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能島城の龍神様  作者: 木村友香里
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5.封印されてしまっていた龍


 義弘が海上にて謎の賊を蹴散らした直後となる空の上。


 そこでは、龍神の姿で青空の中に浮かぶ青藍とその頭に乗る玉が、ずっとその戦いを見ていたのである。


 「父上ったら……。なんてむちゃくちゃなの……」


 龍の頭にあるふさふさなたてがみの上で、力が抜けたようにぺたんと腰を下ろした玉は、父の戦いぶりにハラハラしていた胸をホッとなで下ろした。


 「義弘はいつもああだから、心配はいらないと言っただろう」


 何でもない声で言った青藍が、眼下の騒動が終わった事でゆるりと顔を背けて神体の方向転換を始めたので、玉は慌てて左右になった龍の角を掴んでいる。


 先ほどとは違ってゆっくりゆっくりと、青藍は漂うように空を進んでゆく……。


 やがて能島が近くなると少しだけ高度を下げたので、濃く鼻に届いた潮風で玉が笑顔になると、小袖の上半身だけを脱いでいる。


 サラシを巻く胸元の角のカケラが揺れ、肩や背の少し焼けている瑞々しく健康的な肌を太陽の光に艶めかせながら袖を腰に巻くと、なびいている髪を紐で一つにまとめていた。


 それが終わる頃には、青藍の頭が能島付近の『緩やかな』流れの海上にまで来ていたのだった。


 すくっと立ち上がった玉は、軽やかにその素足で走り出した。


 たてがみによって柔らかだっだ足裏の感覚が硬いゴツゴツに変わり、そのくちばしの先を軽く蹴って目の前に広がる水色の中へ飛ぶと、手をいっぱいに伸ばして頭から落ちてゆく。


 もはや慣れてしまった落下の感覚を楽しんでいると、やがてざぶんと海中に入る衝撃を感じ、後には水に抱かれた全身の心地よさに浸ってしまう。


 玉が龍の口先から海に飛び込んだ直後、青藍の方でも全身を黄金色に光らせ、小さくして青年の姿をとると、目を閉じて同じように頭から身体を自然落下させて玉の近くへ飛び込んだのだった。


 「ぷはっ! ふ〜……あら? 青藍?」


 海中から勢いよく顔を出して見上げた玉であったが、空にいるはずの龍の姿がない。


 不思議そうに辺りを見回したが、遠く見える能島の海岸で投網や釣竿の手入れをしていたり、物を運んだりと仕事をしている男たちの姿があったり、隣にある鵜島の海でも女たちが海産物の漁でもしているのか、幾人かが海面から顔を出していたり潜る際に足を出したりしている姿があるくらいだった。


 「どこにいるの〜?」


 少し不安になった直後、目の前の海中からひょこりと青藍が頭を出したのである。


 「びっくりした〜ふふ。ね、青藍、競走しよっ」


 そう誘って泳ぎ出した玉ではあるが、本来ならば海の神になどとても敵うものではない。しかし青藍は頷くと、ゆったりと玉の後ろを付かず離れず追いかけてゆく。


 追い越す事もなく最後には二人仲良く並んで泳いでいくと、やがて小さな島である鯛崎島の裾となる岩場へ上がったのだった。


 この時、玉は忘れずに上へ顔を向けると、大きく手を振ってみせた。


 すると、こちらに気づいていた頂上にある見張り台の付近にいる男たちが、不審者ではない事を納得したように軽く手を振りかえしている。


 それでもやはり、


 「お? 大将んとこの姫さん、今日はひとりで泳いでるんか?」

 「いや、大将のお守り持ってる感じだから神さまと遊んでんだろ」


 男たちには隣にいる青藍の姿は認識できていないのであった。


 崖の途中から突き出している枝葉が作る木陰まで進んだ玉が、驚いて逃げまどう小蟹たちに気をつけながら岩の上へ腰をおろしたので、青藍もその近くに座ろうとしたのだが、


 「あ、待って。ちょっと聞きたい事があるから隣に来てくれる?」


 そう手招きをされた為に、おとなしく従って同じ岩の上に座ったのだった。


 きょろきょろと辺りを見回して人が近くにいない事を確かめた玉は、もう少し近くに寄っていくと、ひそひそ声で質問を切り出した。


 「ねぇねぇ、今さらなんだけど……。どうして父上だけ青藍が見えたりするの?」

 「さあ。玉にだって私が見えているだろう」

 「そうだけど、でも父上はこの角を持っていなくてもあなたを見られるでしょ? 私はこれが無いといけないけど……」


 そっと胸元に紐で下げている角のカケラを手で触れている。


 「他にも父上のように角がなくても、あなたが見える人はいるの?」


 この問いに、青藍は少し考える素振りを見せた。


 「多くはないが、これまでの間にも私が見えているらしき人はいたな。特に赤子だったり」

 「そうなんだ」

 「でも、このように人と関わったのは義弘と玉が初めてだ」


 思い返してみると、見えているらしき人が赤子だと、嬉しそうに手を伸ばしたり、反対にギャン泣きされたりするだけであった。子供や大人だと、龍が見えるぜ! と言ったところで誰も信じない上に、どうやら神さまだと直感するらしく、畏怖の念を抱かれ、遠くから拝まれて終わるだけだった。


 ところが、この時ひとつ嫌な事を思い出した青藍は苦い顔をしてしまう。


 そして玉はその表情を見逃さなかった。


 「どうしたの?」

 「いや、なんでもない」


 プイッと顔を背けた青藍に目をぱちぱちさせた玉であったが、もっと詳しく聞きたくて顔を寄せている。


 「青藍と父上って、いつから仲良しになったの? 父上に聞いても忘れたって言うのよ、だから教えてくれない?」


 その願いで藍玉のように輝く瞳を瞬かせてから、青藍は顔を海に向けつつ義弘との出会いを語り出したのだった。


 「あの時は、海の中も妙に荒れていたんだ——」


 いくつかの不運な自然現象が重なったようで、芸予諸島を始め、いろんな場所の海が荒れて人にとっての不漁が続いた年があった。


 「あとから義弘に聞いた話では、その原因がなぜか海神わたしなのではないかと人は言っていたそうだ」


 なにかしら海の神さまが怒っていらっしゃる! と島々の人たちが頭をかかえていた時だった。


 たまたま伊予の国に強い神力を持つ旅の男が訪れていたのである。

 しかしその男は、大きな力を持ちながらも善人などではなかった。


 偶然、空を散歩していた青藍を見かけると、ここぞと言わんばかりに金儲けの方法を思いついたのだった。


 『確かに、この海には龍神がいて暴れまわっている! われが封印してしんぜよう!』


 実は鯛崎島の土には霊石の成分が多く含まれていた。


 それを見抜いた男は地元の漁師を使ってその島の頂上までくると、丈夫な白木の杖を地に刺し、何かしらの呪文を唱え始めた。


 すると、海底で昼寝をしていた青藍の神体にバチンと静電気が走ったような痛みが感じられたのだ。


 「何事かと思って、鯛崎島まであがっていったんだよな」


 渦潮を作り、大きな水しぶきと共に海から半身を出した青藍は、眼下にその男を見た。


 その瞬間——。


 雷に打たれたような強い衝撃を受け、意識を失ってしまったのだった。


 そしてふと気がつくと、海底に沈んでいたのだが……。


 海中の鯛崎島に巻き付くような形で神体がくっついてしまい、身動きがとれなくなっていたのであった。


 「ひ、ひどいわ! なんて人なの! 青藍は何も悪くないのに!」


 ここまで聞いていた玉が真っ青になって怒るので、青藍もまた苦笑してしまう。


 「人というものにほとんど関わった事がなかったから、私も迂闊だったのだ。このような事ができる人がいるとも知らなかった」


 青藍を封印してみせた男は、これで大丈夫だからと言って人々から散々に報酬と称してたんまり財宝を巻き上げると、さっさと行方をくらませている。


 そしてその後、海は落ち着くどころかより一層に荒れてしまったので、皆は激怒して悔しがったと言う。


 この時にまだ少年だった義弘もまた、


 『おい、なんだよ! よけいにひどくなってんじゃんかよ! あのクソ詐欺師めがぁ!』


 憤怒のあまりまさかの隣にある大島から鯛崎島まで泳いでいくと、頂上に刺さっていた白木の杖を見つけるなり回し蹴りで叩き折り、残りを土から引っこ抜いては膝でまた折ったのだ。


 奇しくもそれで青藍の封印が解かれる事となり、イライラしながら海中で眠っていた所を、いきなりまた自由の身となったので、


 「そいつをどうしてくれようかって、上に走ったんだよな。でも——」


 勢いよく海面から姿を現してみると、鯛崎島の頂上にいたのはあの男ではなく、目を吹っ飛ばして驚いている義弘少年だったのだ。


 こいつじゃないな、と青藍が目をぱちぱちさせていると、普段から神仏を全く信じていなかった義弘もまた、いきなり邂逅となった龍神に茫然としてしまい、お互いにしばし見つめ合ってしまった。


 やがて義弘の手にボロボロとなった白木の杖を認めた青藍の方が、先に状況を察して声をかけたのである。


 『どうやらそなたに……助けられたようだな』


 うおっ! 喋った! とビクリとした義弘だったが、次にはニマリと笑う。


 『そ、そうかそうか〜、オレ様に助けられたんだよな〜。じゃあ、お礼に何をくれるんだ?』


 なんという度胸と強欲だと、見ず知らずの神に向かって臆することもなくねだってくる少年に、青藍はなんとも言えない顔つきとなったのだが、


 『……なにが望みだ?』


 じっと見つめてから、とりあえず聞いてみた。


 義弘の方でも、ただなんとなくねだってみただけだったので、思わぬ返しにはたと止まってしまったのだった。


 『え? マジで? 何でもお願いとか聞いてくれんの?』

 『……ああ。出来る範囲で、たぶんひとつくらいなら』

 『きんぎんざいほーをめっちゃくれ、とかでもいいの?』

 『……それでいいのか?』

 『ちょっと待て! いや、待ってくれ! いま考えるから! 何でもいいんだな! ってか、いっこだけとかケチくせぇ!』


 そう言うなり、義弘はその場であーだこーだと悩み出した。


 だが、物欲も野望もたんまりあるお年ごろなので、ちっとも決まらない。


 ずいぶんと待たされた青藍は、だんだん面倒くさくなってきた。


 『……早く決めてくれないか』

 『うあっ! もうちょっと! ちょっとだけ待ってくれ!』


 その返事にこれは決まる事はないだろうと予感した青藍は、仕方がないと目を閉じると、自身の水晶のように美しい角の枝分かれしている先に念を入れて小さく折る。


 そして光となったカケラを、その欲にまみれて悶絶中の少年の前に飛ばしてやったのだった。


 「——願いが決まったら呼んでくれって、私は海に帰ったのだ。それで、その日から今に至っている」


 そよそよと流れる風に藍色の髪をなびかせながら遠くを望んでいる青藍は、ここで思い出話を締めくくったのであった。


 「父上ったら……もう……」


 そんな父の行動になんだか恥ずかしくなった玉は、思わず両手で顔を覆ってしまう。


 「あっ。じゃあ結局、父上は青藍に何を願ったの?」


 ふと疑問に思って顔を上げた玉に、


 「ん? それは——」


 青藍もまた振り向いて言いかけたのだが……。


 「——義弘に聞くといい」


 明言は避けたのであった。


 「え〜? いいでしょ? 教えてくれない?」


 食い下がってみても、青藍はフッと笑ってまた海の方へ視線を移してしまったので、これ以上は聞き出せない事を感じた玉はため息をついたのだった。


 「でもいいな〜父上は。私がもし、何でも願えるのなら……」


 スッと片手を伸ばした玉は、幼い頃からずっとそうしていたように、青藍の片手をそっと繋いだ。


 「願うなら?」


 その感触で顔を戻した青藍に、穏やかな声で伝えるのだった。


 「ふふ。ずっと言っているけど、やっぱり私も青藍と同じ龍になりたいな。そしてお嫁さんになって、ずっとず〜っと一緒にいるの」


 真っ直ぐに碧玉の瞳を見つめる玉の黒曜石のような瞳が、愛おしげに揺れる。


 しばしその視線を受け止めていた青藍だったが、ふと、やや俯いたのだった。


 「あ、ごめん。嫌だったの?」

 「違う。そうではない……。もし本当にそうなったら、私も嬉しく思う」

 「ほんと?」


 パッと笑顔が出た玉であったが、


 「だが、玉が龍になると、義弘から玉を奪う事になるのだろう」


 この言葉にハッとなった。


 「それはしたくない。たぶん……私は結構、気に入っているんだ……あいつの事」


 悲しませただろうかと、眉を下げてそっと目を上げた青藍だったが、意外にも玉は照れたように微笑んでいたのである。


 「そうなのね! 私も、父上好きだから……その、なんか……ありがとう」


 玉は家族が大好きだった。


 ゆえに、自分を含めた大切な人たちをも気にかけた青藍の言葉で、妙にくすぐったいような嬉しさを覚えたのだった。


 繋いだ手をキュッと握った玉は、胸元に下がる角のカケラも片方の手で包み込んでいる。


 そして、先ほどと同じように真っ直ぐ青藍の瞳を見つめたのであった。


 「じゃあさ。私は人だけど、ず〜っと青藍と一緒にいてもい〜い?」


 ひとつ……ふたつと、碧玉の瞳が瞬きをする……。


 そして、


 「……ああ」


 表情はあまり変わらなかったが、青藍は少し両側の口角を上げてうなずいたのである。


 「嬉しい!」


 そのまま感極まった玉がパッと抱きつこうとした時だった。


 「刻がきたり」


 二人の間に義弘の顔がヌッと現れたので、


 「きゃあぁぁーーーーーー! 父上ぇ‼︎」


 玉は仰天し、絶叫してしまったのである。


 「いつから聞いていたの⁉︎」

 「ん〜? カッコよくこいつを助けた俺は何も聞いてナイヨ」

 「聞いてたじゃないのぉ! かなり前からぁ!」


 父上好きとか聞かれてしまったかと思う玉は、恥ずかしさのあまりに身体中を真っ赤に染めると、


 「盗み聞きなんて酷いわ! 父上なんてだいっきらい! もう知らない! 行こう、青藍!」


 両手を拳にして叫び、繋いだままでいた手を引いた。


 そして、こっそりと楽しそうに微笑む青藍に気がつかないで海へ向かい、一緒になって飛び込んでいる。


 胸に言葉の刃が深々とぶっ刺さっている義弘も、


 「こ、こら! 角を返せっておい!」


 慌てて海へ飛び込み、追いかけてゆく。


 鯛崎島の見張り台では、


 「あれ? 姫さん、こんどは大将と一緒に泳いでら」

 「なんやかんや、仲いいよな。あの親子」


 能島に向かって追いかけっこになってしまいながら泳いでいる二人を見つけて、笑ってしまうのであった。

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