第19話:役割(ヒロイン)の下のヒロイン
「そんな訳でせっかくのイベントがなぜだかDクラスの絆回になっちゃったのよ!恋愛スキルもカンストさせて、2週間後には夏休みだと言うのに……未だにルシウスとはまともに会話も出来てないし、私のエタラバはもうどうなっちゃうの……っ!!」
「うーん、どこから突っ込むべきか悩ましいな」
お決まりの第二音楽室で二人の影が揺れる。
初夏が終わり、本格的な夏の訪れを告げる七月。
いよいよ夕暮れの木々から、細く長い虫の羽音にも似た鳴き声が降り注いでいた。
「まずはゴーレムの鎮静化だ。狂宴の赫鈴は魔具を狂化させると同時にその能力も大幅アップさせる効果がある。それを1学年のそれもDクラスが被害なく鎮静化させるとは、並大抵のことじゃない」
情報屋は指を顎に当てながら、その功績を冷静に分析した。
Aクラスでも一部の精鋭しか対応出来ないだろう緊急事態。
それを下級クラスが自分たちで解決したという事実は学園内で大きな話題を呼んだ。
「それには私も驚いたわ。原作の私はAクラスに所属していたからDクラスのことは未知なんだけど、特に目立った活躍を聞いた覚えはないのよね。やっぱりヒロインの私が所属してるからかしら?」
「まぁ当たらずしも遠からずだろうが、相変わらずの自己認識でもはや安心するな」
ふふふ、とドヤ顔を決めるレヴェリアに軽く笑いながらそう返す情報屋。
彼の彼女の扱いも慣れたものである。
「次に恋愛スキルだ。おたくがカンストさせたと言ったのはこの前ジルヴェール教授に提出したという『視覚的制圧による交感神経系の乗っ取りと、詩的暗暗示による魅了に関する論文』のことか?」
「そうよ、この夏休みに学会でも発表予定なんだから」
ドミニクと共に心理学の学会に呼ばれることになったレヴェリア。
検証には彼もかなり付き合ってくれた。
もはや彼との共同研究と言って良いほど、この研究を通じて絆が深まった。
「それは凄いな。ただしこの論文、恋愛心理ではなく『軍事的威圧による服従誘導の研究』として取り上げられているぞ」
「えっ??ぐ、軍……?どういうこと?あんなにロマンチックな検証内容だっていうのに!?」
「ぶふっ。君の言うロマンチックというのは古典のリリック暗唱のことなんだろうが、早口で一章丸々聞かされるなんて苦行以外の何事でもないだろう」
驚きの真実に目を見開くレヴェリアを他所に、情報屋は手元の資料を見ながら豪快に吹き出した。
ぐぬぬ…という表情の彼女の横で彼は一通り笑うと、ふーっと息を吐いて続けた。
「最後のルシウス王子だが。これに関しては夏休み前に接触するチャンスがある」
「えっ、本当!?」
「ああ、毎年恒例の王宮行きを懸けた『実践礼法試験』があるだろう?夏休みに王宮で催される『聖夏星誕祭』で学園の恥を晒さないよう、事前に生徒たちのマナーやダンススキルを審査・選別するための『試験を兼ねた終業夜会』だ」
「プレ・デビュタント!!そうよ、夏休み前にそれがあったことを忘れていたわ……!ここで華麗なダンスを披露してルシウスに『君を星誕祭のエスコート相手に選びたい』って言わせてイベントを発生させるしかない!」
「華麗なダンスか……すでに嫌な予感しかしないが、せいぜい頑張ってくれ」
いつも通りの斜め上の行動で、今度は華麗なダンスをしようと張り切って『高度なCQC(近接格闘技)の組手』とかしかねないな……と情報屋が予測したところで、レヴェリアがパッと表情を変えた。
「あとね、これはエタラバ攻略とは関係ないことなんだけど……」
そう切り出した彼女は、彼がこれまで見た中で一番人間らしい表情をしていた。
「実は後期の『星紡ぎの陣』のメンバーに選出されたのよ。それでクラスの子たちと練習のために放課後残る約束をしたんだ。……これまで私、高嶺の花過ぎてクラスで浮いちゃってたんだけど最近話しかけてもらえるようになったのよ。何でもないことだけどちょっと、いや、結構、嬉しかったな」
『星紡ぎの陣』とは、アステリア王立貴族学園伝統のクラス別対抗イベントだ。
闘技場中央に出現する『流れ星の欠片』を回収し、敵陣の『星見の塔』の最深部まで押し込めば勝利というルールの、一つの目標物を巡ってチーム全員が固まって動く重厚な総力戦だ。
ゴーレムの沈静化を成し遂げて団結したDクラスはこれまでになく本気で勝てる布陣を選出した。
Dクラスの『絶対的エース』となったレヴェリアも当然その中に組み込まれたのだ。
「あっごめん、塩らしいこと言っちゃった!まぁ私は全然気にしてなかったし、関係ないこと話してごめんね」
「いや」
これまで『ヒロイン』と『攻略支援役』という役割を被ったやり取りをしていた彼ら。
レヴェリアのこの何気ない本音の吐露は、常に打算と盤上の政治闘争の中で生きてきた彼の心に、思いがけないほど柔らかく響いた。
「聞けて嬉しい。これからもおたくの話したいことを好きに話してくれ」
「あ、ありがと」
普段の調子を完全に崩されたように、少しだけ頬を染めて俯くレヴェリア。
そんな彼女を見て、情報屋はフードの奥で優しく目を細めた。
「……さて。とはいえ、プレ・デビュタントを逃したらしばらくチャンスはないからな。気を抜くなよ、ヒロイン殿」
少しだけ甘くなった空気を誤魔化すように、情報屋があえていつものようにからかう口調で言うと、レヴェリアは弾かれたように顔を上げた。
「も、もちろんよ!クラスのみんなとの特訓もこなしつつ、絶対にルシウスとのダンススチルを回収してみせるんだから!」
「はいはい、せいぜい頑張れよ。また軍事的威圧にならないようにな」
「うるさいわね!」
照れ隠しのように両手でパシンと頬を叩き、いつもの調子を取り戻すレヴェリア。
夕暮れの第二音楽室には、少しだけ、けれど確実に距離の縮まった二人の軽口が、初夏の虫の音と共に溶け合っていた――。




