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能島城の龍神様  作者: 木村友香里
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7.理想の婿


 向こうから飛んできた声にどこの船かと返していると、


 「うちのです。お客さんが来たようで」


 村上の舟印を掲げている事を確認して、配下は敵ではないが一応の報告をしたようであった。


 「客か、もしかしてこないだ来るって言っていた信濃のお偉いさんか?」


 そう言って五郎が空の器を配下に手渡して立ち上がると、義弘もまた、ごちそうさま〜と元気に言っているお竹を膝から下ろしている。


 「いや、北畠殿が来るには早すぎるな」


 半月ほど前、初夏の前に交易の大きな船団が村上水軍の領分を通る予定である為に、その手続きと船団の迎えに信濃から北畠卿が自ら出向いてくる、などというご大層な連絡をもらっていたのである。


 「ちょっと見てくるか」


 義弘もまた立ち上がり、五郎を連れて歩き出すと、お竹もちょこちょこと後を追ってきたのでのんびりと砂浜を進んでゆく。


 すると、向こうに見える船着場からこちらを見つけた配下の男が小走りに駆け寄ってきたのである。


 「大将、ここに居ましたか。お客です、北畠卿とかいう、なんかえらいお人がきました」

 「え? マジで信濃のやつが来たのか」


 不思議に思いながらも、義弘はいつの間にか追い越して寄せては返す波と戯れているお竹を呼んで背におぶると、今度は足早にその配下を連れて向かっていった。


 やがて船着場が見えてくると、その桟橋で武装をした男たちの先頭に狩衣姿の男の姿が確認できたのである。


 「あ〜あ。俺、あいつちょい苦手なんだよな」


 面倒くさそうに呟いた義弘の声を斜め後ろの五郎が拾う。


 「そうなのか? あの北畠卿は物腰もやわらかいし、いい人そうだから俺は別に何とも思わないが」


 返ってきた声に、義弘はふんと鼻を鳴らす。


 「確かに、見た目は俺のようにかっちょいいし、やたら優いように見えるがな。あの男、どうにも油断がならぬ感じがするんだよな。なんか、戦さとなると人が変わるらしいぞ。ハハ」


 そんな話をしているうちに、桟橋の貴人がこちらに気がついたようで軽く手を振ると、足早に浜へ降りてきて向かってきた。


 だが、途中で振り返るなり何かを命じると、付いてきていた護衛のひとりが踵を返して船の方へ走っていったのである。


 「大将殿、お久しゅうございます!」


 近くになった北畠卿が嬉しそうに声をかけてきたので、義弘は背中のお竹を五郎に渡して軽く礼をとりながら目の前までいったのだった。


 「お久しゅうございますな、公卿殿。まさか、今日来られるとは思いもよりませんで、出迎えも致さず失礼を」


 「いやいや、連絡が間に合わないのにこちらが早く来てしまいましたがゆえに、お気遣いはご無用にございます」


 五郎の言う通り、この貴人は気さくな人柄であり、やや目尻の下がる涼しげな目の形をした優しげな顔立ちをしていて、いかなる人にも警戒心を抱かせない不思議な雰囲気を持っていた。


 「実は、私の息子のひとりがこの度、成人いたしまして……。広く世を見せてやりたいと思いました所、一番にこの美しい海と島が浮かんだのです。その折にちょうどこの話が舞い込みまして、これをよしとしてひと足先に参ったのです」


 「そうですか。それは光栄な事で」


 「つきましては、息子に因島や能島などの素晴らしい風景を見せてやりたいのですが、そちらのお許しも頂きたく……」


 「うむ、結構な事ですな。もちろんお許し致そう。なんなら、私が案内して差しあげる」


 「それは、なんと勿体ない」


 大将が自ら案内をするというので喜んで目を細める北畠卿ではあるが、義弘としては若干の警戒心から出た言葉である。


 そしてもし仮に、部外者には見せられない所を詮索されようものなら、配下ではこの貴人を止められないだろうな、との思惑もあったのだった。


 一応は二人で笑い合っていると、そこへ先ほど船へ引き返した北畠卿の護衛が追いついてきたのである。


 お連れ致したとの報告を受けて、北畠卿は改めて義弘へ笑いかけると、


 「義弘殿、ご紹介いたします。これが我が息子にございます」


 振り向きがてら片手を上げて、そちらを示したのであった。


 (まあ、お公家さんだし……なよっとした奴なんだろうな)


 そんな事を思いながら示された奥を見た義弘が……固まった。


 ついでに、五郎に抱っこされているお竹もまた……そちらを見て口をぽかんと開けてしまった。


 親子二人してどんどん目が見開いていく先では——。


 海風に涼やかな色合いの袖をひらめかせ、颯爽とひとりの青年が進み出てきた。


 父親譲りの優しげな面影を映しつつも、切長に形良く弧を描くキリッとした瞳に、姿勢のよい賢そうな出立ち。


 誰が見ても好青年と呼ぶであろう、十五、六の若者であったのだった。


 そしてこの瞬間、


 (玉にぴったりのやつーーーーーー!)


 義弘の身体で雷に打たれたようにビビッと何かが走ったのであった。


 「私の三人目の息子で、名を顕長と言いまして——ん? 義弘殿?」


 紹介している最中に、急に肩にポンと片手を置かれて北畠卿が顔を戻してみると、隣の義弘が前を向いたままとんでもない無表情でいた。


 そして置かれた手がゆっくりと上下したかと思うと、次第に高速でバシバシ叩いてくるようになり、何事かと驚いているとふいにバッと顔を向けてきたので、びくりとした。


 「おお! なんと立派な若者だ! 貴殿によく似て凛々しくていらっしゃる!」


 「えっと……ありがとうございます」


 不気味なほどにこにこした笑顔となった義弘に、北畠卿が目を瞬かせていると、


 「どうです? ご子息の腕っぷしはいかがかな?」


 妙な質問が飛んできた。


 「え? えっと、はい。武術でしたら、たしなむ程度には……」

 「そうですか! それはちょうど良い」

 「ちょうど……?」


 全くもって義弘の言葉の意図が分からないでいる北畠卿に、この男はとんでもない事を願い出たのである。


 「今からちょっと、ご子息と拳で語り合ってみてもいいですか?」


 「なぜですか⁉︎」


 この会話を後ろで聞いている五郎には分かったのだ。

 今、義弘が玉の婿候補をロックオンしたという事を。


 そして五郎の腕に抱っこされているお竹は、きらきらさせた目でずっと顕長を見つめている。


 「む、息子が何か粗相でもいたしましたか?」

 「あぁ違う違う。どうも〜最近、こうたくましい若者を見ると〜勝負したくなるというか〜」

 「ご、ご冗談を。愚息ごときが大将様のお相手など、とてもとても務まりませぬ!」


 へらりと笑い顔で願ってくる義弘に、真っ青になって北畠卿が首を横に振っていると、


 「父上。よろしければ私も大将殿にご教授願いたいです」


 などと、当の息子が承諾してしまったのである。


 そんな事で、北畠卿が愕然としている前にて、義弘と顕長は浜辺で対峙する事となったのだった。


 腰の太刀を預け、袖をたすき掛けして顕長が向かい合うと、どのようにしかけるべきか考えているのか、真剣な目つきでこちらを見据えている。


 (いいではないか〜)


 その精悍な顔つきに、ふんぞり返って待っている義弘はわくわくしていると——。


 パッと顕長が走り出した。


 (おっ、早い)


 深さはない所だが、浜のさら砂で足を取られているはずだが、彼はなんなく走り込んでくると、右手を拳にして繰り出してきた。


 義弘は身体を軽くひねってよけたのだが、顕長はそれをみこしていたようで、素早く後ろ手に身体を回すと左足で回し蹴りを放ったのだ。


 (良い動きだ)


 感心しながらその蹴りを片手の剛腕で受け止めていると、目の前の身体が再度、今度は右回転で回る。そして腰を落としながら足の辺りに腕を振り払ってきた。


 さっき受けた蹴りがなかなかのものだったので、義弘は慌てて後ろへ飛んで退いた。


 すると、間髪入れずに腰をグッと落とした顕長は、片足で浜を蹴って勢いよく迫ってきたのだった。


 「おお!」


 この若者のあまりに見事な動きに、周りで見物している護衛や漁師たちから歓声が上がる。


 顕長が放つ拳が、目の前にきたその屈強な腹へ入りかけた直前、義弘がは片手でサッとその手首辺りを捕まえると、思い切り真上へあげた。


 「うわっ!」


 その怪力で浮遊感を覚えた顕長の目に、にこりと笑った義弘の顔が上から下へ通り過ぎる——と思ったと同時に、視界が一気に反転した。


 長い腕を使って片手を引っ張り上げた義弘は、浮いた身体にもう片方の手をかけて円を描くように回し、砂浜へ軽く放り投げたのである。


 それでも、顕長はとっさに砂地へ着くよりも早く受け身をとっていた。


 急いで上半身を起こし、上げた顔の中にある目に強い闘志が宿っているのを義弘は見た。


 (おっ? 良い面構え!)


 この大将は、ガッツのあるやつが好きだった。


 真っ直ぐに向けられたその純粋な気迫に引きずられるように、無意識で義弘も小さく構えた。


 起き上がりざま顕長が走り出そうとすると、


 「そこまで!」


 ついに北畠卿が叫んだので、両者はハッとなって止まったのであった。


 (良いとこだったのになぁ)


 義弘が残念そうに頭をかいていると、乱れた息を整えながら手前までやってきた顕長が、ぺこりと頭を下げてきた。


 「ありがとうございます、勉強になりました」

 (礼儀正し〜い!)


 「さすが大将殿ですね。お噂通りにお強い、私もこれからもっと精進してまいります」

 (誠、実、だ!)


 顔を上げて笑ったその屈託のない表情に、義弘の親心が打ち抜かれて胸をきゅんとさせられてしまう。


 「いやいや、貴殿もたいそう強かったぞ! 若いのにやるではないか。しかもこんな砂浜でもよく動いたな」

 「あ、はい。戦さの時に雨だったりするので、それを考えてよく、田んぼのぬかるみで稽古をつけて頂いたりしていたのです」

 (真面目だぁ!)


 もう、もう……義弘は内心で悶絶した。


 (こんな男が婿にほっし〜い!)


 と、この若者をたいそう気に入ってしまったのである。


 「そうかそうか〜、なかなか面白い。貴殿なら立派な水軍の将になれそうだ!」


 お世辞としてその言葉を受け取りながら、ありがとうございますと微笑む顕長の背をバシバシ軽く叩くと、すいっと義弘は海を見てから北畠卿へ向かう。


 「今日は能島でも行きますか? 次の潮まで我が屋敷にて、ゆるりと休まれるがよい」

 「かたじけのうございます」


 息子と同じように微笑んで返した北畠卿が、護衛たちに指示を出し始めたので、義弘もまた近くにいた配下を捕まえて館の妻へ伝言を走らせようとした。


 「おい、北畠殿を迎える支度を整えるように言ってくれ」


 へい、と返事をして配下が走り出そうとしたのだが、その首根っこを掴まれてまた戻されている。


 そして義弘は、声をひそめつつも語気を強めて言うのであった。


 「まてまて。それから、玉をぜ〜ったいに出迎えに屋敷で待たせるように。お偉いさんがくるんだから、ちゃ〜んとしっかり、おめかしをしておくように言っておけ。もし伝わってなかったら……海にぶん投げるからな、いいな」


 最後にはとんでもない圧をかけてくるので、配下は顔を引き攣らせながらうなずくと、えらいこっちゃと一目散に屋敷へ走ってゆく。


 (ふっ……俺の目に狂いはない! これは絶対に玉もこいつに一発で惚れて、もう龍になりたい〜などと、言わなくなるにちがいない、よし!)


 確信をもって非常に満足した義弘は、さっそく頭の中でこの後の段取りを軽く考えてみる。


 (まずは屋敷にてご対面だろ? 玉は俺に似て美人だからな〜、あいつもすぐに気に入るだろうな〜。あ? もしかしたら玉は恥ずかしがってしまうかもしれんな、龍とばっか遊んでたからな〜。ならば俺がこう、積極的にあいつへ話しかけられるように助けてやらねば——って、ん?)


 にやにやしながら妄想を広げていると、近くで五郎に抱っこされていたお竹が、ふいにぴょんとその腕から飛び降りた。


 そして小走りに走っていくと、顕長の前に立って見上げ、ハキハキした声を上げたのだった。


 「若さま! たけ……わたしが、あんないしてあげるね!」


 そう言ってギュッと手まで繋いだので、義弘はずっこけそうになったのだった。


 「待て! なぜお前がそんなに積極的なんだ!」

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