8.見合いだ
初見は上々だったと、義弘は思う。
新居大島の屋敷にて、玉はちゃんと言われた通りにおめかしして待っていたし、笑顔で北畠顕長を迎えられていた。
その時、顕長の方も自然な笑顔で挨拶をかわしていた。
広間に北畠親子を招いて談笑している今でも、北畠卿の隣に座る顕長と茶を出していた玉が、取りとめもない話でおしゃべりを楽しんでいる。
(こうして見ると、実に似合の二人じゃないか。年も同じくらいだし完璧だ! 後はあれをどうにかしないとな……)
す〜っと目線を下げた義弘は、内心で大きくため息をついた。
なぜならば、顕長のかいているあぐらの中にはなんと、にこにこ笑顔のお竹がちょこんと座っているのである。
(あああ。邪魔をするんじゃないお竹よ! そこから離れてくれ〜)
北畠卿との会話が途切れた時を狙って、なんとか自然に義弘は娘を呼んでみた。
「お竹〜、父の膝においで〜」
しかし、
「いや」
すかさず娘はきっぱりと断ってくる。
「ほ〜らほ〜ら、おいしい餅だぞ〜」
大好きな菓子で釣ってみようとしても、
「まだここにあるよ。……若さま、はい。あ〜んして〜」
逆効果となってしまった。
嬉しそうに顕長の口へ餅菓子をねじ込んでいる様子に義弘がげっそりしていると、妻の豊が新たな茶請けを持って部屋へ入ってきた。
そして、
「まあまあ、申し訳ありません。お竹、そのように座っていては若さまがお疲れになってしまいます。こちらへおいでなさい」
そうたしなめたのである。
(よく言った妻よ!)
さすがに母親の言いつけは守るであろうと、義弘は素知らぬ顔で内心ほくそ笑んだ。
ところが、
「若さま、つかれちゃう?」
「ん? まあ、大丈夫だよ」
「大丈夫だって〜へへ〜」
全く効果がなかったのであった。
「ははは、お可愛らしいものですね」
北畠卿が微笑ましく見ている横で、内心ではクソッと舌打ちをしている義弘は最終手段に出た。
「ではそろそろ能島へ参ろうか。玉、お前は一番あそこに詳しいから、若様を案内して差し上げろ」
「あ、はい」
確かにあそこは青藍との遊び場であってよく知っているものなので、玉は何を疑うこともなく承諾した。
よしよしと、内心でまたほくそ笑むと、今度はお竹に顔を向けたのだが……。
「若さま! わたしもいっしょに案内してあげるね!」
留守番しろと言われるのを察したのか、お竹は顕長の手をとると、玄関に向かって猛ダッシュで引っ張っていったのである。
「ああ! お客様になんてことを、お竹!」
豊が慌てて追いかけたのだが、やはり聞く耳は持たれなかったのであった。
ーー ーー
「おかしいな……」
能島へ向かって漕ぎ出している船の上で、そう呟やかれた声を北畠卿が耳ざとく聞いた。
「いかがなされた?」
「お? いやいや、何でも……」
隣でそう言いながら手を振って誤魔化している義弘ではあるが、他にも護衛についている五郎ほか村上の配下たちや、よいしょよいしょと船を漕いでいる彼らも、同じように感じているのである。
「どうも……海がおかしい気がするんだが」
「潮が妙だな。波に押し返されているような、いないような……」
一見しただけでは全然分からない。
よく晴れた青い空の下で、穏やかな海が優しく陽の光を返しながら広がっている。
ただちょっと、カモメが少し騒がしいくらいでいつもの景色となんら変わりがないように見えるのだが……。
それでも、この海の男たちには微妙な違和感が感じられるものなのだった。
船の中ほどで顕長の隣にいる玉も、やはり漁師たちと同じように感じており、そっと海を望んでみる。
「……青藍?」
ふと、そんな事を思ったので父の方を見てみた。
船の先にいる義弘はいつも通り飄々としており、特に険しい顔をしている事もなかった。
しかし内心ではやはりこの男もまた、その可能性を考えていたのである。
(青藍が散歩にでも出たのか? いや、そんな刻でもないし雰囲気が違う)
海の神様といえど青藍はいつも海底深くにいるわけでもなく、こちらが呼び出さなくとも海から出てよく空なりをふよふよと漂っていた。
『別に……気が向いたら散歩している』
と青藍は言うのだが、長年見てきた義弘からすると、散歩に出現してくる時間や日にちには何となくパターンがあるように思えている。
もちろん、例外もあるが……。
船の端まで歩いた義弘は、片手をへりにかけて海面を見やった。
龍の神体が出てくる時には決まって海面に渦が巻く。
しかし、今はそのようなものも確認できない上に、空を見てもその姿はなかったのだった。
「あそこに見えるのが能島だ」
そのように北畠卿が説明しているのが聞こえて、義弘は船の中ほどまで戻っていく。
「近くなると波が荒くなる。玉、若様を気をつけるように」
はい、と返事をした玉に頷き返すのだが、
「はい! 若さま、わたしがついてるから、だいじょーぶ!」
結局は付いてきてしまったお竹が、そうハキハキとした口調で笑うのを見て、義弘はげっそりする。
しかし正直なところ、この先にある能島近くのちょっとした荒波には期待している事がある。
船がちょいと傾いた時にでも、玉か顕長のどちらかがよろめいて、それをどちらかが受け止めてやって、
『大丈夫?』
『ありがとうございます』
などとやり取りをして恋が芽生える、といったようなうまいアクシデントが起こってほしい。
その為にもお竹には、何としてもこの二人から離れてもらわなければならない。
「お前はちっこいから、波で海にぽ〜いされちゃうぞ。だから父と一緒にいなさい」
「いや」
何度もあやすように諭してはみたものの、お竹は顕長の腕に飛びついて言うことを聞かなかったのだった。
しかも結局は、予想以上に顕長の足腰が強く、玉も荒波になど慣れたものであったが為に、期待するような事には全くならず、無事に能島までたどり着いたものなのである。
船がゆっくりと船溜りへ入ってゆくと、小舟が一艘、確認の為もあり迎えに寄ってきた。
義弘は隣に並んだ小舟へ飛んで乗り移ると、ひそひそと配下に確認をとった。
「おい。今日はこの辺り、何も異常はないか?」
「へえ、特には。でも、ちょっと海が変な感じするんですよね〜。こう、うまく言えないんですけど……」
「そうか、分かった」
同じく密やかに返ってきた報告に、義弘は息をついて前方を見やる。
海の上にこんもりと佇み、水軍の拠点として整備されている能島に異常はなさそうであった。
何事もなく並んで船が進んでゆく。
ところがこの後、ちょっとしたドキドキする展開が起こったのだ。
能島の浜辺から出ているちょっとした木組みの桟橋へ、玉たちの舟と義弘の舟が左右に着いたのだが、五郎が最初に上がり、続いて顕長が上がると、彼は後ろを向いて続く玉へさり気なく手を貸すべく差し伸べたのである。
(おお! やるではないか若者よ!)
向いで見ている義弘が、パァッと笑顔になって興奮のあまり、近くの何も知らない船頭の肩をつかんで左右に思い切りぶんぶん揺らしている。
「ありがとうございます」
その気遣いに礼を言って笑った玉は、せっかくなのでその手を取ろうとした。
その途端——。
ビュッと桟橋を突風が通り過ぎたのである。
「わっ」
舟が揺れて手を取れなかった玉の先で、顕長がよろめいてしまう。
「おっと——」
そしてその身体を受け止めたのは……五郎であったのだった。
「すみません」
「いえいえ、なんの」
笑い合う二人に、
(お前じゃねぇ、クソがぁーーーーーー!)
悔しさのあまり義弘は乗っている舟のへりをだんと拳で叩いてしまう。その為、立ち上がりかけた漕ぎ手がひとり、海へ転げ落ちてしまっている。
結局は自分で上がってしまった玉にがっかりしていると、なぜか舟の後ろでポツンと乗ったままでいるお竹が目に入った。
いつもなら真っ先に飛び上がっていきそうなものを不思議に思い、反対から桟橋へ上がった義弘は、
「ほらお竹、おいで〜」
と手を差し伸べたのだが……。
ムスッとした顔で、つーんと無視された。
「どうした、ほれ」
さらに手を伸ばしたその時であった。
あろう事かお竹は、父のその手をガッと掴むなり押しのけてしまったのである。
「ちちさまはいーの!」
と、お竹は小声で言うなりスクッと立ち上がり、いそいそと舟の前まで進んでゆく。そして桟橋へ上がりかけている北畠卿の後ろに続くと、
「若さま〜」
そう言って両手を伸ばしている。
それを見て顕長は、クスリと笑って小さいので抱き上げてやったのだった。
(くっ、なかなかやるではないかお竹よ! しかしまだだ、諦めないぞ俺は!)
なかなか思い通りにならない展開ばかりに、義弘は内心で地団駄を踏んでいるのであった。
ーー ーー
軽快な音を響かせて、鉋で木が削られていく。
見事なまでに薄い木の屑を見て、その職人技にひたすら感嘆してしまう。
すると、床に散らばっている木屑たちがどこからか入ってきた風に煽られて、玉と一緒になって能島の中にある鍛冶場を見学している顕長へ、襲いかかっていったのだった。
職人たちがそれを見て仰天したので、他にもトントン鳴っていた金槌やらの音が一斉に止まっている。
「わあぁ! すんません!」
「お偉いさんが!」
「どっからきたんだ? 今の風」
わらわらと集まってきて、ぺこぺこと頭を下げられ、玉とお竹に身体中にまとわりついた木屑を払ってもらうのを手伝ってもらいながら、顕長は大丈夫ですからと、少し恥ずかしそうに笑っていた。
その様子を鍛冶小屋から少し離れた場所で見ていた北畠卿が、隣に立つ義弘へ申し訳なさそうにして詫びる。
「お邪魔をいたしまして……」
「いや、今のは誰が悪いというものでもないゆえ、お気になさらぬよう」
小さく手を振って笑いながらそう言ったのだが、義弘は内心で眉をひそめた。
(さすがにおかしい。さっきからやたらにあの若君にばかり、妙な事が起こっている)
能島の中を案内している最中、何もないはずの砂浜で足をとられてつんのめったり、島への登り道で滑って転びそうになったり、休憩しようと腰を下ろした先の岩の上に何故か蟹がいて指を挟まれるなどなど……。
(小さい事だが、偶然にしては重なりすぎているような)
しかし、人が意図的にできるものではない。もし、そんな事ができる者がいるとすれば——。
「父上、次はどこを見ますか?」
ぼんやりしていた義弘は、その声で我にかえった。
いつの間にか小屋から引き上げてきた玉が、目の前に立っている。
「ああ、そうだな……えっと……」
「義弘殿、あの上からこの島を一望してもよろしいでしょうか?」
そのような北畠卿の提案を受け、皆は鍛冶場の向い奥に立っている見張り台まで進んでいく。
声をかけた事で見張りをしていた男たちが全員下へ降り、入れ違いに玉が先に梯子を登ってその後を顕長が登ってゆく。
それを見てふと、義弘は気がついた。
これは二人きりになれるやつじゃないか、と。
なので、梯子に手をかけたお竹をひょいと持ち上げたのだった。
「お前はまだちっさいから危ないぞ〜」
「ええ⁉︎ やだやだ! わたしも〜!」
「落ちたら——ぐっ、大変だ——ぶほっ——」
「いや〜!」
腕の中でジタバタに暴れられ、頭突きや蹴りをくらいながらなだめている義弘を、上から玉が目をぱちぱちさせて見ていた。
「お竹、すぐに終わるからそこで待っていて」
おそらく、妹の耳には全然届かなかったかもしれないが玉は改めて顕長へ向かうと、隣に並んで見えている風景のガイドを始めたのだった。
「ここからだと、こっちが大島であっちが鵜島で……その奥の伯方島——」
その時だった。
ハッと何かが鋭く空気を裂く気配を感じた顕長が、
「危ない!」
勢いよく玉へ抱きついた。
するとその直後に、顕長の後頭部すれすれで何かが勢いよく通過したのだ。
「伏せて!」
慌てて玉は一緒になってその場にしゃがむと、次々に頭上を細長い何かが横切ってゆく。
そしてその下でも、
「敵襲か⁉︎」
矢が飛んできたと思い、護衛たちが急いで北畠卿を囲って守り、義弘もまたお竹を抱え込みつつ梯子を背にしており、この場の空気が一気に緊迫したものとなっていた。
「どこからだ!」
ところが、矢の弾道から敵の位置を割り出そうと後ろを向いた五郎が、
「へ?」
思わず、気の抜けた声を上げてしまった。
その近くの義弘は、懸命に梯子の隙間から敵を見ようと必死になっている。
「クソッ! どこのどいつだ!」
「おい、大将」
「分かったのか⁉︎」
「大将って」
「なんだよおい! 早く——って、ん?」
怒り心頭で横を向いた義弘だったが、五郎たち配下が直立不動で目を瞬かせているのを見て、思わず同じ顔になった。
「あれ……」
五郎が指をさした方に目を向けると、その地面には矢は刺さっておらず、代わりになんと、無数のトビウオたちがびちびちと跳ね回っているのである。
そしてここで義弘は直感した。
こんな海面からすこぶる高い所を、間違ってもトビウオがあのように飛んでくるはずもない。そのような事ができるやつなどあいつしかいない。
「青ら——ぶっ!」
振り向いて海へ叫びかけた義弘の顔に、最後のトビウオが体当たりをしてきたのであった。




