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能島城の龍神様  作者: 木村友香里
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6.イケメンを探せ!


 空が美しく茜色に染まる夕暮れ時。


 とある島で漁をしていた男たちがその日の仕事を終えて、帰宅しようとしていた。


 「なあ、聞いたか? 近ごろ出るんだってよ」

 「何がだよ」


 持って帰る荷物を手早くまとめて、若者が三人連れ立って家路に向かう山道に入ってゆく。


 「わしと勝負しようぜおじさん」

 「何だよそれ」

 「あ、オレもそれさっき聞いたし。親方に気をつけて帰れってめっちゃ言われた」


 なんでも、ほっかむりをしたでかくて怪しい男が年ごろの若者へ、わしと勝負しようぜ、とやたらに声をかけているとの事。


 しかも芸予諸島だけでなく、伊予の国土にまで出没しているらしい。


 金品を奪う賊ではないようだが正体も動機も不明な為に、大人たちは子供たちへ厳重な注意喚起を呼びかけている。


 「つーか、なんの勝負だ? 釣りか?」

 「んなわけないだろ。これだろ?」


 ひとりの若者が拳を上げて見せる。


 「はは、じゃあオレらは大丈夫だろ。ケンカなら負けねーし、今は三人だし。そいつは一人なんだろ? ジジイ相手じゃ余裕じゃねぇか。むしろ遭遇してみてぇ〜」


 「まあ、そうだな〜」


 そう結論づけて若者たちが大笑いをしていると……。


 緩やかな上り坂となっている山道の奥で、木の幹からひょこりと人影が出てきたのを見る。


 「お? なんかいるぞ?」


 三人が足を止めて様子をみていると、その影はこちらへのしのしと歩いてきた。

 近くなってくると、その頭は白色であるのが分かったのだった。


 「坊主か? ……いいや違う! あれは、ほっかむり!」


 「ま、まさか!」


 ついに目の前まできたその男はやたらに身長が高く、若者たちが見上げてしまうほどであった。


 「間違いねぇ! こいつが噂のジジイ!」


 若干の好奇心で胸をどきどきさせながらとっさに身構えた三人だった……が。


 その男は歩みを止めることなく三人の真ん中を抜けて堂々と通り過ぎていく。


 「え? 違うんか?」


 拍子抜けしたように三人が振り向いてみると、その男もまた坂の下で振り向いており、腕を組んでこちらに向かって問いかけてきたのであった。


 「テメェら、わしと勝負しようぜ」


 「よし来たぁーーーー!」


 もはや待ってましたと言わんばかりになった三人は、腕っぷしには自信がある。


 日々の漁でがっちり鍛えられているたくましいその身体を素早く走らせると、先手必勝と三人同時で男に襲いかかっていく。


 (坂の下で挑んでくるたぁ、バカじゃね?)


 内心でほくそ笑んだ最初のひとりが強烈な飛び蹴りを繰り出した。


 ところが、その男はヒョイと身体をズラして足をかわしざま、組んでいた腕をほどいて横へふり、裏拳で若者を吹っ飛ばしてしまった。


 「なんだとてめぇ!」


 次の若者は顔面を殴りにかかったのだが、拳が着く前に片手でペンと払われてしまい、さらには足を引っ掛けられて転がった。


 「やりやがって!」


 次の若者も、落ちていた枝をそのでかい身体に向かって薙ぎ払ったのだが、反対にその先をがっしり捕まえられてしまい、そのまま引き寄せられた挙句に背負い投げで放り出されてしまったのだった。


 「くそがぁ!」


 倒れても起き上がり、元気に向かっていった若者たちであったが、その屈強な男にはどうにも歯が立たず、間も無く、息を切らしながら地に転がっている有様となっていたのだった。


 「な、何者なんだ、あんたは?」


 ぜえぜえ言いながら顔だけをなんとか上げた若者たちに、


 「……足腰をもっとよく鍛えておけ」


 男はそれだけを言うと踵を返している。


 この時、若者は気がついた。

 自分たちの身体は疲れているだけで、ほぼ無傷だと。


 そうなると、わざわざ坂の下から仕掛けてきたのもわざとだったのではないか。


 「強えぇ……」


 そして、去っていくその広い背中が何故か、やたらにカッコよく見えてしまっている事を。


 「待ってくれ! せめて、お名前を——」


 伸ばした先の手のひらの向こうでは、立ち止まることなく、謎のカリスマオーラを放つその姿が夕闇に消えていくのであった。

 

 

 

 ーー ーー

 

 その数日後となる朝——。


 「あなた様はいったい、何をなさっておいでなのですぅ!」


 義弘の拠点のひとつであり、家族の住む新居大島の居館にて、妻の豊が盛大に雷を落としていたのであった。


 「な、な、なんだ? 俺、別に何もしていないぞ」


 夜遅くに帰ってきてぐーすか寝ていた義弘は、飛び起きるなり上半身を起こして目を見開いている。


 部屋の入り口から豊はずんずん足音を立てて歩き、義弘の前に膝をつくと、いつものおっとりとした顔を般若のように変えて凄んできた。


 「今、うわさになっている謎のほっかむりおじさん……、あなた様ですよね?」


 ぎくりとなって青ざめた夫に、豊はもう確信した。


 「私の目は誤魔化せないですよ! どうしてそんな事をなさるのです! あぁ、世間さまに対してなんとお恥ずかしい……」


 両手で顔を覆って嘆く妻に、義弘はあわあわと一応の言い訳を述べる。


 「いやまぁ、だけどこれは……玉の夫となるやつを探しているだけで……」


 「何を訳の分からない事をおっしゃるのです! あなた様というお方は、ほんっとうに、いつもいつも何を考えているのか分からない事ばっかり、なさっておられる! こないだでも——」


 顔を上げた豊は引き続き怒りを爆発させると、ついには話が逸れてゆき、日頃の不満までガミガミと言い出した。


 仕方がないので義弘は、褥の上にあぐらをかいて口を尖らせながら、項垂れているだけなのである。


 結婚してだいぶ経ってはいても、惚れた女には弱かったのだった。


 やがてひと通り叱り飛ばした豊は、もう二度とこのような事をしないと約束させてから部屋を出てゆく。

 入れ違いに、柱の影からずっとこの様子を覗いていたお竹が小走りにやってくると、義弘の膝の中にすっぽりと収まってきたのであった。


 「ちちさま〜、かかさまにすっごい怒られちゃったね〜」


 身体をひねって小さな手が頭をよしよしとしてくるので、しばらく無言で撫でてもらってから、義弘はため息をついたのである。


 「あ〜あ、ちょいブラつくか〜」

 「わたしもいく〜!」

 

 

 

 ーー ーー

 

 甘い香りを放つ白い花に向かって、小さな手が伸びてゆく。


 だが、その指先が届くよりも先にそよりと吹いた朝の風が花を丸ごと枝から散らし、さらってゆこうとした。


 「あっ!」


 お竹が上げた声で反射的に義弘は、風に流れた花を空中にて片手でパッと捕まえたのだった。


 肩車をしてやっているのでその花を頭の上に渡すと、なにやらもそもそとした振動が伝わってきた後に、


 「ちちさま〜にあう〜?」


 そんな声と共に目の前で可愛い側頭部がでんと迫ってきたのであった。


 「似合うぞ〜、可愛いな〜」


 至近距離すぎて何がどうなっているのかさっぱりだったが、どのみち答えは決まっているのでそう返した義弘は、そのまま歩き出した。


 地に生い茂る草の中にでこぼこと砂地が見えている急な坂道ではあるが、普段から荒波に揉まれて縦横無尽に揺れまくる船の上ですら、仁王立ちでふんぞりかえったまま微動だにしない、強靭な足腰とバランス感覚を持つ男である。


 七歳児を肩にしていても、ひょいひょいと軽快に下っていくのであった。


 やがて青空にカモメが多く遊ぶ姿がちらつき始め、徐々に届いてくる潮の香りに柔らかな風が頬を撫でるようになると、大きく視界が開き、元気な波の音を響かせた海の青が広がったのだった。


 「あっ! おろして〜」


 落ちないように持っている足をパタつかせて頭上から楽しそうな声が降ってきたので、義弘はよいしょと屈んでやる。


 すると地に足がつく前に飛び降りたお竹が片腕を引いてきて、わくわくしている顔で向こうを指さしたのである。


 「なんだ〜?」


 立ち上がってその方向を望んでみると……。


 海岸の砂浜では、早朝の漁から帰ってきた舟がいくつか上がっており、その手前では作業がひと段落したのか漁師たちが火を囲んで休んでいる姿があった。


 おそらく娘が目ざとく見つけたのは、その焚き火から煙と匂いを立ちのぼらせた大きい鍋であろうと推測される。


 「あれは五郎たちか」


 義弘がゆったり歩を進めるので、早くあの場に行きたいお竹は手を掴んでぐいぐいと引いてきた。


 連れられるようにして浜へ降りた頃には、向こうでもこちらの存在に気がついたようで、手前に座っているどっしりとした巨体が振り返り、片手を軽く上げたのが見えたのだ。


 同じ仕草で返していると、痺れを切らしたお竹が手を離してひとり、走っていってしまったのである。


 「おはよ〜ございます〜」

 「お、はよ。今日も元気だね」

 「おはよーさん。ひーちゃんも食べるかい?」

 「うん!」


 満面の笑顔で駆け込んできた子供に大人たちも笑顔となって迎えると、火にかけてある鍋から鯛のあら汁を器へよそってやっている。


 「あちいから気ぃつけ〜」

 「わ〜ありがと〜」


 それを慎重にお竹へ渡している時に、義弘が追いついてきたのである。すると皆の顔が今度は笑い顔となっていく——。


 「おはよ〜っす! ほっかむり大将!」

 「おい、みんな〜、大将と勝負するか〜?」

 「ほっかむ〜りお〜じさ〜ん! オレと勝負しようぜ〜」


 そう配下たちがからかってくるので、


 「何でお前らまで知ってるんだよ、おい! 誰に聞いたんだ⁈」


 義弘が顔を引き攣らせていると、隣になった五郎がため息をついてきた。


 「遭遇したやつらの話を聞けば、誰だって分かるっつーの」


 目撃者は皆、口を揃えて言う。


 やたらに長身で筋肉質な身体に、ほっかむりの奥に光る目はキリッと鋭い。とにかく腕っぷしが強く、ふんぞり返って去ってゆく。


 それを聞いた義弘に近しい配下たちは、うちの大将がすみません、と内心で思いながら手で顔を覆うしかなかったのであった。


 「相変わらずおかしな事をするなぁ。今度は何を企んでいるんだ?」

 「別に、なんもね〜よ。それよりよくも、こないだは俺の獲物を横取りしてくれたな、このやろー」


 理不尽な事を言いながらブスッと口を尖らせ、どかりと五郎の近くに座った義弘のあぐらの中に、お竹が器の中身をこぼさないよう慎重に座ってくる。そしていただきますと、あら汁をふ〜ふ〜しながら飲み始めていた。


 同じく、その骨にかじりついて周りについているわずかな鯛の身を吸い込んでいる配下たちも、興味津々で義弘へ問いかけてくる。


 「大将、暇なんすか?」

 「お前と一緒にすんじゃねぇや。忙しすぎるわ」

 「なんで若者にヤキ入れてんの? 大将、身体がなまってんの?」

 「違うっての! まあ確かに、近ごろの仕事はつまらんやつ多いけど」


 数年前から飛躍的に勢力を拡大してきている村上水軍なので、勢力争いの後からくる内政により義弘は太刀を振り回すよりも筆を走らせる方が、この頃は多かった。


 「じゃあなにか? 人でも集めているのか?」


 器に骨しかなくなったので、五郎は配下へおかわりを頼んでいる。


 「集めてはいないが……」

 「じゃあ何だ?」


 やたらと問い詰めてくる事に面倒くさくなった義弘は、仕方なく白状した。


 「……婿を探してんだよ、玉の」


 ここで数人の配下が驚きのあまり、ブフッと鼻から汁を放ってしまう。


 「あぁ、そう言えばこないだ与一からそんな事を聞いたな。そんで? どうだったよ。いい奴いたか?」


 おかわりまで豪快に飲み干して温まった身体に満足している五郎とは反対に、不満をあらわにした顔で義弘は愚痴るように言う。


 「駄目だな、だらしのないやつらばっかりだ」

 「そうなのか? あれだけの人数を襲撃しておいてひとりも、か?」

 「ったく、誰も俺にかすり傷もつけられねぇんだぞ。まあ、俺が強すぎるってのもあるがな」

 「ふ〜ん、それで? 大将の言ういい男ってのはどんなやつなんだ?」


 この質問に、さも愚問だと言わんばかりで、


 「そんなの決まっているだろう。おれのような男だ」


 義弘はどーんとドヤ顔で答えてやった。


 「めちゃくちゃヤバい男じゃないか!」

 「大将が二人もいたんじゃ、オレらたまらんわ〜」


 ゲラゲラ笑う配下たちにやかましいと義弘が吠えていると、さらに五郎が問いかけてくる。


 「そもそも、大将はどの生業のやつを婿に欲しいんだ? 勝負したガキどもなぞ、そのへんがみんなバラバラだったぞ。たしか」


 漁師に農夫に商人に武士に……。


 「へ? そーいやー、そこまで考えてはなかったなぁ。ただ、俺のように強くて誠実なやつ……とか〜かな」


 う〜んと唸る義弘に、配下たちは、


 「ってか、大将はそんなに誠実じゃなくね?」


 などと、ひそひそしている。


 「まあ、とにかく玉が幸せになってくれればな〜」

 「幸せねぇ、どんなよ」

 「何言ってんだよお前は。そりゃ、いい男と一緒になって子供産んで育てて……。うん、普通の幸せをだな——」


 この時フッと……この場の空気が止まった。


 そして次の瞬間には爆笑の渦が巻き起こったのである。


 と言うのも、子供の頃から義弘はとにかく破天荒な男であった。

 何を考えているのかさっぱり分からない発言に命令、それに伴う豪快な行動。

 そんな男に振り回され続けている彼らにとって、義弘が普通を語るなどとは抱腹絶倒なのである。


 「一番、普通じゃない人がフツーとか言ってる⁉︎」

 「まさか、大将の口からそんな言葉が出る日がくるとはな」


 腹を抱える者たちに、膝を打って大笑いしている五郎は、


 『常識ってなんだよ! ブハハハ——』


 などと言って暴れ回っていた昔話を蒸し返してくる。


 膝の上に座るお竹も、皆が笑っているのでなんとなく自分も笑っていた。


 その雰囲気で妙に腹が立ってきた義弘は、片腕を伸ばして笑い転げていた配下の頭をがっと掴んでやる。


 「ほう。そんなに俺は普通じゃないのか、ああ?」

 「い、いいえ! 大将の普通は俺らの普通です! はい!」


 でっかい手のひらでぎりぎりと頭頂部を締め付けられているのを見て、五郎以外の皆が慌てて貝のように口を閉ざしている時だった。


 「お〜い、大将! こっちに向かってくる舟があります!」


 波打ち際に上げていた舟の中で作業を続けていた男が、そう叫んできたのであった。

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