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第24話:ヒロインを脱却した幸せな彼女

夏休み前の登校最終日。

盛夏も間近となり、どこか開放的な雰囲気の貴族学園を太陽が容赦なく照らしていた。


結局『実践礼法試験(プレ・デビュタント)』に参加できなかったレヴェリアだが、なんとノエルの実家であるルヴィエール公爵家の力により、無事ノエルと共に夏休み本番の『聖夏星誕祭』の舞踏会に参加できることになったのだ。


「ふふふ、僕のせいで君の婚期を遅らせるわけにはいかないからね。うんと素敵な相手を見つけにいくよ。ただし必ず僕に紹介すること」


有無を言わさぬ笑顔でそう告げたノエルは、原作のヤンデレ路線とは一癖も二癖も違う『ヤンデレ親友(過保護)』へと見事な進化を遂げていた。

あのドレス修復の一夜を経て、レヴェリアとノエルの間には、恋愛感情とはまた違う、確かな絆が出来上がっていたのだ。


さて、当のレヴェリアはというと。


「レヴェリア様っ!夏休みの間、とてもとても寂しくなりますが、『星紡ぎの陣』の練習でお会い出来るのを心から楽しみにしておりますわ……!」

「女神、どうか休みの間一人で無茶しないでくださいよ。この前みたいに謎にオート魔法防御切ったりするのはなしっす。一人で武者修行とかに出掛けないでくださいね」

「出掛けないわよ!!リュカ君は私のことを何だと思っているの!?アイーダ様、わたしも会えるの楽しみにしているわ!互いに素敵な夏休みにしましょうね」


クラスの友人たちといつもの会話を楽しんでいた。

相変わらずなアイーダと、レヴェリアを武人として尊敬しているが故に謎の心配を始めるリュカ。

そこにイザベラとテオドールもやって来る。


「ふん。夏休みまであなたたちに会うだなんて心外だけど、『星紡ぎの陣』で勝つために仕方なく協力してあげるわ。別に楽しみになんかしてないんだから」

「イザベラ嬢、素直になれば良いのに……。僕も、みんなに会えるのを楽しみにしてる。無茶しないでね……レヴェリア嬢」

「イザベラとテオドール君も、夏休み満喫してね!また練習で!」


友人たちに手を振り、彼女は廊下へ歩き出した。

ちゃんと地に足着いた平和でかけがえのない日常だ。


(シナリオ通りじゃなくても、ヒロインじゃなくても……私、今すごく楽しいわ)


賑やかに笑い合うクラスメイトたちを見つめながら、レヴェリアは心の中でそっと呟いた。

『エタラバ』原作とは何もかもが違うけれど、ありのままの自分を受け入れてくれるこのDクラスで過ごす日々は、彼女にとってかけがえのない宝物になりつつあった。




***




放課後。


レヴェリアはクラスのみんなと別れを告げ、夕焼けに染まる廊下を歩いて第二音楽室へ向かった。


「おっ来たか」


ガラッと扉を開けると、そこには窓枠に腰掛けて外を眺める情報屋が待っていた。

差し込む茜色の光が、彼の被ったフードの輪郭を淡く縁取っている。


「アロイスから聞いたが。おたく、舞踏会来なかったんだってな」

「ええ。丁度そのとき、凄く良い気付きを得たのよ」


レヴェリアは情報屋の向かいの椅子に静かに腰を下ろした。

ルシウスとは、もう知り合う必要もない。

そもそも、一介の男爵令嬢が王子と知り合おうとすること自体がおかしかったのだ。

乙女ゲームという色眼鏡を外した今、彼女は本来持っていた常識的な感覚を取り戻していた。


「情報屋」


いつもよりずっと落ち着いた声色に、情報屋がわずかに顔を上げる。


「あのね、あなたに伝えたいことがある」

「どうした改まって」


外からは降るような虫の声が聞こえる。

レヴェリアは小さく深呼吸をすると、真っ直ぐに彼を見つめ返した。

そして、これまで10年間、決して手放すことのなかった己の存在意義(アイデンティティ)を、ふっと風に溶かすように口を開いた。


「私、エタラバのヒロイン、やめるわ」


静かな音楽室に、レヴェリアの潔い声が響いた。

情報屋は少しだけ目を見張った後、ゆっくりと窓枠から降りた。


「何か、あったんだな。そう思えるきっかけが」

「そう。私、自分の浅はかさに気付いちゃったのよ」

「そうか」


静かにそう言うレヴェリアを、情報屋は黙って見つめていた。

想像以上に大きな喪失感と寂しさを覚えながら。


二人の間に、しばらく心地よい沈黙が落ちた。


「……けど」


沈黙を破ったのはその声だった。


「来る理由はなくなっちゃったけど……よければ、これからもここに来て良い?」


恐る恐る尋ねるレヴェリア。

その言葉に、情報屋はわずかに目を丸くした。


(てっきり、もうお役御免と言われるのかと思ったが)


別れを告げられたものと思っていた彼の胸の奥に、じわり温かいものが広がる。

彼はフードの奥で密かに、心底安堵した笑みを浮かべた。

そしてそれを悟られないよう、あえていつも通りの少しぶっきらぼうな態度で返す。


「……勿論。君の話は面白いからな」


その返しにレヴェリアはほっとしながらも、「とは言ってももう夏休みだけどね」と肩をすくめた。

そして、明日からしばらく会えなくなる寂しさを振り払うように、思いついた疑問を口にした。


「ねえ情報屋、あなたも夏休みの『聖夏星誕祭』には出る?」


問いかけると、情報屋は困ったように視線を逸らした。


「うーん……どうかな。俺も色々と忙しい身だから」

「そっか。それじゃあ、夏休みの間はしばらく会えないわね」


少しだけ寂しそうに眉を下げるレヴェリア。

そんな彼女の顔を覗き込むようにして、情報屋は意地悪く口角を上げた。


「なんだ、会えなくて残念か?」

「そ、そう言う訳じゃ……っ!」


図星を突かれて慌てて顔を背けるレヴェリアを見て、彼は肩を揺らしてふっと笑った。

そして、懐から小さな何かを取り出すと、レヴェリアの膝の上にポイッと放り投げた。


「ほら、それをやる」

「……これは?」


手のひらに乗せられたのは、ビー玉ほどの大きさの透明なガラス玉だった。美しい装飾が施されているが、一見しただけではただの飾りのように見える。


「『宵語り(よいがたり)の晶石』だ。太陽の光があるうちはただのガラス玉だが、夜になって周りが暗くなると魔力を帯びて淡く光る。……対になったもう一つの石と、念話で通信ができるようになる魔導具だ」

「通信機!?なんでそんな貴重なものを……」

「まあ、これも何かの縁だ。夏休み中も、何かあったら相談に乗ってやる」


照れ隠しのようにそっぽを向きながら、情報屋はぶっきらぼうに付け足した。


「……いや、何もなくても。大事に持っておけよ」


手のひらで転がる冷たいガラス玉が、じんわりと体温を帯びていくのを感じながら、レヴェリアは嬉しそうに目を細めた。


「……うん。ありがとう、情報屋」


ヒロインになるという長年の目標を失ったはずの夏休み。

けれど、彼女の手の中にある小さな晶石は、どんな乙女ゲームのレアスチルよりも、ずっと眩しくキラキラと輝いて見えたのだった。

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