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能島城の龍神様  作者: 木村友香里
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4.荒くれ者


 海風に翼を任せて、カモメが悠々と空を飛んでいる。


 その下では、がっちりムッチリなごん太の腕を組み、商船の船尾に積まれている荷の上で仁王立ちをしている大男がいた。


 「おいおい何だよ。たったそんだけでこのわしに牙を向くなど、片腹痛いわ」


 やや遠い眼下の波間から、四隻ほどの小舟が懸命に追いかけてくるのを目視する。


 もう、髭で埋もれているのではないかと思われるくらいの、もじゃもじゃしている顔が思わず苦笑していると、


 「お頭〜! あんまり端っこに行かないでくださいよぉ〜」


 配下の情けない声が聞こえてくる。


 この男、五郎は大樽のようにでっかく、重量のある巨漢の為に船が傾くとでもいいたいのであろうか。

 うるせーなぁと言いながらも取りあえず荷物の上から静かに降りてやると、その小柄な配下が近くまで歩いてきた。


 「なんか、変なの来ましたね〜。弓で散らしましょうか?」

 「ん〜……そうだな。よし、お前のその銛をくれ」


 酒やけしたガラガラの低い声で五郎から呟くように命じられ、


 「え〜? これお気に入りなのに……」


 配下が苦い顔となってしぶしぶその太く長い銛を手渡した。


 すると、五郎は肩に斜めがけしていたなんとも巨大な弓を身体から外している。


 一応、背にある矢筒にこのバケモノみたいな弓が放つ矢も携帯しているのだが、五郎はその特別製の太い弓弦に銛の方をつがえたのであった。


 「おお! 五郎の頭、やってやれ〜!」


 後ろにいる配下たちがわくわくした目を向ける中、近くの商人たちは何が始まるのかとドキドキしている。


 岩をも穿つ強靭な指先で太い柄を握り、船尾の縁へ片足をかけると、五郎はぐっと巨弓を開いた。


 見据えている先で、ついに先頭を走る小舟が射程距離に入ったので、線のように細いその両目が限界までカッと見開く。


 そして、波に揺られる小舟の先にある縁を掴んでかがむ敵の武者の目にも、商船の上で弓を構える男の姿をとらえたのだった。


 「盾を! 矢がくるぞ!」


 ひと声叫んで木の盾を自身の前に跳ね上げ、その影に隠れたのだが……。


 船上から腕の筋肉を盛り上げて放った五郎の銛は、凄まじい勢いで空気を切り裂き飛んでゆくと、ズガンと小舟の先端を突き抜け、えぐるように半分くらいの舟体を破壊してしまったのである。


 「ひょ〜! かっけぇ〜」

 「マジしびれるわ〜」


 瞬殺されて転覆する敵の舟に配下たちが熱狂的な歓声を上げる中、次の獲物に狙いを定めようと五郎が海へ目を向けると——。


 「んあ?」


 漂う敵の舟のそのまた向こうの海から、一隻の舟が潮の流れに乗ってとんでもないスピードでこちらへ迫ってくるのを見た。


 その船尾には高々と立てられた棒に、環の中で『上』の一文字がどっしりと鎮座する立派な舟印が、バタバタと風に煽られてなびいている。


 「……味方が?」

 「あ! 頭、あれ大将でっせ!」

 「はぁ⁉︎」


 舳先に片足をかけてふんぞり返っている義弘を、遠目がきく配下が見つけて驚きの声をあげているので、


 「何しにきたんだ? あの野郎は」


 五郎は不思議そうに目をぱちぱちさせてしまう。


 助太刀にきたにしてはたった一隻であり、しかも大将自身が出向いているのも謎なのだが、その装備も鉢巻と腰の太刀しかない。漕ぎ手たちは一応、鉢形の革製の兜をかぶって簡単な武装はしている。


 「何か大事な忘れもんでも届けにきたのか?」


 頭をがしがし掻きながら見ていると、ついに一番うしろの敵舟に追いついた義弘の舟が猛然と襲いかかっていったのだった。


 「そのまま突っ込んでやれ!」


 大きく義弘が号令をかけて腕を振った先の相手の舟は、五人ほどが乗っているようであるが、そこまで海に慣れていないのか迫ってくるこちらを見て狼狽えているのが分かる。


 その船首には、しっかりとした鎧をつけた男が舟の揺れで中腰になっているのであった。


 「武士崩れか? ハハ」


 獲物を見据えた義弘は鋭い目をくわっと開き、歯が見えるほどに口角を上げて笑う。


 ついに村上衆の舟が勢いよく相手の舟の真横にぶつかり、勢いあまって互いの舟体が大きく傾いた。


 この時、敵の舟ではひとりふたりと海に投げ出されたのだが、村上衆の舟では誰ひとりとしてその場で微動だにしていない。いや、ひとりだけここ最近に村上海賊の仲間入りを果たした、新人だけが倒れそうになったくらいだ。


 そして義弘はと言うと、ぶつかった瞬間に空へ向かってせり上がった舟の先から飛び降り、


 「邪魔だぁ! 雑魚どもめぇ!」


 そのまま敵のひとりに飛び蹴りを食らわせているのであった。


 残った敵も乗り込んできた義弘へ攻撃したいのだが、大きく揺れる舟に身体の重心が定まらず、前に進む事すらできないでいる。


 もたもたしている間に、長く筋肉質な手足によって殴り飛ばされ蹴っ飛ばされ、背負い投げで放り投げられ次々に派手な水しぶきをあげて海へと沈んでいった。


 「こんの——」


 船首にいた武士崩れの男が何とか足を踏ん張って構え、太刀を抜いたのだが……。


 それを振る前に義弘の強烈な回し蹴りが顔に入り、そのまま海面へ吹っ飛んでいったのだった。


 「こんだけかよも〜、次!」


 愚痴るように言い捨てた義弘は、沈みかけている舟の端を蹴って飛ぶと、戦っている間にさっさと舟体を立て直して漕ぎ出していた村上衆の舟へ、ストンと降りるように乗り込んでいる。


 商船の上でその様子を見ている五郎は呆れたようにため息をつくと、


 「……このまま行くぞ。もう放っておけ」


 そう言いながら踵を返している。


 「いいんですかい? 手を貸さなくても」


 もはや愚問でしかないと思う五郎は振り返らずに答えている。


 「あの野郎は太刀を抜いてもいないだろう、ただあそこへ憂さ晴らしか暴れに来ただけだ。下手に手を出すと後でキレられるぞ」


 確かに〜と苦笑した配下がもう一度海へ目をやると、義弘は同じ手口で次の敵舟へ襲いかかっていた。


 「ブハハハ! 見かけ倒しにもなってねぇな!」


 愉快そうに笑う義弘が、敵の漕ぎ手が横から突き出してきた櫂をヒョイとかわし、勢いよく片腕を振り裏拳で敵の身体を吹っ飛ばしていると、頭上から刀身が降ってきた。


 見るよりも早くそれを感覚で知ると、片足を素早く後ろへ引いて顔前を通過させて太刀筋をかわす。そのまま前のめりになった相手の真下から拳を力任せに突き上げ、顎に強烈な拳を放ってやったのだった。


 その為、脳が揺れた相手は舟の縁に倒れ込んだのだが、勢い余って海へ落ちていってしまったのである。


 「お? もう終わりか? なんだ……じゃあ次はアレだな」


 誰もいなくなった舟の上から再び跳ねて自身の舟に入ると、近くで七人ほどが乗る一番大きいであろう舟に向かって指を差す。


 そこでもあわあわと騒いでいる声が聞こえてくるのだが、こちらが舟先を向けると船首にいる鎧男が号令をかけ、急いで舟を反転させようとしている。


 「はぁ⁈ 逃げんのかよ! 追え!」


 言うと思った、と村上衆の漕ぎ手たちは潮を読み、息を合わせてそのたくましい腕を揺らし、えっさえっさと猛スピードで舟をかっ飛ばしていく。


 すると、敵の舟から矢が飛んでくるようになった。


 義弘はすかさず最前にいる左右の漕ぎ手の前へ盾を上げてやるのだが、自身は引き続き舳先に片足をかけてふんぞりかえっている。


 「ハハハ、当たらね〜な〜。下手くそどもめ!」


 高笑いをする義弘に向かって届きかけた矢もあったのだが、パシンパシンと手でハエを払うかのように落とされている。


 そして、その漕ぎ手たちの能力にも大きく差があったようで、すぐに互いの舟の距離が縮まってきた。


 やがて敵の船首にいる男の顔までしっかりと見えてくる位置までくると、義弘は叫んだのだった。


 「鉤!」


 この号令で真ん中にいた村上衆の新人の漕ぎ手が、なぜかいち早く立ちあがると鉤縄を手にした。

 これを投げて相手の舟へ鉤を引っ掛け、引き寄せて乗り込むというものだ。

 その為、他の武器が持てない事もあり、本来ならば舟の中で一番腕の立つ男が投げ鉤を引き受けるものなので、


 (なんでお前?)


 と、村上衆たちは目をぱちくりしている。


 「とりゃ!」


 ぽ〜いと投げられた鉤ではあったが、案の定というか敵舟に届く事なくボチャンと海へ落ちている……。


 「なにやってんだ! ボケがぁ!」


 すかさず義弘の怒号が飛び、下手したら新人のヘマが連帯責任になると村上衆たちが胸を凍らせると、


 「返せやこらぁ!」


 投網のマサが新人から縄をひったくるなり、ババッと鉤をたぐり寄せて持った。


 挽回のチャンスは一度だ。


 できなければ後で大将からどんな目にあわされることか。



 「おるらぁーーーー‼︎」



 身体中の血管を浮かせて放ったマサの一投は、先がビュンと飛んでゆくと見事に敵の舟縁に刃を食い込ませ、捕らえたのであった。


 わっと村上衆が喜んだのも束の間、それを見た敵の頭が縄を切ろうと太刀に手をかけたのだ。


 「させっか!」


 義弘が舟の縁から跳ねると、縄の上に乗り、曲芸師のように綱渡りで走る。


 それを見て、


 「大将ぉーーーー!」


 マサはかけ声を上げてから敵舟から伸びている縄を一瞬だけわずかにゆるませ、肩にかけると、


 「行ってらっさ〜い!」


 渾身の力を込めて縄を跳ね上げたのである。


 その勢いで縄の中ほどにいた義弘は、ポーンと跳ねて上空へ飛び、空中で太刀を抜いて頭上に掲げた。


 その下となった敵の頭の目に、眩しい太陽の光を返してギラリと光る刀身が映る。


 急いで己の太刀で受け止めようとしたが、


 「陸の猿が、なめるなぁーーーーーー!」


 落下の勢いが乗った義弘の怪力には敵わず、振り下ろされた刀身を受けた太刀は真っ二つに折れ、鎧ごとその身体に斬撃を受けてしまったのであった。


 頭を討たれてしまった事でその手下たちは戦意を失い、慌てふためきながら次々に海へと身を投げている。


 「あ! こら! 殴らせろや!」


 この理不尽な呼びかけに応える者などいるはずもなく、舟はあっという間にもぬけの殻となってしまうのであった。


 「あぁくそっ! よし、次だ!」


 村上衆の舟へ戻ってきた義弘の言葉に、マサは首を傾げる。


 「もう、今ので終わりました」

 「あぁ? 何言ってんだ、敵は四(隻)だろ?」 

 「ひとつはオレらがくる頃には終わってましたよ、あそこ」


 そう言ってマサが指を差した方向を見てみると、確かに遠く波間で半壊の舟が転覆していたのである。


 苛ついた義弘は、


 「なんだよ! さては五郎だな? クソが、俺の獲物を横取りするんじゃねぇよ! 覚えてやがれ!」


 もはや豆粒大になっている商船の影に向かって吠えるので、


 (いや、五郎の頭は悪くないだろ……)


 と、村上衆たちは内心で激しく五郎へ同情しているのであった。

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― 新着の感想 ―
青藍と会う玉にやきもきする義弘、父親としての複雑な想いがひしひしと伝わってきます。そうした中で、義弘、マサ、五郎が繰り広げるやりとりが、生き生きとした描写からとても臨場感をもって感じられました。 桜…
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