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能島城の龍神様  作者: 木村友香里
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2.娘は思春期


 瀬戸内海。


 本州西部に四国、そして九州に囲まれた日本最大の内海。

 その囲まれた海を東西に分断するかのように点在する島の中で、西側にある島々が芸予諸島と呼ばれ、さらにその中に、大島と伯方島との間でこっそりと佇んでいるようなとてもとても小さな島があった。


 『能島』と呼ばれるこの島は周囲約八五〇メートルほどではあるが、小さいながらも数年前に村上義弘が本格的な拠点のひとつとして加えているものである。


 その事で、古くから見張り台はあったものの、今ではいくつか館も建てられ、近くにある礫ほどの大きさである鯛崎島とも橋を渡して、きちんとした水軍の拠点として機能しているのであった。


 小山のように盛り上がった頂上付近にある館の廊下にて、ぬき足さし足で進んでいる十五歳の玉がいる。


 ゆっくりとたどり着いた柱からそっと中を覗いてみると……。


 奥に見える縁側から流れる穏やかな波の音が響く部屋のど真ん中で、岩のようにゴツくてでっかい身体を大の字にし、豪快ないびきをかいている父がいた。


 さらにじっと見てみると、腰の横に紐でくくりつけてある龍神の角が揺れているのを確認して、玉の胸が躍った。


 小袖の裾から素足を静かに踏み出し、起こさないように、外から聞こえてくる波の音に気配を紛れ込ませてゆっくりゆ〜くりと進んでゆく……。


 いびきが止まない義弘の隣に立つ事に成功すると、慎重に身をかがめ、そ〜っとその腰へ手を伸ばす……と。


 「——はがっ! ぶしゅん!」


 と義弘がどでかいクシャミをしたので、玉は心臓がふっ飛ぶ勢いでどきりとした。


 おもわずパッと手を胸の前に引っ込め、息すら止めて見つめていると……。


 しばらく口をもごもごさせた義弘は、またす〜っと寝息を立て始めたのである。


 ほ〜っと息を吐いて安心した玉は、意を決してまたそっと龍神の角へ手を伸ばす。


 ついに中指の先が角へ触れた事で、玉は勝利を確信した。


 ところが。


 義弘の身体が背を向けるように寝返りをうってしまったので、角も一緒になって向こう側へポーンといってしまったのである。


 だがこの時、玉は気づいた。


 ムッと口をとがらせると、もはやなりふり構わず腰もとへ飛びついたのだが、それをかわすように義弘の身体はまたしてもゴロリと向こうへ転がった。


 それでも玉はもう一度飛びつく。

 やはり義弘は転がる。


 「もう! 父上ったら起きているのでしょ? いじわるね!」


 たまらず玉が怒ると、縁側まで転がった義弘はうつ伏せの状態から、起きてナイヨ、とのたまう。


 「お願い! 青藍に会いたいの!」

 「……」

 「父上が戻ってこないから、もうずっと会えていないのよ!」

 「…………会わんでよろし」

 「ねぇお願い! 私にもう、その角をください!」

 「…………だめだ」

 「あぁ……父上の分からずや! もう、知らない!」


 義弘の胸に言葉の刃がぶっ刺さった。


 勢いよく立ち上がってバタバタと去ってゆく足音を聞きながら、起き上がることもしないで口をむ〜っと、尖らせている。


 (まいったな〜。長い事むりやりでも会わなければ、アイツへの興味も無くなっていくと思ったんだがな)


 思惑がおもいきり外れて今度はシクシクと落ち込んでいると。


 ふわりと頭に何か温かいものが触れて、それがソフトタッチで撫でてくる。


 依然、うつ伏せたままで目線だけを上げてみると、


 「ちちさま〜よ〜し、よ〜し」


 くりくりした目をきらきらさせて見下ろしてくる、七歳になる次女のお竹がいたのである。


 「おぉ。お前も来ていたのか」


 いそいそと起き上がった義弘が縁側にあぐらをかいて膝をポンポン打ったので、


 「わぁい!」


 とお竹は笑いながらそこへすっぽりとおさまった。


 「かかさまもみんな来たよ〜。今日ね、なんかちっちゃいエビがた〜くさん獲れたんだって。あとでゆでるお手伝いするんだ〜」


 「そうかそうか、それはうまい酒が飲めそうだ」


 能島はまだ、飲み水も外から搬入しないといけない不便さなので、家族の基本的な居住は別の大きい島であった。


 ゆらゆらと巨体を左右に振ってやりながら、自然と庭の方へ目を向けていると。


 その先ではこの島に自生していた大きな木の枝に咲く白い花が、春の暖かい風に甘い香りをのせており、遠く見える海では緩やかにさざめく波が点滅させるように、チラチラと太陽の光を返していた。


 「ちちさま、ねねさまにま〜た怒られちゃったね〜アハアハ」


 腕の中で笑いながら後ろ手で見上げてくるお竹に、先ほどの反抗期が真っ盛りの長女から受けた傷を癒しながら、義弘は目の前の小さな頭をわしわしと撫でてやる。


 「どうして、せーらんに会っちゃだめなの?」


 くすぐったそうにきゃっきゃとしながら素朴な疑問を投げられて、義弘は眉をわずかに下げた。


 「あの阿呆は人じゃあないからなぁ〜」

 「じゃあ、犬とかにも会っちゃだめなの?」

 「そういうのとはまた違うんだな〜」

 「神さまなのにあほ〜っていってる〜」

 「龍神っつったって、阿呆は阿呆だから阿呆でいいんだ」


 この時、腰に下がる角が海ほたるのように淡く光った。


 すると、


 『阿呆はお前だ』


 義弘の頭に青藍の声が響いたのだった。


 「うお! いきなり出てくるな! 勝手に話、聞いてんじゃねぇ」

 『お前が私を呼ぶからだろう』

 「呼んでねぇよ! 龍神って言っただけで出るなっての。このクソ暇野郎め!」


 角のカケラに触れていると、龍神の御神体が離れていても意識の中で会話ができるようであったが、こちらから呼ばない限りは青藍から呼びかけてくる事などはなかった。


 くうを見つめて喚いている父に、きょとんとした顔となっていたお竹が角のカケラを見つけて手を伸ばす。


 「また光ってる〜きれい〜」


 猫のように指先でそれをちょいちょい弾いて遊ぶお竹ではあるが、角に触れても他の者と同じで龍神の声も姿も認識できないものであった。


 「ねねさまいいな〜。わたしもせーらん見たいな〜」

 「見なくていい! こんなやつ!」

 『お前はほんと、子供の頃から失礼すぎるやつだな』

 「うっせ!」


 義弘と青藍の言い合いが始まろうとした矢先だった。


 とつぜんに思い出したお竹が、


 「お料理してくる〜」


 と言ってスクッと立ち上がると、縁側から庭へぴょんと降りて、たーっと走って行ってしまったのであった。


 その小さな背を名残惜しそうに眺めている義弘へ、青藍はつぶやくように言うのだった。


 『早く玉へ角を渡してやれ。あとあの酒をくれ、前に海から揚げていたやつ』


 「やかましいわ!」

 

 

 ーー ーー

 

 椀の底にこんもり盛られている小エビを、長い指でつまんで口へ放り込む。


 (ぐっ! 辛っ!)


 その致死量ではないかと思われる塩加減にて、義弘は思わず吐き出そうとしたが。


 「おいしい〜?」


 これを作った張本人であるお竹が、隣に座ってにこにこしながら問いかけてきてしまった。


 「あ〜うみゃいな〜、うんうん」


 頬に寄せたエビの足や触覚がちくちくするが、笑いながら義弘は大きくうなずいて返している。


 するとお竹が嬉しそうな顔で横を向いたので、すかさず口の中から手に出しつつ膳の上にある腕を素早く取ると、近くにいた使用人へ塩を抜いてこいと命じた。


 密命を帯びた使用人が、バレないように腕を袖に隠してそそくさと台所へ忍者のように消えていくと、改めて部屋の中へ向き直っている。


 こないだ海底から引き揚げたかくし酒の味を確かめるように、何くわぬ顔で盃をあおっていたのだが。


 「お? 玉はどうした?」


 ふと気がつくと、部屋にはいつものように夕餉の支度に動く妻と手伝いをしているお竹、そして数人の使用人がいるだけでひとり足りなかった。


 「ふふ、あの子なら奥の部屋でまだ拗ねておりますよ」


 囲炉裏にかけてある鍋から雑炊をすくいながら、妻の豊がそのおっとりとした顔だちをにこやかに笑ませて答えている。


 「メシ、食わねぇつもりか? まったく……なんだよもぅ」


 大仰にため息をついた義弘は手もとの盃を空にすると、座っていた炉縁からよいしょと立ち上がって歩き出した。


 それを見たお竹が追いかけようとしたのだが、豊にやんわりと止められている。


 日が傾きかけて薄暗くなってきた縁側をのしのしと進んでいると、やがて奥部屋の入り口にさしかかった。


 いったん足を止めて中をのぞいてみると、たしかに奥の方で玉が背を向けた状態で寝転び、微動だにしないでいる。


 「おい、メシだぞ。ちゃんと食え〜」


 そう呼びかけても、玉からの反応はまったくない。


 「いつまで拗ねているんだ」

 「…………」

 「そういえば〜、俺の着物もボロっちくなってっから、明日はきれいな布でも見に行こっかな〜」

 「…………」

 「こないだ通った交易船からすげーキレーな真珠が入ったらしいぞ」

 「…………」


 物で釣ってみようと試みたが、やはり無反応である。


 「だあぁ〜もぉ〜」


 お手上げだと天を仰ぎ、片手でぺちりと顔を覆った義弘が、


 「…………神体は呼ぶな、もう遅いから」


 と言った事で、玉はぴくりと反応するとむくりと上半身を起こしている。


 後ろを向くと、部屋の入り口いっぱいに立つ義弘が、心底いやそうな顔つきで差し出した片手の先に、ぷらぷらと角のカケラが揺れているのを見た。


 「やったぁ! ありがと〜♡」


 嬉しさのあまり飛び上がるようにして立ち上がった玉は、勢いよくその手に飛びついてむしるように角のカケラを取ると、すれ違って裸足のまま庭へ降りている。


 「ちょ〜っとだけだぞぉ〜! ちゃんとメシを食え〜!」


 慌てて声をかけたのだが、その返事はもはやこなかったのだった。


 「あぁ〜……またやっちまった。どうして俺はこう、いつも子供の押しに負けてしまうんだ〜もおぉ……」


 庭の端に置いてある岩の上に腰をかけた玉の手もとで、角のカケラが淡く光る。


 その様子を見ながら、義弘は頭をかかえてしゃがみ込むと、


 「ぜ〜ったいに、次こそは、許さんからな!」


 両手に拳を作って力むのであった。

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― 新着の感想 ―
青藍に会いたい玉と、可愛い娘を想えばこそ人ではない龍に会わせるのを避ける義弘。二人のやりとりが、現代の思春期の父娘の会話のようで、面白かったです。 能島の様子、そこでの自然や暮らしが描写からとても伝…
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