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能島城の龍神様  作者: 木村友香里
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14/15

14.海戦


 その大船は、かつてないほどに雄大なものであった。


 船体の所々や欄干などの装飾、上に乗る小さな屋形の屋根に朱色が塗られており、最初は島の間から豆粒のように現れたこの船が、どんどん能島へ近づくにつれてその壮麗な姿を見せてきたのである。


 「おお、なんと立派な……。たいした船だ」


 浜辺で待機している義弘たちが、稀に見るその二十梃櫓の大きな船を驚きと感嘆の声を上げて眺めている。


 すると、近くまで来て止まったその船の上で旗が振られたので、北畠親子を連れて義弘たちは船着場まで出てきたのだった。


 「これは凄い、卿が自らお迎えに来られるわけですな。なかなかの商団とお見受けいたす。……俺もあの船ほしいな〜」


 最後にはそんな冗談を言ってやったので、義弘の斜め後ろで歩く若草色の狩衣姿である顕長が、その裾を風に翻しながら被っている笠をあげて笑っていた。


 その涼やかな若い笑顔にこちらもつい微笑みを滲ませていると、まもなく大船がゆるりと到着したのせあった。


 降ろされた板を渡って北畠親子やその近習たちが乗り込んでゆく。

 皆が乗船した所で、桟橋にいる義弘の元へ乗船していた与一が板を渡って寄ってきたのであった。


 「おう、異常はないか?」

 「今のところはない。特に賊も来なかったな」

 「そうか」


 報告を受けていると、向こうで北畠卿が顕長と共に、奥から歩いてきた商人らしき身なりの男と挨拶を交わしているのが見えた。


 なかなか裕福そうな商人で、周りには紫がかった色や紺色などといった直垂姿である警護の武士たちが多く乗っている。全員が日よけに笠を被っていたので顔は全然分からなかった。


 やがて北畠卿と商人が笑いながら歩いていき、それぞれに顕長ひとりと紫がかった直垂の護衛ひとりだけを伴って船上の小さな屋形の中へ入ってゆき、その前を残りの護衛たちが取り囲んでいるのであった。


 「ひそひそするんだろうな。さあ、潮が変わらぬうちに出るぞ!」


 そう与一が周りに指示を出した為、義弘もまた、動き出したのであった。

 

 

 

 ーー ーー

 

 雲がたなびく晴天の空に向かって大きな帆が広げられ、緩やかな風を受けてふくらんでいく。


 たくさんの漕ぎ手たちが一斉によいしょーと押した櫓の勢いに乗って、能島から出発した大船がゆったりと進んでいた。


 そのまわりには船印を掲げた村上衆の舟が警固の為に幾艘か付いている。舟の列が前をくの字に突出している為に、上から見ると弓をひらいたような形となっていた。


 そして、


 「あれ? 大将じゃん」

 「なんであそこよ? 大船に乗らないのか」


 そんなヒソヒソとしている村上衆たちと、


 「全然、そこら辺をついていくとかじゃねぇな」


 大船から与一が見ている方向、一番先頭となるあたりに機動力抜群な小舟があり、その船尾で義弘が腕を組み、ふんぞりかえって座っていたのであった。


 「俺の事は気にするな」


 などと言われても、大将が最前線にいるのでは配下たちが気になってしょうがない。


 しかし、いつもながらに義弘は何を考えているのかよく分からないので、次第に皆は詮索するのも面倒くさくなって黙々と櫓を押していたのであった。


 西から東への流れに身を任せて船団は滑るように海上を進んでゆく。


 両側にあった島影がそのうちに片側一つとなり、やがては残っていた島影も遠くになりかけた時だった。


 「あ、大将! あれを」


 小舟の船首で立っていた配下が叫んだので、立ち上がった義弘も指を刺された前方の彼方をよくよく見てみる。


 すると、まるで通せんぼをするように横一列に並んだ舟が数艘、待ち構えていたのである。


 「来たな、黒旗よ」


 その舟が掲げる闇のように真っ黒な船印に、義弘はにやりと笑う。


 だが不思議な事に、まだ互いにだいぶ距離が離れているのだが、矢頃に入る前に黒旗衆は矢を射かけてきたのである。


 当然、村上衆の舟まで届くはずもない。

 矢は手前の海中に沈んでいったのである。

 それでも、黒旗の連中はぱらぱらと矢を放ってくるのであった。


 その様子を大船の先で見ている与一はふむと拳で口もとを隠している。


 隣に立つ配下もまた、首を傾げていた。


 「何でしょうね、あれ」

 「おそらくは挑発しているのだろう。あんな笹舟の数ではこちらに挑んではこられまい。さては何か企みがあるな」

 「じゃあ大将たち、動かないといいっスね」

 「誰だってすぐに分かるだろう、あんなもん。餓鬼じゃあるまい——」


 そう与一が返していると、前にいる義弘の小舟が他を残し、一艘だけぐーんとスピードを上げて向かっていったのである。


 「あ、行っちゃった」

 「何でだ! あいついくつだよ!」


 与一が驚愕している一方で、向かってくる小舟の上を確認した黒旗衆は、


 「よし! 村上の義弘が釣れたぞ!」


 と、喜んでいる。


 「ここまでこれば大船まで引き返せないだろうよ。あいつが居なければ他は雑魚だ」


 例え方向転換しようとも、向かってくる海の流れに逆らうことは容易ではない。


 黒旗衆がほくそ笑んでいる向こうでは、大船の脇にいる村上衆たちが、あるものに気がついたのであった。


 「敵襲だ!」


 誰かがそう叫んで皆がそちらへ首を向けると、船団の斜め後ろから続々と大量の舟が湧き出るようにして追いかけてきたのである。


 「他の方向から敵襲はない!」


 与一が大船からそのように合図を出したので、それぞれの組頭たちは合図を送り合って後方へあつまってゆき、守りを固めた。


 大船の盾となるように組まれた陣形の前に、ひとつの舟が進み出てくる。


 その舟先に立った五郎が、弓に銛をかけてぎりぎりと引き絞っていく——。



 「野郎ども!」



 鋭いその鈍色の先をギラリと光らせ、胴が曲がるほどに弦を限界まで開くと、愉快そうな顔となって檄を飛ばしたのであった。



 「蹴散らしてやらぁ!」



 おお! と大気を震わせて男どもが雄叫びを上げたと同時に、銛が放たれた。


 鋭く飛んでいったそれは、先頭の敵舟に見事命中して水柱が上がったのだった。


 村上衆で歓声が響いたのも束の間。


 その水飛沫を後続の敵舟が突っ切ってくる。


 身構えている先で相手の姿がしっかりと確認できる距離になると、村上衆はある異変に気がついたのである。


 「ん? あれって武士じゃないのか?」


 舟の上では、身体にしっかりと鎧をまとい、手に手に薙刀や太刀を持っている男たちが睨みをきかせているのだ。

 商船の荷物を奪いにきたごろつきだとばかり思っていた為、皆に動揺が走った。

 

 大船の与一もまた、その様子に眉をひそめている。


 「まるで軍だな。これはただの荷ではなさそうだ」


 そう呟くと、思わず屋形の方をチラリと見ていた。


 「矢を放て!」


 五郎の怒号のような命令が響き渡り、ハッとなった村上衆は一斉に矢を射かけた。


 それを受けて楯や舟べりにも次々と矢が突き刺さるが、勢いを止めない黒旗衆はとうとう村上衆の舟と激突した。


 硬い木と木が激しくぶつかり合う音が響き、若干の戸惑いの残る村上衆の舟へ武士のひとりが乗り込もうと跳ねたその時だった。


 横から拳大の石が勢いよく飛んでくるなり空中の武士に当たり、その身が海に落ちたのだ。


 「何だと⁉︎」


 敵も味方も、思わず飛んできた方を見やると、海の向こうからとんでもない速さで一艘の小舟が近づいてくるのが分かったのだった。


 「あっ、大将だ」

 「戻ってきたわ〜」


 呑気にそんな事を言っている村上衆とは反対に、黒旗衆は目を剥いた。


 「バカな! なぜ義弘がここに?」


 前方におびき出されたばかりではなかったか。


 そちらに行ってしまえば、戻りたくても海流に阻まれてこられないはず。


 一瞬、別人かとも思ったが、あの身長高く筋骨隆々の派手な身体つきはまごう事なき村上海賊の長たる村上の義弘なのであった。


 「ブハハハハ——! 船乗りどもめが! 我ら潮乗りを舐めんなぁ!」


 『船に乗るより潮に乗れ』この地域の漁師たちの受け継がれし言葉であるそうだ。


 村上海賊の精鋭たちは、生粋のこの海の男である。


 義弘が海面を見定めて指示を出すと、漕ぎ手たちは細く西へ逆流している潮の流れに上手く舟体を乗せて戻ってきたのであった。


 近くまできてわき目も振らずに横から突っ込んでいった小舟は、黒旗の舟と激しくぶつかった。


 その勢いで敵舟へ飛んだ義弘は、振られた薙刀を避けて大太刀を一閃させ、突かれた刃をかわして蹴りを放ち、有無も言わさず右へ左へ敵を海に落としていく。


 その勇ましい姿に村上衆の士気は爆上がりとなり、皆が負けてはおれんと生き生きと戦い出した。


 しかしこの時、義弘は見た。

 頭上の空に赤い線が通り過ぎたのを。


 「火矢?」


 弧を描いて飛んでいったその矢は大船に向かっていたが、届く前に海へ落ちていった。


 「何だこいつら、積荷が目的ではないのか?」


 金品を狙う賊であれば、お目当てのものをわざわざ燃やしたりするなどありえない。


 ぐっと眉を寄せた義弘は、


 「舟を大船へ寄せろ!」


 漕ぎ手たちへそう指示を出したのであった。


 その大船の方でも、与一が襲いかかってくる火矢に舌打ちをしている。


 「くそっ! これでは合戦ではないか!」


 急いで消火活動をしているが、まるで屋形を狙うように次々とそちらへ火矢が刺さってくる。仕方なく中にいた北畠卿たちが表へ出てきていた。


 海の方でも村上衆が必死に応戦するが、あまりにも数が多い敵舟に隙をつかれ、大船への接近を許してしまったのである。


 手鉤を飛ばし、船尾に食らいついてきた武者を、最後尾の漕ぎ手が櫓でげしげしと突いているが、別の武者が素早くよじ登って船上に立ってしまった。


 そして目線をさまよわせてある一点を見ると、太刀をふるって向かってきた。


 それを相対した商人の護衛が受けて立つ間に、北畠卿と商人たちは舟先へ移動している。


 そして次々と船尾へ上がってくる武者たちは、同じように目線をさまよわせてから、紫がかった直垂姿の護衛を見てそちらへ襲いかかっているのだ。


 太刀を抜く与一は、ここでついに理解した。


 (そうか、こいつらの狙いは暗殺! 俺らが運んでいるのは荷だけではなかったか!)


 そしてその要人は、あの護衛に扮した紫の着物の男なのだと。


 その証に、同じ護衛なのにも関わらず他の護衛たちがその者を守るように戦っているのだ。


 『——優いように見えて油断のならない男の事だ——』


 ふと義弘の言葉を思い出した与一は、強くため息を出したのだった。


 「……やってくれる」


 だが、今は北畠卿を問い詰めている場合ではない。


 乗り込んできた敵の数が多くなり、船上では乱戦となっていた。


 すると片側に人が集中してしまった事で、船が大きく傾いた。


 この時、バランスを崩した護衛たちの間をすり抜けて、武者が紫の着物の男の前にきてしまった。


 その武者がよろめいて船べりに手を突いているその男に向かって、太刀を大きく振りかざした。


 近くの北畠卿があっとなって大きく片手を前に出すが、とても間に合わない。


 一気に振り下ろされようとする太刀に絶望を覚えていると——。


 その刃が笠に届くよりも前に、鋭く飛んできた蹴りにより武者の身体が吹っ飛ばされていったのであった。


 「大丈夫か?」


 目の前に降り立つその長身の男に、紫の着物の若者が安堵のあまり、


 「義弘殿! ——あっ」


 ついその名を呼んでしまい慌てて口もとを片手で押さえている。


 「へ? 誰だお前?」


 この商団とは初対面の為、知り合いではないはず。


 だが、その慣れた呼び方で不思議に思った義弘は、ひょいとその笠を持ち上げてみた。


 すると……。


 「あ? 顕長か!」


 商人の護衛が着ていた直垂姿にて目の前にいるのは、間違いなく顕長だった。


 (そうなるとあちらは——)


 北畠卿の隣で守られている、顕長と思われていたあの若草色の狩衣姿である若者は別人。


 ここでついに義弘も現状を理解したのであった。


 (——荷と共に要人が? 息子を身代わりに仕立て上げたか)


 苛ついた義弘は、目の合った北畠卿に向かって怒鳴る。


 「小賢しいぞ卿!」


 しかし、怒られた北畠卿は言うと思ったと笑ったのだった。


 一発、はたいてやりたい気分だが、そうも言ってはいられない状況になっている。


 撃ち込まれた火矢によって、船尾がとうとう燃え出し始めたのだ。


 漕ぎ手たちが頑張って消火しようとしてはいるが、追いつかなかった。


 慌ただしく与一が村上衆の舟を呼び、義弘も顕長と背を合わせて戦っている最中、


 (せめて火が消えれば——)


 そんな事を思った時である。


 突如、大気をかち割るがごとく雷鳴が轟いたのだ。


 そしてびりびりとした余韻が肌に残り、この場の誰もが手も足もとめて唖然とした矢先、今度はざっと大雨に見舞われたのである。


 「き、急に⁉︎」


 皆が手をかざして上を見ると、つい先ほどまであんなにも晴れ渡っていた空には、真っ黒な雲が敷き詰められており、ごろごろと唸っている。


 雨に打たれながら義弘が周りを見渡すと、さすがの雨量に船を燃やそうとしていた火が消えていた。


 (まさか、青藍が?)


 しかし、こちらが願わない限りはあの龍神が人に関わる事などしないはず。


 (火が消えてほしいと思った事が願いとなったか?)


 首を傾げていると、ふいに胸に下がる角のカケラがポッと光り、


 『義弘ぉ!』

 「ぐあ!」


 青藍の緊迫した声ががつんと頭に響いたのだった。


 (青藍から先に声をかけられた?)


 このような事は初めてだった。こちらが話しかけない限り反応しない青藍が、呼び出してもいないのにだ。


 「おお、お前なのかこれ——」


 顔に流れる雨水を袖で拭いながら聞いた義弘の問いは、青藍の悲痛な声で遮られてしまったのであった。


 『早く能島へ戻るのだ! 玉が! 玉が危ない!』


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