第27話:芸術家キャラの創作意欲を刺激する悪役令嬢と等身大の彼女
夏休みも中盤に差し掛かったある日。
王都でも有数の品揃えを誇る高級布地店に、レヴェリアとノエルの姿があった。
「裁縫士、このオーガンジーの透け感はどうだい?星屑を散らすような刺繍を入れるなら、土台はこれくらい軽い方が良いと思うんだ」
「ノエル様、素晴らしい審美眼ね。でも、強度の面を考えるとこちらのシルク混のチュールの方が、ギャザーを寄せた時に立体感が出るはずよ」
二人はあのドレス修復の一夜以来、すっかり『パタンナー』と『裁縫士』として意気投合していた。
攻略対象とヒロインという関係ではない。
純粋に知識と技術を共有し合う、穏やかで楽しい時間。
「ふふふ、さすが僕が見込んだ裁縫士だ。君の言う通りにしよう」
ノエルが花がほころぶような笑みを向けた、その時だった。
「あら、ノエル。こんな所にいたのね」
「エレイン!奇遇だね」
カラン、と店先のベルが鳴り、漆黒の髪を揺らすエレインが現れた。
ノエルはすぐに彼女の元へ歩み寄ると持っていた生地を彼女の前でそっと広げた。
「次のドレスはこの生地を使おうと思っているんだ。……うん、思った通り君の白い肌によく映えるね」
「まあ、なんて美しい布地なの……」
エレインは熱を帯びた瞳でノエルを真っ直ぐに見つめ、彼にしか聞こえないような甘く切ない声で囁いた。
「ノエルが、私のためだけに選んでくれた特別な生地……。これを着てあなたと並べたら、私、世界で一番幸せな女の子になれるわ」
(なんて鮮やかなの……!これぞ芸術家の魂を的確に撃ち抜く『絶対的ヒロインムーブ』!!「あなたの作品で私は完成する」という承認欲求満たす究極のコンボ!!)
レヴェリアは心の内で高らかに実況していた。
もはやエレインに対する対抗心など微塵もなく、武と学を決めようとし鉄人による、他ジャンルを極めし覇者への賞賛が巻き起こっていた。
対するノエルは、一瞬にして周囲の景色が消え去ったかのように、完全にエレインの世界へと没入していった。
「ああ、エレイン……!君のその美しい黒髪には、この星屑のドレスが格別に映えるはずだ……!すぐに採寸させてくれ、君の魅力を最大限に引き出すデザインを今すぐ描き起こすよ!」
ノエルの瞳に浮かんでいるのは、純粋な創作への熱狂と、目の前の幼馴染へ向けた無償の愛。
完全に二人だけの世界に入り込んでしまった彼らを前にして、レヴェリアは気配を消すとそっと一歩、後ろに下がった。
(うん。ノエル様が幸せなら、これでいいのよ)
二人を邪魔をしないよう、こっそりと布地店を後にしたレヴェリア。
その背中は、夏の陽射しの中にあったせいか、どこか少しだけ寂しげに影っていたのだった。
***
『いやいやいや、それはもう確実だろ。思うに、ベルクロア公女も内心、相当焦ってるんじゃないか?自分の逆ハーレムが壊されるんじゃないかって』
「えーっそうなのかな。全くもって心配いらないのに」
恒例となった毎晩の晶石を通した情報屋との会話。
レヴェリアはベッドの上に横たわり、肘をついた手に顔を乗せながらじわり光る晶石を見つめていた。
『おたくらにその気がないのは分かるが、そもそも、夏休みに男女が二人で街で会うという時点で、周りから見れば立派な逢引きみたいなもんだ。公女が危機感を抱いて牽制に来るのも無理はない』
「そ、そういうものなの!?逢引きだなんてとんでもない!私たち、オーガンジーの透け感とギャザーの立体感について熱く語り合っていただけよ!?完全にパタンナーと裁縫士の業務連絡じゃない!」
『……君は、論文の参考文献を読む前に、一般的な恋愛小説を読むべきだな』
心底呆れ果てたような情報屋の声。
しかしその響きの中には、彼自身の無自覚な安堵がふわりと混ざっていた。
「むっ、失礼ね。私だって前世ではそれなりに乙女ゲームとネット小説(主に悪役令嬢もの)で恋愛の機微を……って確かに言われてみれば現実の恋愛小説ってあんまり読んだことなかったかも。今度アイーダ様におすすめを聞いて読んでみようかしら」
そこまで言ってレヴェリアは、ふと晶石の向こう側にいる相方の姿を思い浮かべた。
「情報屋はどうなのよ。なんでも知ってるみたいな言い方してるけど。素敵な恋愛したこと、あるの?」
晶石の向こうで、一瞬だけ不意を突かれたように言葉が詰まる気配がした。
『……突然だな』
はぐらかされるかと思いきや、返ってきたのは夜の静寂によく馴染む落ち着いた声だった。
『そもそも恋愛だなんて考えたこともなかった。結婚なんてのは政治の手段でしかないと思っていたからな』
「え……そうなの。あなたって結構、複雑な家の出なのね」
レヴェリアのいっそ清々しいほど的外れな同情。
それに毒気を抜かれたのか、情報屋は堪えきれないように低く笑った。
『ふ、そうだな。だから、君みたいに、損得なしで懐いてきたやつは相当特殊だ』
「特殊って……もっと良い言い方あるでしょうに。けどまあ、確かにそうね。元ヒロインと情報屋だなんて間柄、他にないもの」
レヴェリアは晶石を指先でそっと撫でた。
「私、あなたとこうして他愛のない話をしている時間が、ヒロインぶってた時よりずっと自然体でいられて、すごく好きなのよ」
『……』
晶石の向こう側から、返事はない。
ただ、微かに息を呑むような気配だけが伝わってきた。
「あ、あれ?ちょっと素直に言い過ぎた?ひょっとして照れてる?」
『……馬鹿言え。おたくがたまには殊勝なことを言うもんだから、少し驚いただけだ』
誤魔化すようにぶっきらぼうになった声色に、レヴェリアは思わず笑い声をこぼした。
「これからも私のくだらない話、ちゃんと聞いてよね」
『……ああ。仕方ないから付き合ってやる。せいぜい俺を退屈させるなよ』
穏やかな声と共に、プツンと通信が切れる。
淡い光を放ち続けるガラス玉を胸元に抱き寄せると、昼間に布地店を出た時に感じていたあの微かな寂しさは、いつの間にか綺麗さっぱり消え去っていた。
自分は誰の特別なヒロインでもないかもしれない。
完璧なヒロインの座はすっかり遠のいてしまったけれど、この小さな光の向こう側に繋がる不器用な彼との時間は、今のレヴェリアにとって何よりも等身大で、特別なものになりつつあった。




