第15話:ヒロイン、(都市)伝説となる
「くっ!この私にカンストさせられないスキルなどないわっ!!待ってなさい……!必ず『恋愛スキル』をカンストさせてやるんだから!!」
半泣きで学園を後にしたレヴェリアは、早速その足で王立図書館に足を運んだ。
借りるのは有名な恋愛小説や詩集……だけに留まらず心理学や生体学の本まで。
帰ってからの彼女はまさに受験生のような気迫でそれらを読み込んだ。
次の日もその次の日も、学園図書室に篭もり学園の本も読み込みつつ、紙にさらさらと魔導筆を走らせた。
5日ほど経ったとき、彼女は筆を止めて、その分厚いレポート用紙を両手で掴んだ。
「やった……!私なりの論理が完成したわよ!あとは実証データを得なくては!」
「何の実証データです?」
ふいに背後から聞こえたテノールの声。
さらりと揺れるアッシュグリーンの髪に眼鏡の奥で鳶色の瞳を光らせた美形、宰相子息ドミニクだ。
「ど、ドミニク様……!」
「私に黙って独自の研究とは、水臭いではありませんか。検証の際は私もお付き合いしますよ」
「ほっ本当ですか!?!?」
キラーン!とレヴェリアの目が光る。
論文の検証と同時にスチルを狙える、一石二鳥の素晴らしいイベントの発生である。
これを逃す手はない。
二人は早速空き教室へ移動した。
「それではこれより、視線による交感神経へのアプローチに関する実験を行います」
「ほう、視線……ですか」
「はい、ドミニク様。これから3分間見つめますので、どうかお目を離さないようお願いします」
「承知しました」
レヴェリアは「では行きますよ〜」と一度目を伏せた後、
カッ!!!
という音が聞こえてきそうなほど、瞳孔を開いてドミニクをガン見した。
その姿はまるで獰猛な肉食獣か魔物か……獲物を狙う鷹のような鋭い視線。
武芸にも魔法にも秀でる兵である彼女のその視線には、上級魔獣も逃げ出すほどのプレッシャーがあった
(な、なんというプレッシャー!!あまりの存在感に冷や汗が、気を抜けばやられる……!)
学科だけでなく魔法にも精通する賢人であるドミニクは、その圧倒的強者からの容赦ない圧力に本能的な生命の危機を覚え、「ギンッ!」と同じく瞳孔を開き、隼のような視線を返したのだった。
(ドミニク様、なんという見事な熱視線!これだわ!「彼からの熱い視線に射抜かれた」「彼女の瞳に吸い込まれそうになった」という恋愛小説に頻出する熱視線の交差!なんという快楽物質の分泌量なの……!あまりの熱量に冷や汗まで出てきたわ)
彼女の実験はこれだけではない。
良い具合に熱視線の交差が出来たと確信した彼女は、もう一つの実験も重ねた。
「(甲高い早口で)あぁ……ロザリオ。あなたは何故ロザリオなの。お願い、今すぐお父様と縁を切って家名を捨てて!もしもそれがお嫌なら、せめて私を愛するとお誓いになって下さい!そうすれば、私もこの場限りでキャメロットの名を捨ててみせますわ!(低い声で早口に)……黙って聞いているべきか、今こそ声を掛けるべきか……」
なんと二人一役で、古典恋愛小説の暗唱を始めたではないか。
(こ、これは!歴史的名作『ロザリオとジュリエンヌ』!?何故いま、これを!?いや、しかし凄まじい早口だ……彼女の実験のため聞き漏らさないよう努めなくては!)
放課後の空き教室。
見つめ合い、ロマンチックな恋愛小説の一節(どころか一章)を口ずさむ男女。
文字にしてみると恋愛発生イベント以外の何者でもないシチュエーションだが。
しかし実際の彼らはーー。
【限界まで瞬きを我慢した、血走った猛獣のような目で互いをガン見する武人と賢人の極限の睨み合い(生命の危機)】
そして、
【呪詛のような早口で古典小説の一章をブツブツと詠唱する狂気の実験者と、それを聞き漏らさないよう脳をフル回転させる死ぬ気の被験者】
という地獄のような光景が繰り広げられていた。
そして、3分が経過したときーー。
二人は互いのプレッシャーと覇気により、背中に大量の冷や汗をかきながら脱力した。
「ふぅ……素晴らしい実証になりました。本実験のためにアンケートのご協力を」
「いえ……凄まじい圧力でした。どうぞ何なりと」
「①ドキドキしましたか?」
「はい。凄まじい動悸が起こりました」
「② 詩的な愛の囁きによって、脳内に快楽物質が溢れるのを感じましたか?」
「はい。極限のプレッシャー(生命の危機)から解放された今、凄まじい達成感とアドレナリンで満たされています」
「③ 視線が交差した瞬間、私に抗えない『運命』を感じましたか?」
「はい。あのまま見つめ合いがもう10秒長引いていたら、私の精神は完全にあなたに制圧されていたでしょう。抗うことなど不可能な、見事な心理掌握術です」
その答えを聞いたレヴェリアは力強くガッツポーズを決めた。
(やった……!実証データも取れて、私の『見つめ合い⭐︎甘い古典リリックで恋心大泥棒』作戦もとい、『視覚的制圧による交感神経系の乗っ取りと、詩的暗暗示による魅了に関する論文』が完成したわーーっ!!)
「そちらが今回の実験の論文ですね。拝見しても?」
「もちろんですっ!ぜひ所感も伺いたいです!」
どれどれ、と論文を捲るドミニク。
彼は一通り目を通すと、「なるほど……大変興味深い。そして素晴らしい実証データです」と感嘆した声と共に眼鏡の鼻掛けを押し上げた。
「しかしレヴェリア嬢、私一人(n=1)の検証結果では、個人の特異な反応として学会で弾かれる可能性があります。統計的にこちらの論文の優位性を証明するには、最低でもあと30人の被験者……できれば比較対象を含めて100人規模のサンプルが必要です」
学会に提出する必要はないのだが、学術的なデータを積み上げることで自身のスキルの高さを証明出来ると踏んだレヴェリアは、ニヤリと笑みを浮かべて頷いた。
(つまり、あと30人にこれをやれば私の恋愛スキルはカンストの領域に到達するって訳ね!!)
「わかりました、ドミニク様! 私、ちょっと被験者を集めてきます!」
そして彼女は今日も勢いよく廊下へ飛び出していったのである。
***
数日後。
ランダムに集められた被験者たちは美少女の熱視線(絶対的強者の威圧感)とロマンチックな古典恋愛小説の暗唱(呪詛の詠唱)により生命の危機に晒され、凄まじい動悸を起こすとともに大量のドーパミンを分泌し、彼女への運命的な服従を余儀なくされた。
ドミニクとレヴェリアは狙い通りの検証結果に熱い握手を交わし、心理学を納める教授の元へ、その分厚い論文を提出したのである。
そしてその副次的効果として。
学園中に「レヴェリア嬢と目が合うと、凄まじい覇気と呪詛で精神を制圧される」という恐ろしい都市伝説が広まったのだった。




