第21話:いつの間にか毒耐性も持っていた暗殺者向きヒロイン
「それでは行ってくるわ。フェリクス様は予定通りそこの茂みで待機して、私が襲われそうになったら飛び出してくださいね」
「……危険な任務に巻き込んでしまってすまない。君の安全は俺が必ず保証する。どうか頼む」
「大丈夫、ばっちり務めてみせるからどうか任せて!」
夜の学園庭園。
レヴェリアはウインクを決めて飛び出すと、フェリクスがエレインから借りたローブを羽織り、一人月明かりの下を歩いた。
(ふっこれぞまさに乙女ゲーム中盤の鉄板イベント『身代わりデコイミッション』! 犯人に腕を掴まれ、「きゃーーっ誰か助けて!」と叫んだ瞬間にフェリクスが駆けつけ、犯人を一刀両断した上でか弱い私を抱き上げる。完璧だわ。【月明かりの下☆私だけの騎士様(仮)】スチル獲得間違いなしよ!)
レヴェリアの脳内は、これから回収する(はずの)スチルのことで頭がいっぱいだった。
『か弱く怯える練習』をしながら歩いていると、背後の木陰からガサッと音が鳴り、黒ずくめの男が飛び出してきた。
「エレイン様……!貴女は微笑みは私のものだ……っ!おとなしくこの『睡眠薬(強力な麻痺毒入り)』を吸い込んでもらおうか!」
ストーカーはレヴェリアを背後から羽交い締めにし、怪しい薬品が染み込んだ布を彼女の口元に強く押し当てた。
(来たわっ!ここで薬を吸って、意識が遠のく中でフェリクスに助けられるのね!)
レヴェリアは「きゃああああ!」と大げさに叫びながら、スチルを発生させるためにあえて睡眠薬を思い切り深呼吸で吸い込んだ。
すぅーっ、はぁーっ。
「…………あれ?」
「…………え?」
5秒経過。レヴェリアの意識は全く遠のかない。
それどころか、彼女の知らぬ間にカンストしていた『状態異常耐性』と『毒耐性』により、強力な睡眠薬は彼女にとって「ちょっとミントの香りがする布」程度の効果しか発揮していなかった。
(や、ヤバい!何故だか知らないけど睡眠薬が全然効かないわ!?このストーカーちゃんとやる気ある!?このままじゃピンチにならないから、フェリクス様の救出イベントが始まらないじゃない!!)
焦ったレヴェリアは、無理やり気絶したフリをすることにした。
「ああーーっ、健気に毒に耐えていたけれどやっぱり耐え切れない!急に意識が朦朧としてきたわ!!!助けて、フェリクス様ぁ〜~!!!(バタッ)」
レヴェリアは完璧な『か弱いヒロインの失神モーション』を意識して、全身の力を抜き、後方へと倒れ込んだ。
しかし、彼女を羽交い締めにしていたストーカーにとっては、それが悲劇の始まりだった。
手練れの武人による一切の無駄がない重心移動。
それは武術において、後方の敵を地面に叩きつける完璧な『捨て身投げ』の軌道を描いていた。
「ぐべぇっ!?」
見事な弧を描き、ストーカーはレヴェリアの下敷きとなって石畳に激突。白目を剥いて一撃で気絶した。
「レヴェリア、無事か!!」
直後、茂みから剣を抜いて飛び出してきたフェリクス。
しかし彼の目に映ったのは、ピンチに陥るか弱い令嬢の姿ではなく、『毒を無効化し、瞬時に後方の敵を無力化する高度な近接制圧術』をやってのけた暗殺者のようなレヴェリアの姿だった。
「なんとも見事な敵の拘束を逆手に取った完璧な『捨て身投げ』……ッ!!しかも、あの布からは強力な睡眠薬、しかも麻痺毒も混ざった匂いがするが……まさかレヴェリア、お前『毒耐性』も持っているというのか!?そんな特異な体質、余程特別な家系以外で聞いたことないが……!」
「えっ!?あ、いや、たまたま効かなかっただけで……」
「謙遜しないでくれ!!その超人並みの判断力と身体能力、さすがは我が好敵手……ッ!俺は改めてお前を尊敬する!いつか俺もお前のような高みに達したい……エレインを一人で完璧に守れる男になるために!」
(なんでそうなるのよおおお!私はただ、薬で気絶して倒れ込んで、あなたのお姫様抱っこスチルを回収したかっただけなのよぉぉぉ!!)
横で心の中で血の涙を流すレヴェリアの心情も知らず、熱く闘志を燃え上がらせるフェリクス。
彼はふと思いついたように頭を抱えている彼女に向かって拳を突き出した。
「ありがとな、レヴェリア」
「え?えぇ……まぁ。……どういたしまして」
フェリクスの鍛えられた大きな拳。
レヴェリアは戸惑いながらもその拳に自らの拳をコツンとぶつけた。
そして彼が好敵手に浮かべた満面の笑みを見て、ちょっとだけ、本当にほんの少しだけ、こういうのも案外悪くないかもね、と心のうちで呟いたのだった。
***
「は?夜にストーカー捕まえた?君が囮になって?……いや、おたくもれっきとした女性だってのにリヴェ公子は一体何を考えているんだ」
「いやーけど乙女ゲームでは定番のイベントなのよ!それにオート防御魔法があるから上級魔物に襲われない限りは無傷で済むし」
「怪我をしなければ良いというものではない。次から頼まれたらすぐに学園警備に回せ」
「ふふふ、情報屋ったら心配してくれるのね。何気に私のこと心配してくれるのってお父様かあなたくらいかも。あ、なんだか泣けてきたわ……」
ヒロインだというのに誰も心配してくれないどころか囮や盾として使われる現状を嘆くレヴェリアに、準保護者になりつつある情報屋。
彼は深い深いため息を吐き出すと、呆れたように彼女の頭にポンと手を乗せて少し乱暴に撫でた。
「……泣くくらいなら最初から危ない橋を渡るな。君の物理装甲がカンストしているのは分かってるが、万が一ということもあるだろう」
「うぅっありがとうありがとう。情報屋ったらお父様みたい……!優しさが染み渡るわぁ」
「誰がお父様だ。君は自分の『ヒロイン』としての価値を少しは自覚した方が良い」
顔を背けながらぶっきらぼうに告げる彼に、レヴェリアは鼻を啜って笑顔を向けた。
「それにしてもフェリクス様のエレインへの心酔具合が思ってたより凄いのよね。『エレインを一人で完璧に守れる男になるために』って言ってたけど、私に囮を頼むときも余程深刻な様子だったし。……それにエレインの『カンスト恋愛スキル』の片鱗も見たわよ……!彼女、対象の属性に合った庇護欲を擽る令嬢ムーブを仕向けているわ!」
レヴェリアは興奮気味に身を乗り出した。
ストーカー騒動の裏で、彼女はしっかりと敵の戦力分析を行っていたのだ。
「ふーむ、つまるところ想像通りベルクロア公女は恋愛スキルを使って意図的に公子たちの好意をコントロールしてたって訳だな。というか、そもそも彼女はルシウス王子の婚約者候補な訳だし、側近にあたる彼らに思わせぶりな行動を取ること自体おかしいんだが」
「間違いないわ……彼女『逆ハー』狙いよ」
レヴェリアはビシッと人差し指を突き立てて、自信満々に断言した。
「逆ハー?また耳慣れない単語が出てきたな」
「逆ハー……すなわち逆ハーレム!誰か一人に対象を限定せずに均等に好感度を上げることで全員からチヤホヤされるという乙女ゲーム醍醐味のシチュエーションよ!それを成し遂げているとはやはりエレイン、ただものじゃあないわ……!」
熱弁を振るうレヴェリアを眺めながら、情報屋は深くため息をついた。彼女の脳内では『ゲームの醍醐味』かもしれないが、現実の政治力学において、次世代の国の中枢を担う男たちが一人の女を巡って争う状況など、特大の時限爆弾以外の何物でもない。
「……そういうことか。彼女を取り巻く現状が『逆ハーレム』という明確な目的を持った戦術によって形成されたものだったとはな。武力も権力も男の自尊心もすべて利用し尽くす、恐ろしくしたたかな女だ」
「でしょ!?乙女ゲームの主人公のお手本のような完璧なムーブよ!私も負けていられないわ、彼女のテクニックを学ばなきゃ!」
「やめとけ。高度な心理戦で男を操る『盤上の支配者』と、自力で敵をぶん投げる『物理特化の狂戦士』じゃ、勝手が違いすぎる。おたくが同じことをやっても、相手の首の骨を折るのがオチだ」
目をキラキラさせて両手で拳を握り締めるレヴェリア。そんな彼女の能天気な宣言を、情報屋は冷酷なまでの事実で一刀両断した。
「バーサーカー!?私のことバーサーカーって言った!?!?」
美しいプラチナブロンドを振り乱して抗議するレヴェリア。
その本来鈴のような声は、夕暮れの第二音楽室にむなしく響き渡ったのだった。




