脳裏に様々な思惑を過らせつつ、クロードは娘に極上の笑みを向けたのだった。
***
「おっし、こんなもんすかね!なかなか良い感じに連携取れるようになってきたっす!」
「本日のレヴェリア様も素敵でしたわ……!テオドール様を庇われたときのお姿、さながら天から舞い降りた守護神のようでしたっ!」
「本当にありがとう、レヴェリア嬢。君が前に出てくれなかったら、イザベラ嬢の炎の余波で僕、今頃こんがり焼き上がっていたよ……」
夏休み中、何度か集まって行われているDクラスの『星紡ぎの陣』に向けた合同練習。
王立学園の修練所では、今日も賑やかな声が響いていた。
「ふん。アンタが勝手に私の魔法の軌道に入るからでしょ。……まあ、レヴェリアが頑丈な盾になってくれるおかげで、私も詠唱に集中できるのは認めてあげるわ」
そっぽを向きながらツンデレのテンプレのようなセリフを吐くイザベラに、レヴェリアは微笑みながら額の汗を拭った。
(すっかり私のポジションは『前衛の要』として定着しちゃってるわね。まあ、魔法耐性のおかげでイザベラ様の超火力魔法が直撃しても無傷だから、理にかなってはいるんだけど)
限界乙女ゲーマーとしての常識を捨て、さながらRPGのように最適化された陣形に心地よさすら覚え始めているレヴェリア。
もはやか弱い振りをする必要もなくなった今、彼女は自身の防御力を活かして彼らを守れる立ち位置をひどく気に入っていた。
そんな和やかな休憩時間の中、アイーダがふと思い出したように両手を合わせた。
「そういえばもうすぐ『聖夏星誕祭』ですわね!みなさま、出席されますか?」
「俺は行くっすよ!ビュッフェ形式の軽食の全制覇が目標っすからね!」
「僕はどうしようかな。人が多いところは少し苦手だし、寮で錬金術の釜の番でもしていようかな……」
「私は当然、夜の舞踏会に出席するわ。フロレンティア家の令嬢として、王城のパーティーに顔を出さないわけにはいかないもの。……アイーダは?」
「私も、父の付き添いで末席ながら参加させていただきますわ!……レヴェリア様は、いかがされますの?」
アイーダの言葉に、全員の視線がレヴェリアへと集まる。
プレ・デビュタントを欠席した彼女は、本来ならこうした夜会には縁遠いと思われていたからだ。
「ええっと……実は私、夜の舞踏会に参加することになっちゃったのよ」
「おおっ!女神のドレス姿、絶対綺麗っすよ!」
「まあっ!どなたかエスコートの方がいらっしゃるんですの!?」
目を輝かせるアイーダに、レヴェリアは少しだけ気まずそうに頬を掻いた。
「えっと……ノエル・ド・ルヴィエール様に、エスコートしていただくことになってるの」
ピタッ、と。
修練所の空気が一瞬にして凍りついた。
「「「「はあぁぁぁぁっ!?」」」」
「あの、ルヴィエール公爵家のご令息と!?アンタ、いつの間にそんな雲の上の大物と……っ!」
イザベラが信じられないものを見るような目で悲鳴を上げる。
無理もない。一介の男爵令嬢が、王国内においてトップクラスの権力を持つ筆頭公爵家の嫡男にエスコートされるなど、前代未聞のスキャンダルだからだ。
「ち、違うのよ!これは逢引きとかそういうんじゃなくて、一緒にドレスを作った『パタンナー』と『裁縫士』としての純粋な業務連絡の延長というか、彼なりの親切心というか……!」
「レヴェリア嬢……。世間の貴族社会で、それを業務連絡と呼ぶ人はいないと思うよ……」
しどろもどろに言い訳をするレヴェリアに、テオドールが憐れむような、しかしどこか納得したような遠い目をした。
(やばい。自認ヒロインを辞めた今、高位貴族と交友のある現状がどれだかこの世界の秩序に反しているか、じわじわと身に染みてきたわ)
自己認識の甘さとこの世界の秩序を今更ながら痛感し、思わず身震いするレヴェリア。
(というかそもそも悪役令嬢も転生者って時点で気付けば良かったのよ!こんなの『悪役令嬢ものネット小説』のテンプレじゃない……!むしろこの先生き延びるためにはこっちを参照した方がよっぽど生存率が上がるんじゃない!?)
思考の基準を『乙女ゲーム』から『悪役令嬢もの』へと切り替えた途端、これまで見落としていた致命的なフラグの数々が次々と浮き彫りになっていく。
(前世で読んだネット小説に、高位貴族を誑かした下位貴族令嬢が秩序崩壊のトリガーとして暗殺されるというものがあったわ。正直、現実としては全然あり得る話よね……。まぁノエル様、ドミニク様、フェリクス様とは今さら恋愛関係になんてならないだろうから良しとして、これ以上高位貴族と関わり合いにならないよう気を付けなくっちゃ)
彼女は身を引き締める思いで自身の手を握り締めた。
密かに生存第一の決意を固めつつも、刻一刻と迫る『聖夏星誕祭』。
運命の交差する夜が、もうすぐそこまで近づいていた。
こちら飛ばして29話投稿しておりました…!




